第47話 司教の受難


「あいつ、何やってんの?」


 俺は遠目からお尻の人を眺めつつ首を捻った。


「踊りでしょうか?」


 ユノンも小首を傾げている。


 こっちの世界の事は分からないが、地球という星の日本という国では阿波踊りと呼ぶかもしれない動作を行なっていた。先ほどまで、フラついていたとは思えないくらい、キレのある動きで、小さく円を描くように踊っている。


「ユノン、薬使った?」


 風に乗せて毒でも撒いたのかと疑ったが、


「いいえ、まだ何も」


 ユノンが首を振った。


「でも・・」


 どう見ても、正気では無さそうなんだけど・・。大きな獣とか居る森で、なんで阿波踊りやってんの?


「ぇ・・」


「まあ!」


 唐突に光の柱が出現して、お尻の人が居る辺りを包み込んでいた。


「なにあれ?」


「おそらく祈祷術の結界ですね。初めて見ました」


「祈祷・・?」


 じゃあ、あの踊りが祈祷だったのだろうか?


「舞を奉納する事で、より高い効果を得られるそうです」


「・・ふうん」


 ボクの憧れていたマホウと違う・・。


「なんか来た」


 たぶん、この辺りが光った事に気がついた何かが見に来たのだろう。


「獣です?」


「いや・・人だ」


 俺はユノンに樹に戻るよう指示した。無言で頷いたユノンが、ふわりと舞って枝上へと消えた。


(さて・・)


 お尻の人は、光る結界の中で体育座りのような姿勢で膝を抱えて顔を伏せている。木々の間を足音を忍ばせるように近づいて来る人間には、気がついていない様子だった。


(・・1人)


 ちらちらと衣服の端などが木陰からはみ出ている。日焼けして脂ぎった髭面ひげづらで、獣の毛皮をポンチョのようにして羽織っていた。武器は腰に山刀と手斧、手には木の棒に短刀を継いだ手槍を持っている。


 光る壁の中にいるお尻の人に意識を奪われて、俺やユノンには気づいていない。


(う~ん、山賊?)


 どうするのかと見守っていると、細い筒ストローのような物を取り出して、つなぎ合わせて長くすると、おもむろに光る壁へと差し伸ばす。触れるか触れないかの位置で、ほんの小さな閃光が散ったようだったが、すうっ・・と光る壁を抜けて筒先が中へと入った。すぐさま、筒元から紙に包んでいた粉を注ぎ入れる。手慣れた動きだった。


(駄目じゃん、あの結界・・)


 あの筒の材質? 何かの魔法? 理屈は知らないが、光る結界を無効化する道具があるという事になる。


(まあ・・そうなるよな)


 体育座りをしていたお尻の人が、ふと顔を上げて息苦しそうに喉を抑えた。髭面が光る結界の中に振り撒いた粉を吸ったのだろう。


(ほほう・・)


 せ返りながらのどを抑えていたお尻の人が突っ伏して動かなくなったのに合わせて、光る壁が薄れて消えて行った。


 すかさず、髭面がお尻の人に近づき、あごを掴んで顔を確認し、青衣の胸元をいじるようにして、青衣の内に首からさげていた首飾りを引っ張り出すと、引き千切って用意の革袋へ収めた。続いて、お尻の人の手足を手早く縛り上げ、首に黒い組紐のような物を結ぶ。

 実に無駄の無い、鮮やかな手並みだ。


(むぅ・・)


 お尻の人の首に巻かれた黒紐から湯気のように赤黒いものが立ち昇ったのが見えた。


 途端、お尻の人が仰け反るようにして身を跳ねさせた。仰天した表情で髭面の男を一瞬見たが、すぐに表情が消えて無気力な雰囲気になった。


「お嬢ちゃん、司教だったか? 呪詛除けの加護持ちだって話だが、薬でちょいと抵抗力を落としてやりゃぁ、こんなもんだ。もう、その首輪からは死ぬまでのがれられねぇぜ」


 わらいながら言った髭面の男が、周囲へ視線を巡らせた。しばらく注意を払っていたが、


「どうれ・・ちと身体を見せて貰おうか。売っぱらう前に、値段の当たりくらいつけとかねぇとな」


 無造作に手を伸ばすと、青衣の襟元に指を掛けて引き裂いた。シボの入った白い肌着越しに大ぶりな乳房を乱暴に掴む。


「ふん、良いもん持ってんじゃねぇか。ちっと澄ました面が気にいらねぇが・・これで生娘なら良い値が付くんだがな。おら、股開いて腰上げろ!」


 髭面の男が女の両脚を掴んで、強引にかつぎ上げた。


(・・やれやれ)


