第51話 アナン教団に気をつけろ!


 結局のところ、心配していたような悲しい事態には成っていなかった。

 奴隷として連れて来られた森の人々は見つからなかったのだ。


 代わりに、武器やら防具やら、衣類、食糧など集積してあった物は決して少なくない。全くの偶然だったが、この港は補給物資の一時集積地になっていたらしい。いち早く買い付けようと、奴隷商を乗せた船が着いていた事も幸運だった。重さで船が沈むんじゃないかというくらいの、金箱を積んでいたのだ。


(いや、本当にありがとう)


 ボクの個人口座がとてもうるおいました。


「それで・・・あれ、何やってんの?」


 俺は、うずくまって膝を抱えているランドールの司教を見た。


「恥ずかしかったのと、大切な青い服が破かれた事を怒っているようです」


「・・裸を見ちゃった男達は?」


「追って来た者達は毒殺しました」


「なら、問題ないじゃん」


「大問題ですっ!」


 デイジーが跳び上がった。


「ああ・・」


 これは酷い。

 ポロリを通り越して、ボロリになっている。すだれのように垂れた布切れが太腿の付け根を辛うじて隠していたが、胸乳は抑えた手ごと重たく揺れている。成人した女の人がこれをやったら、ただの痴女だろう。服を着ているというより、裸に布切れを貼ったような有り様だった。


「ああ、まあ・・頑張ったね」


 大粒の涙を浮かべて睨んでいるデイジーをなだめつつ、


「怪我とかしてない?」


 俺はユノンに訊いた。


「大丈夫です。コウタさんは?」


「今のところ大丈夫だけど・・追加が来たね」


「・・敵ですか?」


「出掛けていた連中が戻ったか、デイジーみたいに集合場所を目指して来たか・・」


 俺達の潜んでいるのは、最初に港町を見下ろした丘の上。そこに点在する大岩の一つに隠れている。

 この辺りは、樹海の木々が無くなり、低木や草が多くなっていた。


 雷兎の耳が風に乗って聞こえてくる足音や話し声、装備品の擦れたり当たったりする音を拾っていた。


(もう一回、デイジーに裸で・・)


 おとり役をやって貰おうかと、そう思ったりしたが、


「殺して下さい」


 機先を制して、デイジーが申し出てきた。暗黒色に染まった眼差しをしている。これ以上は駄目かもしれない。


「・・ユノン、この辺りで罠を仕掛けるとしたら、どこが良い?」


 俺は、婚約者の方を見た。


 こちらは、いつも通りに無表情だ。ちゃんと女の子らしい感情の起伏はあるのだが、あまり表に出さない。本人の性格というよりも、そうするように訓練されているようだった。


「港へ降りていく小道の、岩で狭くなっているところと・・」


 すでに考えていたらしく、すらすらと複数箇所が提案された。


「森の人達は捕まっていますか?」


 ユノンが訊いてきた。


「初めて聴く足音ばかりで・・いや、捕まえたみたいだな、そういう事を話している・・男達が楽しそうだ」


 俺の奥歯がぎりっ・・と嫌な音を立てた。

 じっと見つめていたユノンが、毒の用意をするからと離れていった。


「・・その者達に、アナン教団の信徒は?」


 デイジーが声を潜めて訊いてきたが、足音では区別できない。俺は無言で首を振った。


「20人くらいの奴等が、馬車かな?・・何かを囲んで歩いているね」


 俺は耳から聞こえる音に集中しながら呟いた。


「デイジーは、治癒とか解毒とか・・そういう魔法は使えないの?」


「使えます!」


「あ、そう・・いちいち踊らないと出来ないとか?」


「私は神聖魔法の才が認められて神官になれたのです。加護だってあります! 治癒の魔法も・・護りの魔法も使えるんです」


「ふうん・・」


 今ひとつ信じられないけど、ただ顔が綺麗で体付きがエッチなだけでは高い地位には就けないだろう。就けないよね?


「物凄く心外な・・低評価を受けている気がするんですが?」


「デイジーには、俺とユノンのサポー・・補助をやってもらう」


「・・分かりました」


「そんな格好だし、なるべく前に出ないように。奴隷狩りの男達を喜ばせるだけだから」


「・・はい」


「教会の人って、剣とか使って良いの?」


「収納魔法の使用を許可して貰えれば、武器を出せますが・・」


「ああ、やっぱり、そういうのが使えるんだ?」


「・・滅多に居ないはずなんですが、コウタさんは当たり前のように使っていますし、ユノンさんも使っていますね」


「みんなが使える魔法かと思ってた」


「存在はよく知られた魔法ですが、千人に1人くらいしか使える者はおりません」


「ふうん」


 まあ、俺のは魔法と読んで良いのかどうか分からないけど・・。たぶん、デイジーやユノンの"収納魔法"とは別物だ。だって、俺には魔力が無いんだから・・。


「それじゃ、準備して」


 俺はデイジーを岩陰に残して、別の岩へと移動した。

 せっせと毒の仕掛け罠を埋設していたユノンが小走りに戻って来る。


「捕まった人達に影響があるので、弱めの麻痺毒だけにしてあります。よほど弱った人でなければ心臓が止まることはありません」


「うん、ありがとう。様子が目で見えるようになっても・・・捕まった人達が酷い事をされていても、ぎりぎりまで引きつけるからね?」


「はい」


「不意を突きたい。だから、かっとなって飛び出したりしたら駄目だよ?」


 心配なので念を押しておく。


「わかりました」


 ユノンが頷く。


「よし・・」


 俺は細槍キスアリスを手に聞こえてくる物音に意識を集中した。


(ぇ・・?)


 何が起きた?


 俺は、弾かれたように立ち上がった。


「コウタさん?」


 異変を感じて、ユノンも立ち上がる。別の岩陰に居たデイジーも姿を見せた。丈の長い旅外套を羽織っている。


「アナン・・あいつらが、奴隷狩りの連中を襲うみたいだ」


「えっ!?」


「・・あの者達なら」


 デイジーが頷く。


「行こう。これは・・危ない」


 アナン教団の連中が、捕らえた森の人々を殺して神に捧げるように要求している。

 会話内容からして、アナン教団は、森への遠征組と、奴隷狩りをして戻ってくる連中を狙うための待ち伏せ組に別れているらしい。


(くそっ・・・そういう奴等か)


 森の人だけじゃなく、自分たちの邪魔をする者は殺して良い対象になるようだ。



 雷兎の俊足・・



 俺は最大速度で走り始めた。


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