第52話 三つ巴


掛布シートを濡らせ! 河はすぐそこだ、水袋を使い切ってかまわん!」


 大柄な男が野太い声を張る。

 岩陰から火矢が放たれて降って来るのだ。馬車には厚布を被せて水を打ってあるが、このままではいずれ燃えあがる。


「大将、ちと多いですぜ」


 やや小柄な男が身を寄せた。


「何人だ?」


「80」


 こちらは14人だ。数の上では分が悪い。おまけに、相手は待ち伏せていたのだ。


「ちっ・・タランド一家もなめられたものだ」


「モーゼイの伯父貴おじきが死んじまってから、あちこち抑えが効かねえんすよ」


「奴隷共に戦薬を飲ませろ! 皆殺しにしてやる!」


「・・仕方無いっすね」


「祈り屋なんぞになめられてたまるか!」


「さっさと薬を飲めっ!」


 小柄な男が金属の小筒を配って回った。


 付き従っていた男達が、無言のまま金属の筒を手に取って薬液を口に含む。

 武器を手にした男達の全員が額に奴隷紋がある戦奴だった。

 普通の人間から、獣人まで混じっている。


「アナンの祈り屋共を皆殺しにしろっ!」


 男の命令を受けると、それまで死人のようにうつむいて立っているだけだった戦奴隷達が武器を手にして走り始めた。

 馬車を狙って放たれていた火矢が戦奴隷を狙って飛来するようになったが、戦奴隷達は手にした剣や槍で容易く打ち払っていた。


「行け、行け、行け、行けぇーーーっ!」


 大柄な男が声を張り上げる。

 弾かれたように、戦奴隷達が走り出した。


(なるほど・・)


 だいたいの状況は掴めた。耳で拾っていた情報を、遠目ながら見えてきた現場の様子で補完できた。


 アナン教団が陣を築いた場所を迂回し、遠回りに身を潜めながら、奴隷商の馬車へ向かう。


 男が2人ともアナン教団と戦奴隷の戦いに夢中になっていて周囲には注意を払っていない。


(奴隷狩りに・・慈悲は無い!)


 できるだけ姿勢を低く、生え伸びた草の間を駆け抜けるなり、細槍キスアリスを手に小柄な男めがけて背後から襲いかかった。


(ぇっ・・!?)


 あと一歩で槍が届くという所で、小柄な男がいきなり振り返ったのだ。振り向いた勢いそのまま、剣を抜き打ちに斬りかかってきた。

 恐ろしい反応速度だ。


「くっ・・てめぇ!」


 わずかに苦鳴を漏らしたのは小柄な男の方だ。

 咄嗟とっさの動きは良かったが、俺の細槍キスアリスを防ぎきれずに右腕に槍穂を受けたのだ。取り落としかけた剣を危うく握り直したのは見事だったが・・。


 ・・フッ!


 俺は男とぶつかり合うような距離で、身を回転させて蹴脚を放った。蹴るというより押した感じになる。

 もう一人の大柄な方が、目を怒らせ無言で斬りかかって来たのだ。


 小柄な男がよろめいて、大柄な奴の動きを邪魔する。


 その隙を突いて、


(破城角っ!)


 無理な体勢で牽制のために突き出された小柄な男の剣を下に回避しながら頭から飛び込んだ。


 小柄な男が爆ぜて吹っ飛び、大柄な男に背中からぶつかって行った。それを、男が剣で受け止めた。


 俺の動きを目で追いながら、


「てめぇ・・何者だ?」


 低く籠もった声を掛けてきた。


「ボク、悪いニンゲンじゃないヨ?」


 3メートルほど距離を取りながら、俺は笑顔で応じた。雷兎の俊足からの戦いで息が切れている。少しでも休みたい。


「・・そうかよ? ちっ・・色々邪魔が入る日だぜ」


 舌打ちをしつつ、男がちらと戦奴隷達を見やる。

 多勢に無勢ながら、アナン教徒と互角以上の戦いぶりをやっていた。痛みを感じず、恐怖を覚えず、筋力と反射神経を薬で強制的に跳ね上げてある。


「よく分からねぇが、ちと物騒な芸を持ってるな?」


「そんなこと無いよぉ~」


「・・男だろうな?」


「そこは間違ったら駄目だよぉ~?」


「ふん・・可愛い面して、命のり合いは慣れてやがるな。だが・・残念だったな。てめぇが強いのは分かるが、生憎あいにくと俺は加護持ちだぜぇ? 1人で勝てるつもりかよ?」


