第57話 策動


「すまないが、おまえにも参加して貰いたい」


「断る」


 東の申し出を即答で断った。

 ふん・・と、そっぽを向いて眼も合わせない。


「・・これは、森の人達の総意だぞ」


「断る」


「しかしだな・・今のおまえは、森の・・闇の谷に身を寄せているのだろう? 森のために協力する事に何の問題がある?」


「断る」


 一切、取り合わない。


 取り付く島も無いとはこの事だ。

 東も、ここまで完全に拒否されるとは思っていなかったようで、森の民や獣人達と相談してくると言い残し、野営地へ帰って行った。


 最初は、森の長老、次には闇谷の長が説得に来て、その次が東である。


 森の民や獣人達が西から侵入した人間の小隊に捕まったらしく、その奪還作戦に参加しろと言って来ているのだ。

 それを俺は断っている。

 聞く耳持たない徹底拒否だ。


「どうして断るんですか?」


 デイジーがいてきた。


 せっかく置いてきぼりにしてきたのに、しぶとく追いかけて来て、最後は獣人の案内で俺のねぐらまで辿り着いてしまった。


 俺は無言でデイジーを見つめた。手足を縛って河に捨ててきた方が良かったかもしれない。


「・・いえ、すいません。ちょっと気になっただけです」


 デイジーがそそくさとお茶のれ替えに立った。


「お考えがあるのですね?」


 ユノンが何かの調合をやりながら訊いてくる。紫の瞳は、手元のばちを見つめたままだ。


「西の方で捕らわれた人が居るのは分かった。でも、北でも、北東側でも同じように捕まっちゃった人達が居るんだ。向こうで1人を助けるのも、ここで1人を助けるのも同じ事だよ」


 東達は口に出しては言わないが、それなりに重要な人物が捕まったのだろう。躍起やっきになって騒いでいる。


(奪還作戦とか聴いて呆れる)


 森の主力が西側に集まれば、他の地域は手薄になる。未だに、アナン教団の残党の行方も分かっていないし、他にも多くのパーティが入り込んでいる。


「陽動ですか?」


「意図しての釣り、偶然の釣り・・どちらにしても、釣られたら駄目な場面でしょ? 俺はそう考えているけど?」


「コウタさんのお話、お母様に伝えても良いですか?」


 粉木こぎを回しながらユノンが許可を求めてきた。


 律儀なことに、闇谷との手紙のやり取りから、ちょっとした相談事まで、いちいち俺の許可を求めてくる。母親と連絡を取り合うくらい俺の許可なんかいらないのに・・。


「もちろん、良いよ」


 敵を発見して斃す度に、場所や状況、助け出した森の人間の様子など、闇谷の長には細やかに報告を入れてある。

 ユノンも詳細な記録を作っていて、時々、記録を見返して次の哨戒場所を決めるための参考にしたりしていた。遊撃だからと、勘に頼って闇雲に動き回っているわけじゃないのだ。


曾御爺ひいおじい様が動いていらっしゃるようです。護人階級の方が討たれたか、捕らえられたかしたのだと思います」


「ふうん?」


 護人って何だろう? 森の住人に特有の地位だろうか?


「闇谷にとっての戦人です。森の民にとっては護人・・獣人族にとっては牙人・・呼び方は違いますが、それぞれの民から選りすぐられた戦士になります」


「・・なるほど」


 戦闘のエリートという訳だ。奪還作戦というからには、そのエリートが捕まったということか。


「お茶が入りました」


 デイジーがお盆に湯飲みを載せて戻って来た。


 会話に混ざる気満々だ。このグラビアモデルっぽい美人さんは、肝が太いというか、心臓に毛が生えているというか・・。とにかく、へこたれない。


「森の民の護人と言えば、血統伝承者でしょう? 失うわけにはいかないんだと思いますよ?」


「・・・お茶」


「あっ、はい」


 デイジーが湯気の立つ湯飲みを差し出した。


「また港町へ行ってみようか」


 俺は、お茶をすすりながら呟くように言った。


「港へ?」


 訊いたのはデイジーだ。


 ユノンは黙々と手を動かして調合を続けている。


「河沿いに、大きな船を寄せられる場所なんて、そんなに無いでしょ?」


「そうですね。あの大河は流れが強いですし・・あ、でも、風が逆に吹き始めましたから、もう海側からはさかのぼって来れませんよ?」


「上流からは順風になるんでしょ?」


「それは・・そうですね。あまり現実的じゃありませんけど・・上流域のアカッテという古都には河港があります。あらかじめ、あの港に船を用意しておけば・・」


「古都って、どこの国の都?」


「えっ?・・ああ、大昔に滅んだカーダンという国の都です。街道から離れますし、住む人も少なくて、旧カーダンの王家所縁の人が暮らしているそうです」


「・・ギルティ」


 俺は溜息をついた。その古都というのが、奴隷狩りの寄港地だろう? 話を聴いただけで真っ黒じゃないか。


「え? ぎるて・・?」


 デイジーが、きょとんと眼を見開いた。


「この前の港から上流側? 船で何日くらい?」


「すいません、そこまでは・・」


「馬なら?」


「えっと・・たぶん、一ヶ月くらいはかかるんじゃないでしょうか」


順風フォローで、河の流れに乗って・・」


 今の風向きなら、アカッテという古都から河を帆船で下れば数日で辿り着くかもしれない。


 先日潰した港町に急ごしらえで倉庫を用意し、河上から下ってきた船に乗せて、そのまま河口、そして海へと運び出せる。あらかじめ、樹海に接している土地よりも上流域に船を準備しておけば簡単な作業だ。


「・・やられた」


 港町を潰して、多少の邪魔は出来たのだろうが・・。


 邪魔が入るだろう陸路を捕らえた奴隷の搬送路に選ぶはずが無い。今回の騒動は、国家ぐるみの企みなのだ。


「主立った者達は、西の森へ駆り出されました」


 ユノンが荷物を纏めながら言った。


「なんか・・森の側にも内通者スパイが居るんじゃないかって疑いたくなるね」


 俺は頭を掻きながら立ち上がった。


「え?・・あの?」


 デイジーが今ひとつ飲み込めない顔で膝立ちになる。


「港へ行く。たぶん・・手遅れ」


 俺は細槍キスアリスを手に、ねぐらにしていた洞窟から外へ出た。


「話精霊、カモン!」


 闇谷の長、ユノンの母親に伝言しておかなければならない。俺の勘違いなら、それが一番良い結末なのだけど・・。


(まあ、当たりだろ)


 物心ついてから、悪い方の予感が外れたことが無い。


 俺は蜜柑色の服を着た小太りの妖精に、手短に伝言を預けるとユノンを促して小走りに走り始めた。後ろを、デイジーが懸命な形相で追いかけて来る。俺の伝言を横で聴いている内に、ようやく理解が及んだのだ。


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