第48話 呪難の司教


「酷すぎます!」


 開口一番、ランドール教会の司教がえた。


「うるさいから黙って。動けないようにして、ゴブリンの餌にするよ?」


 俺は優しくさとした。


「・・ひ、卑怯な・・このような呪で縛るなんて」


 身を震わせながら、女司教が口をつぐんで俯いた。


「あんたが髭の男といちゃいちゃしてたのを邪魔したのは悪かったけどさ? まあ、あの辺は獣も多いから、男遊びはほどほどにした方が良いですよ? お尻をかじられちゃいますよぉ?」


「ちっ、違うっ! あれは・・なにかの薬で、それで気を失ってて・・」


「えぇ~?両足で男の顔を挟んでたのにぃ~? 司教さんって、結構凄いんですね? ボク、恥ずかしくって見てられなかったですぅ~」


「違うっ! 違う、違う、違うっ!」


 女司教が、真っ赤な顔をして身を揉むようにして叫ぶ。


「あのひげのおじさんは、司教さんの恋人さんなんですかぁ?」


「違います!」


「あらら、関係無い人?」


「あ、当たり前です!」


「行きずりの男と森でやろうとか、さすが大人は違うっすねぇ~」


 俺は感心したように唸った。


「なんてこと言うんですかっ! まったくの誤解です! あれは無理矢理・・」


「司教さんは楽しんでいたんじゃないと?」


「断じて違います!」


 女司教が地面を踏みならす。


「それなら、もしかして、俺達って恩人? 髭おじさんが色々始める前に助けたってこと? あっ、もう事後だった?」


「何もされていません!」


「それじゃあ俺達って恩人じゃないの? 司教さんが襲われているところを助けたってことだよね? 貞操まで護ったんじゃ?」


 あのまま髭面になぶらられてから奴隷として売られるところを助けたのだ。命と貞操の恩人ではないか。


「・・それは・・その通りです。感謝しています」


 女司教の声が小さくなった。


「まあ、御礼は契約を守ってくれれば良いから」


 俺は、にたりと目尻を下げた。元々、ちょっと目尻下がりの大きな眼をしているが・・。


「だ、だからっ・・あれはおかしいでしょう! 身動きできない私の手を使って、勝手に文字を書かせるなんて・・悪魔の所業じゃないのっ!」


 隷属状態のまま動けない女司教の手にペンを持たせ、ユノンが呪術の契印書を書き上げていったのだ。


「署名の上で血判まで押してくれたからね。効果は抜群です」


 完全無欠の呪印契約書が完成したのだった。


「・・酷い・・酷すぎる」


「契約内容、すべてを誠実に実行して貰いますから。裸で腰振っても安くなりませんよ?」


「・・もう死なせて下さい」


 女司教が疲れのにじんだ顔で呟いた。


 奴隷狩りの協定立会いの時点で、司教としての自分の信念は破綻している。これ以上は、生き恥を晒すばかりだ。契印書で自殺を禁じられていなければ・・。


「大丈夫、死ぬまで働いて貰います」


 俺は、にっこりと笑顔で断言した。棒金貨5万本への道は遠いのですよ。


「コウタさん」


 無表情に見守っていたユノンが近付いて来た。


「その人に質問したいのですけど、よろしいでしょうか?」


「うん、良いよ」


「ありがとうございます。では・・」


 ユノンが女司教の正面に立った。端で見ていても、ひやりとするほど厳しい眼光で睨み据えていた。


「・・名前は?」


「デイジー・ロミアムです」


「ランドール教会の司教というのは本当ですか?」


「・・はい」


「ガザンルード帝国、辺境伯ルギール・クーランダ、センテイル王国、第二王女サキューレ・ムーラウス、闇ギルドのモーゼイ・タランド・・・3者の奴隷狩り協定に立ち会いましたか?」