「ふふん、生憎あいにくと俺も加護持ちなんだぜぇ? 一体一なら負けませんよぉ~?」


「・・なんだと?」


「来なさい。合気道の神髄を教えてあげましょう」


 高校部活の・・。


「面白ぇ・・こんなところで加護持ちとやれるたぁ、ついてるじゃねぇか!」


 吠えるように猛って、男が鋭く踏み込みながら剣を振ってきた。


 正面から受けたら両腕が折れちゃいそうな一撃を、入り身で斜めに踏み込んで距離を寄せて避ける。同時にビリヤードのキューでも扱うかのように至近から細槍キスアリスを突き出していた。



 キイィィィーーン・・・



 男が逆の手に短剣を抜いて、槍穂を打ち払っていた。さらに、空振りした剣を横殴りに振ってくる。


(えっ・・?)


 横殴りに来た剣を細槍キスアリスで受け止めようと身構えた瞬間、剣が逆側から迫ってきた。右から来るはずの剣が左に現れたのだ。


 咄嗟とっさに受けようとした俺の左腕が切断されて宙を舞っていた。


 俺は苦鳴を噛みしめ、右手に細槍キスアリスを構えたまま強引に前に出た。


(破城角っ!)


「・・っと!」


 男が剣の腹を楯にして受け止めようとした。

 

 しかし、鈍い破砕音と共に剣がへし折れて飛んでいた。


「くそっ! なんて一撃だ・・」


 半分に折れた剣を投げ捨てつつ、男が短剣を片手に身構える。


(短剣・・じゃないな)


 あれは釣りだ。短剣しか無いと見せて、空間魔法で別の武器を出してくる。


 雷兎の俊足・・


 俺は、真っ向から高速で飛び込んだ。それまでとは、まるで速度が違う。


 だが、これでは決まらない。


(・・だよな)


 飛び込んだ俺の眼前に、分厚い金属の楯が現れた。

 やはり、空間魔法持ちだった。


(破城角っ!)


 あえて頭から突っ込む。

 しかし、重たい衝撃と共に、わずかに押し返される。


 金属楯は大きく陥没して吹き飛んだようだが、俺の方も蹈鞴たたらを踏んでわずかによろけた。


「おお、怖ぇ・・すげぇ威力だが、当たらなけりゃ意味がねぇよなっ!」


 男が真っ向から剣で斬りつけてきた。


 咄嗟とっさに、細槍キスアリスを頭上へかざして防ごうとする。


「甘ぇよ!」


 男が口元を歪めてわらった。上から斬り下ろされたはずの剣が、地面すれすれから俺の顔めがけて跳ね上がって来ていた。理屈は分からない。でも、そういう技だと理解できていた。



 ・・チュブッ・・



 湿った音が鳴って赤黒い飛沫が飛び散る。


「ぐっ・・」


 短く呻いたのは、剣を持った男だった。

 剣が切り裂いたのは、俺が収納から取り出した怪物ゴブリンの頭だ。


 そして、よろめくように地面に身を屈めていた俺は、切られて落ちていた自分の左手を拾うなり、模写技を発動しながら男の剣を握った腕へ叩きつけていた。


(カンディル・パニックっ!)


 技の発動と共に、左手が男の腕を掴んでぶら下がっていた。俺の左手の爪が、男の腕に食い込んで皮膚を破っている。


(まあ・・もう動けないけど)


 血を流し過ぎた。跳んだり跳ねたりは、ここまでだ。

 気を抜けば意識が飛びそうだった。

 俺は、右手一本で細槍キスアリスを握り、地面に片膝を着いて身構えた。


「野郎っ!」


 腕に爪を食い込ませる俺の左腕を引きむしって地面に捨て、男が怒声をあげて剣を振りかぶった。


 次の瞬間、



 アグェェェェェェェーーーーーーー・・



 この世のものとは思えない絶叫をあげて男が仰け反り、地面に跳ね転がった。


(おぅ・・のぅ)


 槍を手に俺は硬直した。


 苦鳴をあげ続ける男の体内から、どうやら俺の左腕らしいものが次々に肉をき破って外へ出て来たのだ。一つや二つでは無い。数十という数に増えた俺の腕が血塗れの指をうごめかせて男の身体を内側から引き裂き、内臓を握りつぶして外へぶちまけている。


(これ・・ヤバいやつだ)


 俺は猟奇現場から眼をらした。俺は、これをにょろにょろしたカンディル・カースにやられたのだ。とっても痛かったのだ。


(・・ごめんよ)


 俺は、誰だか名前も知らない男に心の中で謝った。


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