第46話 司教の命運


「西の森は、凄い戦いになっているみたいです」


 ユノンが母親の所から情報を仕入れてきた。


「最初に来た敵兵を斃した後、ちょっと違った兵隊が攻めてきているそうです」


 ずらりと数を揃えての進軍に失敗して静かになっていたのだが、最近になって10人程度の少人数の部隊が森の中で散見されるようになっていた。


 その部隊が強いのだと言う。


「・・ふうん」


「敵にも、加護を持った人が居るという話でした」


「加護・・ねぇ」


 俺は気のない相槌をうちつつ、みたらし団子を頬張った。隣でユノンも食べている。


「強いそうですよ。何とかという獣人の人がたおされちゃったみたいです」


「そうなんだぁ」


 俺は大きく伸びをした。


 俺とユノンは遊撃扱いだった。どこどこを守れとか、どこかを攻めろという指示は受けていない。邪魔にならない所で、好きなようにやってくれという事らしい。


「どっちにしても、勝ちそうなんだろ?」


 戦いなんだし、こちらだけ無傷という訳にはいかないだろう。

 獣人が斃されたと聴いても、いまひとつピンとこない。


「前線を破られても、コウタさんと同じ異世界人の部隊とお姉様達が控えています」


「獣の人達は?」


「戦士階級の精鋭が異世界人の護衛につかれているそうです」


 獣の各部族から選りすぐりの戦士が近衛として付き従っているらしい。


「強いの?」


「近接戦では無類の強さを誇ると聴きます」


「ふうん・・」


 近接戦に強い奴が加わったのなら東の部隊は大丈夫だろう。


「ユノンのお姉さんて、あの3人?」


 闇谷の長の曾孫、顔だけは美しい三姉妹だった。ディジェーラ、サンアープ、クインルー・・だったか。


「はい! 戦人いくさびとなんです!」


 ユノンの表情が誇らしげだ。悪く言わない方が良いかもしれない。


「・・強いの?」


「とっても強いんです!」


「ほほう・・」


 そうなると、俺の出番は全く無いな。これは、本気でぷらぷら遊んでいても大丈夫そうだ。


「人間の町の様子を見に行ってみようか」


「町ですか?」


 ユノンが小首を傾げた。


「北側に行ったら、センテイルという国なんでしょ?」


 森の北側がセンテイル、西側がガザンルードという国に接している。流民局があった町は、西側から森に丸1日ほど入った場所だったそうだ。


「森に近い所に、町とか村があるんじゃない?」


 北にも町があるのでは無かろうか。


「大きな河が流れていて渡るのが難しいって聴きましたけど」


「でも、センテイルの王女とか来てたじゃん? 河を渡る船とかあるんじゃない?」


 何しろ、森の真ん中で、堂々と会談を行っていたくらいだ。魔法か何かで森の民の眼を欺く方法くらい見付けているんじゃなかろうか。


「確かに、そうですね」


「じゃ、闇谷の長に報せを・・・」


 頼む・・と続けかけて、俺は口を噤んだ。


 表情の異変を察知し、ユノンが目顔でたずねてくる。


「あっち・・人が歩いている」


 先日、センテイルの騎士団を敗走させたばかりだ。はぐれた兵士か、偵察役がうろついているのか。

 この辺りは、闇谷の持ち場だ。

 谷の人間が来るなら、ユノンに連絡があるはずだが・・。


「何も聴いてません」


 ユノンが首を振った。


「見に行ってみよう」


「はい」


 頷き合って、俺は地面に跳び降りて走る。ユノンは樹から樹へと音も無く跳び移って行く。



(森に攻め入った奴の生き残りかな)


 別の場所で敗走して、こちら側へ迷い込んだのかもしれない。


 捕まえて、森の外の話を訊いてみたい気がする。


(ルド・ルーラみたいな強い奴だと困るけど・・)


 あんな奴だと、生かして捕らえるのは無理だ。できれば、息も絶え絶え、よろめき歩いている感じの一般兵・・いや、ある程度の地位にある知識人が理想的だ。


 歩調の弱々しさからして理想的なのだが・・。


「見えました」


 ささやくようなユノンの声が聞こえて、俺は樹の幹に身を隠した。

 ちらと振り仰ぐと、5メートルほど離れた樹の上にユノンが潜んでいた。


 周囲の物音に注意を払いつつ、静かに木々の間を進む。


「1人です。他には見当たりません」


 ユノンが囁いている。


(見つけた・・・けど)


 俺は樹の裏へ隠れた。


(あれって・・あいつ?)


