第58話 アナン教団


 俺の予測は外れた。


 港町に船を寄せて、捕らえた奴隷を運び出そうとする・・という推察は当たっていたのだが、もう手遅れだろうという部分が外れていた。


 思わぬ援軍が存在したのだ。


 それが、アナン教団の皆様だ。


 港町に陣取って、寄港しようとする帆船を攻撃し、陸側から森の人間を捕獲して戻って来る者達を襲撃して皆殺しにしようと頑張り・・おかげで、陸路を集まってきた奴隷狩りの小隊パーティが立ち往生し、接岸しようとした大型帆船は帆や船腹を燃やされて湾処わんど内を右往左往している。


 後で知った事だが、80名ほどのアナン教団の使徒と呼ばれる戦士階級の者達は、個々の武勇は凄まじいのだが、捜索する能力に欠けていて、樹海の中で殺戮さつりくすべき森の人を発見することができず、港に戻って待ち伏せることにしたらしい。

 ところが、港町は何者かおれに襲撃されて壊滅、帆船は舵を破壊され、船底を破られて沈没・・。残してきたアナン教団の面々も、戦奴隷らしい死骸と入り混じって死屍累々・・。


 アナン教団の使徒達は、独り占めを狙った奴隷狩りによる仕業しわざと断定し、港を拠点として立て籠もったのだった。


(・・うまいぞ)


 俺はにんまりと笑みを浮かべた。

 これ以上は望めないほどの幸運が転がり込んだ。


 鎖や縄で捕縛した森の人間を引き連れてきた6~8人程度の小隊が、げんなりとした困り顔で野営の天幕を張り、港町に立て籠もるアナン教団に対して説得や恫喝どうかつの声をあげている。天幕だけで80を超える数だった。


 よく、これほどの数が集まったものだ。

 総力をあげれば、港町のアナン教団を駆逐できそうだが・・。

 奴隷狩りをしてきた小隊パーティ間に互いの捕まえてきた獲物を奪い合うような空気が漂っていて、各小隊パーティ天幕テントは他の天幕テントから十分な距離を離して設営してあった。

 それぞれの天幕テントには2人程度の見張りだけが残っている。残りは港町の包囲に加わっていた。


 港町を見下ろせるなだらかな丘陵地である。

 吹き抜ける強風を嫌って天幕は窪地くぼちを選んで設営されていた。隣同士でさえ、互いの天幕テントの天頂部くらいしか見えていない。


 俺は、風下側の天幕テントから襲撃した。

 音は風上から風下へ伝わりやすい。まして、これほどの強風下では、少々の物音など人の耳では拾えない。


 見張りを始末し、物品を徴集し、繋がれている人達をユノンとデイジーが待つ巨岩の陰へと連れて行く。

 デイジーが隷属の首輪の解除アンチカーズを行い、ユノンが安心させつつ捕らわれた時の状況を聞き出して記録をつける。


 流れ作業のように、てきぱきと繰り返し実行していく。察知されるまで、可能な限り多くの人を救出するつもりで、黙々と行っていたら・・・。


(まさかの、完全救出?)


 どうせ、どこかでバレて大きな騒ぎになるだろうと覚悟していたのに・・。


「これで何人?」


 俺は岩場から顔を覗かせたユノンに訊いた。


「247人です」


 ユノンが答えた。俺が連れて来た3人を合わせた人数なのだろう。


「すぐにバレる。予定通りに渓谷側へ逃げよう」


 樹海まで丘陵地を行くと、すぐに追っ手に補足されてしまう。樹海から大河に流れ込んでいる川があり、その辺りだけは亀裂のように掘れていて身を隠しやすい。

 まあ、ちょっと考えれば気付かれるだろうが、多少の時間稼ぎにはなる。ユノンによれば、川は樹海に入ってすぐ険しい渓谷になるそうだ。


「デイジー?」


 手当をしていたデイジーに声をかけた。


「歩けない人は居ません。ただ、かなり強い隷属化の呪詛スレイブカースを受けていて、まだ思うように身体を動かせないでしょう」


 抵抗力が強い者を隷属させるために、かなり強力な隷属の呪具を用意してきたらしい。解呪はできたが、回復には数日の時間が必要という事だ。


「とにかく歩かせて移動だ。苦情は後で聞く」


 俺の指示に、ユノンとデイジーが頷いた。

 この場に居ても、いずれ見つかって包囲されてしまう。護るには人数が多すぎる。


「ユノン、先導をお願い」


「はい」


「デイジーは迷子が出ないように見回ってくれ」


「わかりました」


「よし、行動開始だ!」


 俺達の打ち合わせる様子を助け出された森の民、獣人がじっと見守っていた。まだ呪の影響で思うようには動けないのだろうが、話している内容は理解したのだろう。身振りで歩行を促すユノンに従って、ゆっくりとだが歩き始めた。


 なにしろ、247人という大所帯だ。動けば土埃が立つし、足音は震動となって広く、遠くへと伝わる。追っ手に気付かれるのは時間の問題だろう。


(森の援軍が間に合ってくれると助かるんだけどな・・)


 そうそう楽はさせて貰えないだろう。


(おかしいな・・)


 俺は、どちらかと言えば頭脳労働型ブレーンタイプなのに・・。


 体力無いから智恵と勇気で戦うタイプですよ?