 俺は、内心で嘆息しつつ、木の陰から出て男の背後へ近づいて行った。


 ちょうど、男が下着を引き千切ったところだったので、髭面の男越しに付け根までさらされた様子が網膜に焼き付いた。


 事故だ。


 俺は無言のまま、男の背に細槍キスアリスを突き刺した。


「ぐっ・・て、てめぇ、何処から・・」


 振り返ろうにも、自分の両肩に女の脚をかついでいたのだ。どうしても動きが制限される。


 俺は、槍穂の刃が骨を断つ感触を両手に感じながら、男の背に突き刺した槍を、下へ向けて力任せに斬り下ろしていった。


 男は何もできないまま、土下座をするように前へ突っ伏して死亡した。担いでいた女の股の間に髭面を突っ込む形になったが、まあ仕方がないことだ。男にとっては、死出の土産みやげになっただろう。


(お尻の人から、お股の人に格上げするべき?)


 もう、胸から太腿の付け根まで見てしまったのだけど・・。


「ユノン・・」


 樹上を振り仰ぐと、


「はい」


 ユノンが飛び降りて来た。


「この首の黒い紐は何?」


「かなり上位の隷属鎖ですね」


 ユノンがわずかに眼を細める。


「死ぬの?」


「いいえ、主人の命令に絶対服従の奴隷となるだけです」


「ふうん・・外せる?」


「この男が解呪の鍵を持っていれば簡単です」


 ユノンが男の持ち物を調べていった。


「ありません。おかしいですね」


 隷属の呪具を使う者は、解呪の道具も持ち歩いているものらしい。


「それが無いと無理?」


「・・方法はありますけど、3日はかかります」


「場所はどこでも?」


「はい」


「じゃあ・・」


 俺はお股の人を見た。あられも無く白い脚を投げ出し、男の髭面ひげづらで股間をふたされた形で、うつろな眼差しを上に向けている。


「その前に・・この人、何が起きているか分かってるの?」


「ちゃんと認識できています」


「うわぁ・・悲惨だねぇ」


 これを覚えているとか。女として、どんな気持ちなのだろうか。


「声も聞こえています」


「ますます悲惨だねぇ」


「助けるのですか?」


 ユノンがじっと俺を見つめながら訊いてくる。


「条件次第かな」


「条件?」


「ユノンは、こう・・契約書みたいなの作れる?」


 俺は期待を込めた眼差しでユノンを見た。


「契約・・ですか?」


 やや圧され気味にユノンが訊き返す。


「魔法とかで絶対に守らないと駄目になるやつ」


「呪で縛るものでしたら・・」


「それだ!」


 俺は喜色を浮かべて手を叩いた。


「・・内容はどうします?」


「まず、教皇が書いたという書簡の中身を全否定させよう」


 効果が有る無しは関係無い。同じ組織の、それなりの立場の人間が否定していることが大事なのだ。たぶん・・。


「わかりました」


「それから、俺達に多大な迷惑を掛けたことを金銭で賠償させる」


「いくらにします?」


「棒金貨5万本で」


 まあ、返済不能な額だろう。


「はい」


「賠償が終わるまで、俺とユノンの使用人として働かせよう」


 俺はあらためて、お股さん・・年若い女の顔を眺めた。


 なかなかの美人である。プロポーションも良い。水着を着せて立たせれば、グラビアモデルとしても売れそうだ。歳は、二十歳を少し過ぎたくらいか。銀色の髪に真白い肌、瞳の色は衣服と同じ綺麗な青色をしていた。


「司教・・」


 この肩書きは使えるかもしれない。


 俺は思いつく限りの条件をユノンに伝えて契約書に盛り込んでいった。


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