 記憶に間違いが無ければ、視線の先を歩いていたのは、いつぞやのお尻だ。いや、お尻を丸出しにして埋まっていた誰かだ。着替えを持っていなかったのか、腰回りが裂けた衣服のまま、枯れ木の棒を杖にして弱々しく歩いていた。


 眼にも鮮やかな青い色をした袖無しのワンピースのような衣服だったが、背中からお尻にかけて派手に引き裂けていた。腰を銀の鎖で縛っているので上半身をさらすことは防げているが、腰から下はヒラヒラと揺れ、隙間から真っ白な脚が見え隠れしている。


 まあ、そんな恰好を気にしていられるほどの余裕は無さそうだ。


(あの時のお尻さん、生きていたのか・・)


 女1人、兵士にでも見つかれば即座になぐさみ者にされそうな恰好だったが、こうして見た感じ、その手の暴行を受けた様子は見られない。森を攻めて奴隷狩りをやるという協定に立ち会っていた奴だ。ゴブリンや山犬に喰われてしまえば良かったのに・・。


「どうします?」


 ユノンが俺の後ろへ来た。


「どうしようか?」


 俺は低く唸った。何となく、初見の時から面倒臭そうな予感がしている。関わらずに放置で良い気もするけど・・。


「まあ、捕まえて話を聴いてみようか」


 厄介そうなら埋めるか、虫の巣にでも放り込んでしまえば良いだろう。


 俺は細槍キスアリスを手に握った。


「どこへ向かっているのでしょう?」


 ユノンが呟いた。


「・・ああ、そっか。このまま尾行した方がいいかも」


 捕らえても、素直に行き先を答えるとは限らないし、無理矢理に聞き出すほどの情報じゃない。尾行して確かめた方が効率的だろうか・・?


「必要なら、薬で聞き出せますよ?」


「それって・・・聞き出した後、相手はどうなってるの?」


「脳と心臓が上手く動かなくなります」


 俺の婚約者が物騒です。


「道訊くために、あの人の脳と心臓を止めちゃうの?」


 一応、訊いておく。


「あの人、奴隷協定の立会い人なのでしょう?」


 どうして、君が俺の知らない情報を知ってるんですか? 魔力が無いから巻物が開けなかったのに・・。


「誰から聞いたの?」


「お母様に・・ランドール教会の司祭が立ち会って血判まで押したそうです」


 ユノンが言うには、衣服をあそこまで鮮やかな青色に染めるのは難しいらしい。ランドール教会の司祭以上の人物に違いないと。


「ふうん?」


「闇谷は森の外との交渉事を任される事が多いのです。以前に森を訪れたランドール教会の人間は、森の民と人間は等しく神の子供であると語っていたそうですけど・・嘘をついていたのですね」


 将来のお嫁さんが、かなり怒っていらっしゃる。無表情なまま・・。


「・・そう言えば、ルド・ルーラって奴、教皇の書簡がどうとか言ってたね」


 教皇って偉い人なのでしょう? ボク、宗教って詳しく無いんだ。


「ランドールの教皇が、森の住人は人間では無く、卑しい獣だと・・ガザンルード帝国の王に宛てて書き送った書簡だったそうです」


「う~ん、これはギルティ?」


「ぎるて?」


 ユノンが首を傾げる。


「そういう事なら、あいつ捕まえて薬で色々と聞き出そう」


 情けをかける価値は無い。まあ、生きてるのが不思議なくらいだし・・。ついでに、周辺の町村の場所や暮らしぶりなど訊いておきたい。ランドール教会についても知っておいた方が良さそうだ。


「あ・・でも、3分くらいで呂律ろれつが回らなくなります」


「・・駄目じゃん。時間足りないよ」


 俺は、ううむ・・と唸りつつ腕組みをした。


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