第56話 加護持ち


「・・お母様が手傷を負ったそうです」


 そう告げたユノンの表情が硬い。


 想定以上に、侵入してくる人間達の小隊パーティが強いらしい。それぞれが勝手に行動しているようで、動きを掴みにくい上に、魔法を巧みに使う者が多く、遠間から無差別に撃ち放って来たりする。


「戦い難い・・と、森の長も言っていました」


「お母さんは大丈夫?」


「はい。矢傷と火傷のようですが、命に別状は無いと・・谷に戻っているので十日もあれば復帰できると思います」


「ゲリラ戦なんだな」


「げりら・・?」


「大人数でまとまって攻めて来るんじゃなくて、少人数があちこちに隠れながら不意を狙って攻撃して、また逃げて隠れる。また不意討ちをする・・これを繰り返してるんだ」


 森の民の探知魔法が効かないという事は、何かの対抗手段を持っていると言うことだろう。


「・・居た」


 俺のささやきに、ユノンがぴたりと動きを止めて俺を見る。


(前に4、樹の上に2・・)


 指の動きで数と位置を伝える。

 ユノンが無言で頷いた。


(ユノンは上、俺は下の4人を・・)


 身振りで指示をしてから、樹から樹へ身を移しながら距離を詰めていく。ユノンが樹上を跳び移る音を耳で追いながら、俺は細槍キスアリスを手に握った。


 小さな壺が割れる音・・


 これはユノンが投げた毒壺だろう。


(・・行くか)


 下の4人も物音に気がついて、樹上を警戒し始めた。

 反応が良い。


 手前に灰色のローブの腰を皮紐で絞った女、重そうな手斧持った若い男、焚き火をおこそうとしていたのは茶色い髪を背で束ねた少女、残る1人は長剣ロングソードを手に泰然として立っている。

 かなり、強そうだ。


(なるほど・・)


 奇襲したはずのユノンがまだ仕留め切れていない。枝上の2人も手練れだ。


「イネース、ヤン、後ろだっ!」


 長剣ロングソードの男が鋭い声をあげた。


 この距離で俺の接近に気付くとは・・。


(だけど・・遅いよ)


 雷兎の瞬足・・


 いきなり急加速をして突進した。

 まだ5メートルはあった距離が一気に無くなる。

 さすがの反応を見せて、ヤンという手斧の男が半身に振り返りかけ、灰色ローブの女が距離を取ろうと走り出す。


 その灰色ローブを背から胸へと細槍キスアリスで貫き徹した。

 

「ぅあっ・・」


 短く声をあげたローブの女をヤンという男の方へ向き直らせ、


 ・・破城角っ!


 凶悪な頭突きで爆散させる。


「イネース!」


 男の声が樹上で聞こえた。



 ガイィィィーーン・・



 無言で斬りつけてきたヤンの手斧を細槍キスアリスで弾きつつ後退する。全身でローブの女の血肉を浴びたまま、ヤンという男が強引に追って来た。


 長剣の男が何かを言いかけたようだが・・。


 俺の繰り出した細槍キスアリスをヤンの手斧が弾く、直後に、手斧を握っていた拳を穂先が貫いていた。

 どんなに筋力があっても、筋と骨が断たれたらどうしようも無い。


 手斧が落ちる。

 それをヤンが逆の手を伸ばして拾う。

 だが、俺の細槍キスアリスがヤンの右眼を刺し徹し、喉首を貫いてから離れる。


 そのタイミングを狙って短い矢が飛来した。

 矢を穂先で弾きながら視線を向けると、焚き火をいじつていた少女がクロスボウを構えていた。


(・・へぇ)