 紫の瞳で、射抜くように女司教の眼を見つめている。


「・・はい。すべて、露見しているのですね」


「あなたは、メンヒス・ポーラという名前では無いの?」


「違います。メンヒスは同行していた司祭です」


「その司祭はどこに?」


「分かりません」


 ロミアムと名乗った女司教が、協定の現場で起こった出来事を説明した。途中で噴き飛ばされて意識が混濁していたそうだ。


「よく無事でしたね」


「協定に立ち会う前に、この身に防護結界を張っていました。気が付いたら、すべての結界が粉砕されていて・・」


 倒れた立木の下敷きになるようにして身動きが取れなくなっていたらしい。藻掻もがいている内に、なんとか抜け出すことに成功したらしいが、あまりの惨状に怖くなって逃げ出したのだという。


「どうして、森のこちら側に?」


「この先に、緊急時に合流するよう指示された場所があるんです」


 緊急避難場所がいくつか決められていたらしい。


「避難場所の指示は教会から?」


「はい」


「髭の男は、あなたが向かっていた方向から来ました。本当に知らない男でしたか?」


 あの髭男は司教の事を知っている様子だったが・・。


「はい・・まるで知らない男です」


「あなたの光る結界を無効にする方法を知っていました。そして、真っ先にあなたから奪ったのが、この首飾りです」


 ユノンがぶら下げで見せたのは、小さな紋章が刻印されたコインのような物だった。


「そ、それは・・それをあの男が?」


 女司教が眼を見開いた。


「一番最初に、これを探して取り上げ、それから首に隷属の紐を巻きました」


「・・光壁を無効にした方法はどのような?」


「細い金属の管で光壁を貫いて麻痺まひ粉を流し込んだようです」


 ユノンが男のやった方法を話して聴かせた。


「・・会うのは初めてですが、教会がモイギヌ・ナルードという男を使っていると耳にした事があります。教会内の異端者を・・処分する役を負っている者だと」


 女司教がくらい顔で呟いた。


「デイジー・ロミアム、あなたは異端者なのですか?」


「いいえ・・でも、今回の・・教皇のありようは納得できませんでした。それで・・立会い者としての責務を放棄しました」


「教皇というのは、教会の最高位でしょう?」


「・・ですが、おかしいものは・・おかしいのです!」


 女司教が唇を噛みしめている。


「異端ですね」


「・・処刑人・・モイギヌ・ナルードを送られた時点で、私は異端者として断じられたという事です」


 女司教が項垂うなだれた。


「では、もう戻れませんね?」


 ユノンが問いかける。


「・・はい」


「私は、ユノン。闇谷の民で、コウタさんの婚約者です」


「闇の・・」


「森の住人を獣だと称したランドール教会をゆるす気はありません。すでに多くの兵士達、騎士団を討ち果たしました。何万人攻めて来たとしても、我々がこの森で敗れることはありませんよ?」


 ユノンが宣言するように言った。


数圧かずおしで失敗したとなれば、次は・・各国の抱えている加護持ち・・神の徒が差し向けられるでしょう。1人で千の兵士を討ち滅ぼすと言われる者達です。神々の加護を授かった方々の強さは異常です。武術の達人や練達の魔法使いが束になっても敵いません。例え、森の人々がどれほど強くても・・彼の者達を相手にすることは難しいですよ」


 女司教が強い眼差しでユノンの瞳を見つめて言い返す。


「大丈夫です。神々の加護を持った人なら・・」


 ユノンが俺の方を見た。


「ここにも居ます」


「・・この・・この方が?」


 女司教の顔がぱっと明るくなった。


 しかし、


「月光の女神様に加護を授かった方です」


 ユノンが言うと、


「・・月光ですか」


 女司教があからさまに落胆した。


(おぉぃ・・・女神様ぁ? なんか、ディスられてますけどぉ? 教会の司教ががっかりしちゃってますよぉ? 何なんですかねぇ?)


 黙って見ていた俺が、ぶすっとむくれつつ、そっぽを向いた。


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