 なんか、現場労働的な・・というか、どっぷり最前線に立ってるんじゃ?


 周囲が驚くような戦略を考案して劣勢を挽回ばんかいし、圧倒的な勝利に導く・・・そんな名軍師のようなポジションを希望します。


 今やってるのって、兵卒ポジションですよねぇ? 1人で残って足留め役とか・・。


 みんなが助かって喜ぶ陰で、功労者なのに命を落としちゃうって、ありがちな役回りじゃ無いですか?


(・・おっと、ついついネガティブ出ちゃった。えへへ・・)


 油断すると地が出るから気をつけないと・・。


(来たね・・2・・3人か・・少ないな)


 逃げた方向を絞りきれず、方々へ散って探索しているのだろうか。

 俺が潜んでいる岩場に向かってくるのは、たったの3人だった。


(うん・・?)


 一瞬だが、何かが地表をでて抜けたようだ。


(・・魔法?)


 探知の魔法だろうか?


 そう思った時、


「ぅわっ・・!」


 不意に頭上が明るくなった。見上げた空から無数の火の球が降り注いできた。


(ちょっ・・ちょぉぉぉ・・)


 岩から岩へ、ちょろちょろと逃げ回り、落下する火球を回避する。


 探知からの火球まで一拍の間も無い早業だ。


(そう言えば、呪文の声が聞こえなかったぞ?)


 雷兎の耳で、追ってくる足音や息遣いは拾えているのだけど・・。


(マスクとかしてたら聞こえないのか?)


 追いついてくる足音は2人分。1人は50メートル以上後方で小走りに移動と停止を繰り返している。


(犬・・?)


 昔飼っていた犬のような息遣いきづかいが聞こえる。


(獣人?・・また戦奴隷かな?)


 魔法を使う方から狙おうかと思っていたが、臭いを辿たどれる奴を放置するのはまずい。


 走って追ってくる2人は、10メートル近く左右に間隔をとっている。


(まずは・・こっち!)


 潜んでいた岩陰から、獣っぽい息遣いをする奴めがけて飛びかかった。


(ぶっ・・はぁっ!?)


 獣でした。


 獣っぽい人でも何でも無い。正真正銘の犬がそこに居た。真っ黒い毛皮で、両脚の先だけが白っぽい。

 体高がちょうど俺の背丈くらい。俺の頭くらい丸かじりにできるだろう大型の犬だった。


 俺は、咄嗟とっさの判断で、ユノン特製の毒壺を取り出して投げつけていた。

 反射の動きで、大型犬が素早く回避する。

 だが・・。


 パァーーーン・・・


 小さな炸裂音と共に、壺が爆ぜて中身を飛び散らせた。

 けたたましい悲鳴があがった。前足で鼻面をひっかくようにして犬が咳き込み悶える。


 その低く下げられた頭部めがけて、


(破城角っ・・)


 まずは1匹・・追っ手(犬)を始末した。

 遠くで、犬の名前らしいものを呼ぶ、悲鳴のような声があがったが俺の知った事では無い。心配なら、縄でつないで連れて来るなと言いたい。


 俺は、岩の合間を駆け抜けて、もう一つの足音へと迫った。


 向こうも、こちらの位置を掴んで距離を詰めてくる。


(また、犬?)


 そう思いつつ、敵が駆けてくる方向めがけて毒壺を放る。


 だが、相手はこちらの動きを読んでいたかのように、急に向きを変えて風上側へと回った。


(人・・)


 ちらと岩間に覗いた人影を見ながら、俺は細槍キスアリスを手に一気に距離を詰めた。


 途端、岩陰から半身を出した相手が、小さな布袋を俺の目の前へと放った。鼻から下に布を巻いて口元を覆っている。


 毒か、目つぶしか・・。


 しかし、相手がわずかに姿を見せた瞬間、


 雷兎の瞬足・・


 急加速をして距離を詰め切る。


「ちぃっ・・」


 小さく舌打ちをして短刀を抜きかけた相手を、俺の細槍キスアリスがほぼ一呼吸で三度、突き刺している。


(・・女?)


 短く聞こえた苦鳴は、女のものだった。


 雷兎の蹴脚・・


 倒れる女の胴体を回転蹴りで岩に叩きつける。


(あとは魔法の奴・・)


 俺は素早く移動して位置を変えた。


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