第49話 襲撃準備


「あるじゃん、町・・」


「・・ありましたね」


 ユノンが眼を見開いている。


 森の北東側を出て直線で3キロほどの場所だ。女司教 デイジー・ロミアムの案内が無ければ、ここまで足を伸ばそうとは思わなかっただろう。


 3人は、ちょっと小高い崖の上から下方を見下ろしている。


 そこは、大きく蛇行している大河の淵が岸壁を削るようにしてできた入り江で、天然の船溜まりになっている。大きな帆船が5隻、投錨して停泊していた。


 岸から浮き桟橋が幾筋も延び、岸壁に沿って倉庫のような建物がいくつか建っている。少し離れて木造の家屋が50棟ほど並んでいた。昨日、今日出来たような町では無い。かなり、しっかりとした港町だった。


「教会の船がありません」


 デイジーがいぶかしげに呟いている。


「河なのに、あんな大きな船が浮かぶの?」


 確かに大きな河で、対岸が見えないくらいだけど・・。


「このターレン河は海に注ぐまで滝なども無く、帆船での行き来が出来るんです。季節風の関係で、ここまでさかのぼって来ることができるのは夏季だけですけど」


 暑くなると、河をさかのぼる向きに強風が吹くらしい。その風を使って海から船が遡上そじょうして来るそうだ。


「ふうん・・5隻も船が泊まってるのに人が少ない?」


「確かに、ちょっと少ないですね」


 ユノンも頷いた。


「・・1隻は、アナン教団の船ですね。あの黄色い旗がついている船です」


 デイジーが端の1隻を指さした。中央のマストに黄色い布が揺れている船だ。


「どうします?」


 ユノンが訊いてくる。


 俺の答えは最初から決まっていた。


「壊滅させる」


「町を・・でも、それでは・・」


 デイジーが眉を潜めたが、


「森を攻めて来た人間を乗せていた船なのでしょう? ならば、森でさらった人達を連れて来ているかもしれません」


 ユノンが心配顔で訴える。


「・・ということは、いきなり焼き討ちしたりしたら、その人達を巻き添えにしちゃうか」


 俺は低く唸った。

 

 簡単だと思っていた話が、ややこしくなりそうだ。


「まず船を航行不能に・・・それで、あの人達は逃げ出す方法を失います」


 意外にも、デイジーが方策を提案してきた。


「なるほど・・」


さらわれた人が居るとしたら、船倉か、あの倉庫・・でしょう」


 デイジーが建ち並ぶ倉庫群を指さした。


「まあ、個別に連れ出されていなければね」


 デイジーを捕まえようとした髭面ひげづらみたいなタチの悪い男が、捕まえた女のまみ食いをやっている可能性は大いにある。居住区も捜さなければいけないだろう。


「風上から、薬をいてみる?」


「しっかりした造りの建物が多いみたいです。風に薬香を漂わせても効果は薄いのでは?」


 デイジーの言葉に、


「確かに、そうですね」


 ユノンが素直に頷いた。


「それに、ここは前線基地のようなものですから、侵入者を感知する魔導器が設置されています」


 デイジーが石塔のような物を指さした。


「範囲は?」


 塔を中心に球状に探知するのかと思っていたのだが、


「あれは、魔導器同士を繋ぐ直線上に目に見えない探知層を生み出す装置です」


「なるほど・・」


 そう言われて見ると、建物が並んだ辺りを4つの石塔が囲んでいた。柱のような魔導器と魔導器を結んだ直線上に、肉眼では見えない魔導の警報ラインがあるらしい。


「あちらにもあるようです」


 ユノンが指さしたのは、港の入江・・その入り口部分だった。一番狭くなっている場所に1つずつ大型の石塔が建っている。


「ふうん・・なに?」


 俺はデイジーを見た。デイジーが戸惑ったような顔で俺を見ていたのだ。後で聴いたところでは、俺が魔導の仕組みをあっさりと理解した事に驚いたそうだ。


「いえ・・あの石塔を作動させているのは、魔力を込めた魔石です。1日中、作動し続けます」


 魔石ね・・乾電池的な感じかな。魔力は、まあ俺には無縁なアレだよね・・。


「魔石を交換する時には途切れる・・けど、見張りがつく訳か」


「えっ?・・ええ、その通りです」


「魔石に魔力を充填するのは、魔法使い? それとも、魔力があれば誰でもできる?」


「・・魔石への魔力注入は、簡単なようで難しいのです。あれだけの魔導器を作動させる魔石となると・・」


「小型の石を沢山使っているかも?」


「そうした装置も研究されているそうですが、私が知る限り、まだ試用段階で実用化はされていないはずです」


 デイジーが首を振った。


「そうなると、やっぱり大きい魔石に注入か・・1人でできるもの?」


 話を聞くだけで大変そうだけど・・。


「3人が波長を合わせながらの作業になりますし、現場で注入作業をするのは意識が乱れ易いため現実的ではありません。魔力を注入済みの魔石を数多く持ち込んでいると考えるべきでしょう」


「ふむ・・ん」


 俺は倉庫群へ視線を向けた。


「あの旗は、どこかの国の旗?」


 帆船のマストに揺れる旗と同じ物が、居住区の建物にも掲げられていた。大雑把に3つに区分けされているようだ。


「ガザンルード帝国、センテイル王国、アナン教団の旗です」


「アナン教団というのは黄色い旗の?」


「アナンは、昔から私達を目の敵にしているのです」


 ユノンが言った。


 ランドールとは異なる宗教を国教にしていて、森の民や闇の民と言った妖精人、獣の姿をした獣人達を呪われた亜人とし、亜人を数多く殺した者が多くの徳を積んだとして評価され、教団内の地位が高まるのだという。


「物騒な団体だなぁ」


 俺は嘆息を漏らした。


「水場は・・河か」


「汲み置きはしてあるでしょうが、それぞれの家屋の中に置かれているようです」


 飲料水に毒を入れて回るにも時間がかかりそうだ。


「まあ、この日差しだもんね」


 俺はデイジーを見た。


「な、何か・・?」


「デイジーさんにエサ役をやってもらおう」


「・・エサ


 デイジーの顔から血の気が退いた。


「デイジーが色っぽい格好で歩いて行って、魔導器の警報を鳴らしてから逃げる。餓えた男達が狂喜乱舞。鼻息荒く追って来た奴をユノンが毒で片付ける。俺が船を壊して回る。そこまでやって1度退散かな」


「・・・事前に護りの結界を張らせて頂いて宜しいでしょうか?」


「光が目立つから却下」


「し、しかし、遠間から矢で狙われたら・・」


「服をビリビリ破いて、男達が発情して猛り狂って襲いたくなる格好で行って。矢でうっかり殺したら勿体無いぜぇ~って思わせるようにね」


 男共の視線と欲望を釘付けにするのですよ。他の事に眼が向かないように・・。

 ただ殺すには勿体ない女だって思わせるのだ!


「やっぱり・・悪魔です」


 デイジーが、青衣の裾を握ってくらい顔で睨む。


 俺は、その肩に手を置いて、


「ボク、悪いニンゲンじゃないヨ?」


 にこりと特上の笑顔を見せた。


 元より呪術の契印書によって逆らう事は許されない。デイジーががっくりと項垂うなだれた。


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