 俺は軽く身を沈めた。その頭上を唸りをあげて手斧が通過して樹の幹に食い込んだ。


 ヤンという男が倒れながら手斧を投げたらしい。

 俺はクロスボウの少女を見ながら滑るように移動して、ヤンという男の頭を蹴り跳ばして粉砕した。


 その時、樹上から人影が降ってきた。

 小柄な中年の男と、初老の男だ。どちらも血泡を吹いて痙攣している。ユノンの毒を受けたのだろう。まだ空中にある内に、俺の蹴脚が2人の頭部を粉砕した。


 俺は長剣ロングソードの男めがけて走った。


 クロスボウの少女が走る俺を狙って構えたが、樹上から飛来した小さな素焼きの壺が焚き火に投げ込まれて小さく籠もった破裂音をあげる。

 一瞬にして立ちのぼった白煙が辺りを包み込んだ。


 直後に、重たい金属音が響き渡った。


 俺の細槍キスアリスによる刺突を、男の長剣ロングソードが軽々と受ける。

 肩口を狙って斬り下ろされた長剣を細槍キスアリスで滑らせ、男のすねを狙って槍穂を伸ばす。

 足を前後入れ替えるようにして、槍穂を空振りさせながら、長剣ロングソードの突きを繰り出してくる。


 わずかな間で、十数回という衝突音を響かせ、俺と長剣ロングソードの男は互いに退いて距離を取った。


(怖ぇぇ・・)


 女神様から槍の技を授かっていなければ、何回死んでいたか分からない。


「おまえ、人間・・か?」


 長剣ロングソードの男が周囲へ視線を走らせながら声を掛けてきた。


「さあね」


 俺の耳は、真横にある樹の裏に隠れたクロスボウの少女を捉えていた。息を鎮めながら、慎重に狙いを定めている。


 長剣ロングソードの男が声を掛けて俺の注意をひき、物陰からクロスボウで狙い撃つ。悪くない連携だが・・。


 俺にも相方が居るのですよ。


 ・・プンッ!


 小さな羽音のような音と共に拳大の石が飛来して、クロスボウの少女の顔面にめり込んだ。弾みでクロスボウから矢が放たれて地面を撃つ。


「サーメっ!」


 長剣ロングソードの男が声をあげて走りかけるが、その行く手に俺が回り込んで細槍キスアリスを構えた。


「くっ・・」


 歯がみする男の見ている前で、立て続けに石が飛来して、倒れ伏した少女サーメの頭を破砕した。


(他には居ない・・な)


 戦闘音を聞きつけて寄って来る輩は近くに居ないようだ。


「あんた1人になったみたいだ」


 俺は細槍キスアリスを構えたまま、長剣ロングソードの男に声を掛けた。


「・・だが、おまえの方も2人だけだろう?」


 男が長剣ロングソードの切っ先をだらりと地面すれすれへ垂らした。

 そこへ、樹上から石が投げつけられる。

 

「ふん・・」


 男が俺の方を見たまま、長剣ロングソードで石を斬り払った。


 しかし、


「む・・」


 男が眉をしかめた。飛来した石に紐が巻かれていて、小さな布袋がぶら下がっていたのだ。


 ポフッ・・


 小さな音が鳴って、微細な煙が拡がった。


「・・ぐっ」


 長剣ロングソードの男が慌てて口元を覆い、大きく後ろへと飛び退く。跳びながら、長剣ロングソードを縦横に鋭く振り抜いていた。


「ユノン!」


 俺は声をあげた。

 眼では見えなかったが、風切り音が宙空をはしって樹上を襲ったのだ。


 重々しい衝突音が聞こえて、断ち切られた太い枝が地面へ落ちてきた。


「・・魔法?」


 俺は長剣ロングソードの男を見た。


「俺は、剣神の加護を持っている。毒使いが居るようだが・・」


 男が小さな容器に口をつけて中身を飲み干した。

 まあ、毒消しの類だろう。


「たった2人で加護持ちを相手にする気か?」


 口元を歪めるようにして笑みの形を作っているが、眼が笑っていない。


「加護、加護、うるさいな・・まったく」


 俺は地を蹴って前に出た。

 男が十分な余裕を持って長剣ロングソードを振り抜く。眼に見えない斬撃が俺を襲った。


(当たらなければ・・)


 俺は、左右へステップを踏んで雷兎の瞬足を使った。


 一瞬にして、男の正面から俺の姿が掻き消え、ほぼ同時に男の左右に俺の姿が現れる。


「むっ! おまえも加護を・・」


 慌てて長剣ロングソードを右へ左へ振ろうとする男の背後から、


(どうという事は無いよっ・・とっ!)


 俺の細槍キスアリスが男の背を刺し貫いて胸まで貫いた。


(破城角っ!)


 信じがたいといった顔で振り返る男めがけて、凶悪な頭突きが放たれた。


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