第50話 陽動に成功したぞっ!


 俺が主戦場にしている場所は、毒沼だらけの大湿原だ。

 ぬかるみ、沈んでしまう泥地をにょろにょろした奴や泥に同化した奴、毒を持った奴を相手に戦ってきた。命のスペアが無ければ初見では勝ち目が無いような化け物もいっぱい生息しているし、2度と味わいたくないような死に方も何度もやった。

 

 俺は複数の命を持っている。

 デフォルトで2個の命がある。それに、課金してプラス・ワン。

 合計3個が最大値である。

 これに気付くまで、結構な時間がかかった。

 

 なお、命の値段は100万セリカである。

 棒金貨と呼ばれる長さ15センチくらい、太さが3センチほどの白金の棒が1本で100万セリカだ。

 大出費である。


(前回、酷い目にあったからな・・)


 湿地で身の毛もよだつような死に方をして、しかも、その場を抜け出すために繰り返し死ぬはめになり・・。

 本当にぎりぎりの生を拾った。

 

 おかげで、使ってはいけないような、模写技が手に入ったが・・。


(使うと・・どうなるんだろ?)


 いけないとは思うが、だからこそ試してみたい気もする。


 セットしている模写技は、


 ・雷轟

 ・一角尖

 ・カンディル・パニック


 雷轟と一角尖は馴染みの技だ。特に、一角尖は破城角とのコンビネーションが素晴らしい。

 そして、使用を躊躇ちゅうちょさせる技が、カンディル・パニックというやつだ。覚えているという事は、つまり、俺自身が体験済みということで・・。


(お・・)


 崖下へ続く道を、あちこち青衣が破けた半裸のデイジー・ロミアムが向かっているのが見えた。この世の終わりのような顔をしているが、まあ、真実味が増して丁度良いだろう。


 俺はデイジーを横目に、河岸ぎりぎりをひそみ進んでいた。

 この状況で、俺の方を見る男は居ない。

 断言できる。


 グラビアモデルのような色香のある身体つきをした若い美女が、見えちゃいけない部分までチラチラ晒しながら歩いてくるのだ。


 下心があろうと無かろうと、放っておけないだろう?

 こんな半裸美人を放置とか、男子の風上にもおけないだろう?


 なので、離れた場所をこそこそ進んでいる俺が見つかるはずが無いのだ。


(突入のタイミングだけは気をつけないと・・)


 デイジーが警報ラインに触れるのと同時に侵入しないと発見されてしまう。


(・・悪くない)


 短く裂かれた衣服の裾を気にして、よろめき歩くデイジーがもう少しで魔導器の警報ラインに差し掛かる頃になって、ようやく見張りらしい男が声をあげたようだった。


 想定していたより遅く、反応が鈍い。


(戦いが得意な奴は出払った後かもな・・)


 なんとなく、そんな気がした。

 空気が弛緩しかんしているというか・・どこか緩い感じだ。


 デイジーが魔導器の警報ラインに引っかかって、港全体に響くような派手な警報音が鳴った。

 それを合図に、恥ずかしさに耐えに耐えていたデイジーが身をひるがえして元来た道を駆け戻って行く。

 後ろを、大声で呼び掛けながら、武器を手にした男達が追って走る。正しく餓狼っ! 眼を血走らせた男共が狂喜して追いかけている。


(がんばれよぉ~)


 心の中で健闘を祈りつつ、俺は投錨して停泊している帆船へと向かった。もちろん、雷兎の耳で周囲の音を集め続けている。


 倉庫街の手前で、人目が無いことを確認し、河に入った。目指す船の方向を確かめてから潜水する。水がみすぎているが、もう陽が傾き始めている。


 デイジーを追ってくる男達を狙って罠を仕掛けているだろうユノンにとっても、潜入して破壊工作をやる俺にとっても夜闇はありがたい。



(さて・・)


 どうやら誰にも見咎められること無く帆船に近付くことが出来た。女の色香、恐るべし・・だ。


 水面から船縁まで5メートル以上はあるだろうか。静かによじ登るのは難しい。


(やっぱり、これかな・・)


 俺は息継ぎで水面に顔を出し、船尾の側にある大きな厚板を見つめた。

 かじ板という物だ。舵輪だりんを回して、この舵板の向きを変えることで船の向きも変わる。


(つまり、これを壊せば、航海は難しくなる・・よな?)


 素人なので、よく分からないが・・。


 この厚板を壊して回るだけなら、5隻とも時間をかけずにやれる。


(板だけだと、別の板に替えられるから、留め具も壊しちゃうか)


 雷兎の蹴脚と破城角なら、問題無くできるだろう。


(ぉ・・?)


 遠い所で、男達の声があがった。痴女の捕獲に成功した声じゃない。どうやら、デイジーが引き連れて来た男達をユノンが襲ったようだ。


(じゃあ、俺も・・)


 水中から伸び上がるようにして水面から顔を出すと、


(破城角っ!)


 目の前の厚板めがけて頭突きを放った。



 バギィィィーー・・



 目論見もくろみとは違って、舵棒を固定していた留め具と一緒に、梶板が外れて吹っ飛び落水していった。舵板にも亀裂が入ったようだ。


(まあ・・良し)


 イメージとは違ったが、上々の成果だろう。

 すかさず水中に潜って隣の船に向かうと、息継いきつぎついでに浮かび上がって、同じように舵板に破城角を叩き込んだ。今度は、舵板が割れてしまい、留め具が残ったので、蹴脚で蹴りつけて金属の留め具を吹っ飛ばした。


 最初の船で誰何すいかの声があがり始め頃には、俺は最後の5隻目に破城角を打ち込んでいた。


(・・まあ、上出来でしょ)


 問題は、森で掠われた人が船の中に閉じ込められていた場合だが・・。


 船腹へ少しよじ登って、破城角を打ち込んだ。一撃で、船の横腹、水面より少し上に大きな穴が空いた。


(お邪魔しますよぉ・・)


 物音を聴きながら、薄暗い船内の様子に視線を配る。

 大きな船なのに、6人しか人が乗っていない。他の奴等は陸に上がっているらしい。


 駆けつける水夫らしい男達を物陰でやり過ごし、船倉らしい場所を探して走った。


(ここ・・は、船員さんの部屋かな)


 汗の臭いがしみついた学校の部室より臭い。うろうろと探すと、下の階層へは階段では無く、板を外して降りる仕組みだった。

 早速、下の隙間のような場所へ降りたが誰も居なかった。


(空振りか・・)


 大急ぎで上へと向かう。


 どうやら一番上らしい場所で扉のある部屋を見つけた。


(ここは・・?)


 扉を開けて中へ入った。


「・・なんだ、てめぇっ!?」


 声をあげる髭の大男を細槍キスアリスで仕留め、手早く部屋の中を調べると、立派な金箱が見つかった。他にも書き付けやら何やら適当に集め大袋に纏めて収納する。


(よし・・)


 俺は隣の船へ行くために、船壁を打ち破った。


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