第45話 燃える男の・・。


 深夜・・。



「絶景かな絶景かなぁ~」


 俺は樹の上から地上を見ながらはしゃいでいた。

 

 進軍してきた騎士団の野営地である。


「効きましたね」


 ユノンが枝上に座ったまま満足そうに頷いている。

 睡眠香の効きが良かったので嬉しそうに目尻を下げている。


「じゃ、樽の方は任せるよ。何かあったら合図よろしく」


「はいっ」


 俺は樹から飛び降りた。続いて、ユノンがふわりと舞い降りてくる。


 袖の長い色違いの上着と丈の長いスカートを三枚くらい重ね着したような格好で、スカートの下は細身のズボンに、踝上くらいまであるブーツという、襟元から足先まで肌をまったく出さない衣装だ。その上で、腰には黒い石を紐で数珠つなぎにしたベルトを巻いていた。

 見るからに、暑そうだし、動きにくそうだが・・。まあ、そういう民族衣装なのだろう。見ている限り、動きは軽やかで支障はなさそうだ。


 ユノンの母親によると、体術はぎりぎり及第点、薬品の調合を得意としているそうで、薬師としては闇谷随一の腕前らしい。なお、趣味は毒の調合である。


 2人に与えられた任務は遊撃だ。行軍を妨害、遅延させる工作をするよう依頼されていた。


 俺は騎士や従士達の持ち物やら備蓄の品の物色へ、ユノンの方は、水を入れた木樽やワインを入れた樽に、毒を混入させるために・・・。


 それぞれが走り回る。


 木の防柵で囲まれた野営地だった。

 見張りの兵士は篝火の横で倒れている。俺は、ずらりと並んだテントをちょろちょろ出入りして、質の良さそうな剣や槍、弩などをせっせと収納し、もちろん、重そうな金袋があれば入金処理をする。


 忙しい夜だった。


 その間に、ユノンは、飲みかけのコップ、スープを入れた皿、固いパン、果物、干し肉・・と、嬉々として毒液を注入していた。


 用意の毒は、液状のものから、粉状のものまで様々だ。今回は致死性のものでは無い。そうするよう未来の旦那様に言われたのだ。

 人間達を哀れんだのかと思ったが、どうやら違うみたいだった。


 今頃、あちこちの天幕で、ユノンが作った致死性の毒を使っているはずだ。

 

 なんだか変わった旦那様だった。


(人間・・なのよね?)


 噂では、森の民の守護総長の娘と素手で渡り合い、見事に打ち倒したのだとか。

 どんな大男かと思っていたら、女の子のような顔をしていて、ちょっと小柄で、華奢な手足をしている。


(あっ・・合図?)


 甲高い笛の音のような音がした。

 まだ、少し樽を残していたが、ユノンは即座に天幕を出て最初の樹を目指した。そうするように念を押されていたのだ。


「こっち!」


 低く声がして、首を巡らせると木陰で手招きをする少年の姿が見えた。



(ユノン、動き良いな)


 足早に戻って来るユノンの様子を眺めつつ、俺は感心していた。

 闇谷の長からは、近接戦はあまり得意じゃないと聴いていたけど、案外やれそうな雰囲気だ。


「コウタさん?」


「何か、後続の兵隊が向かって来ているみたい。一旦、離れよう」


 雷兎の耳が迫ってくる足音を拾っていた。数は少ないが、どうも嫌な感じがする。


「分かりました」


 ユノンが素直に頷いた。


「たぶん、追ってくるから、そのつもりで」


「手練れですか?」


「どうだろ? 俺、実際に見てみないと強いかどうか分からないんだ」


 実際は、見たところで判別つかないが・・。


「そうですか」


「緊急の時のやり方は大丈夫だね?」


 俺は念のために訊いてみた。


「手持ちの毒を全部いて逃げます」


 ユノンが言い聞かせた通りに答えた。


「うん、俺は毒が効かないから、思いっきりやっちゃって良いよ」


「はい」


「・・とか言ってたら、これは・・凄いね」


 騎士達の野営地を無視して、真っ直ぐに、こちらを目指して迫ってくる。


(1人?・・いや、なんかまぎれて・・もう一人いるな)


 追ってきたのは、2人だ。

 どうやったのか、俺達の居る場所を把握して、まっしぐらに狙って来たようだ。


 俺とユノンは、樹上へ登って待つことにした。


「よお・・待っててくれるたぁ、気が利くじゃねぇか」


 真っ赤な髪をした大柄な男が、二足で走る小型の恐竜みたいな生き物に跨がって現れた。くらあぶみ、手綱までついているから、この恐竜は馬代わりの乗り物なのだろう。


「ニードス、てめぇの手柄だぜ」


 赤髪の大男が背後を振り返るようにして言った。

 そこに、黒いローブ姿の男が立っていた。


「俺は、結城浩太。あんたは?」


 樹から飛び降り、地面に着地しながら訊いてみた。


「センテイル王国に雇われたルド・ルーラってもんだ。サキューレ王女の仇を討つよう言われて来た」


「・・ふうん」


「ユウキだったか。おまえは王女の腕輪を持っているな?」


「腕輪?」


「その腕輪は居場所を報せる魔導装置だ。どこへ逃げようと分かるようになってる」


「へぇ・・」


 俺は個人倉庫から宝石が埋められた豪奢な腕輪を取り出した。


「これ?」


「ふん・・堂々としたもんだな。おまえが、王女を殺ったのかい?」


「まあ、事故だったんだけどな」


 色々あって空から降った時に、天幕ごと吹っ飛ばしてしまったのだ。あの盛り土の中に、センテイルという国の王女が居たのか・・。


「教皇の書簡はねぇのかい?」


「なんだそれ?」


「・・いや、まあ、そっちは俺の仕事じゃねぇか」


 赤髪の大男が、小型の恐竜から降りて腰の長剣を引き抜いた。


「俺とやるの?」


「おうよ。てめぇの首くらい持って帰らねぇと、格好が付かねぇんだ。そのために、ニードスを借りて来たんだしよ」


「ふうん・・」


 俺は細槍を取り出して手に握った。ニードスという男の様子を眺めながら、無造作に赤髪の男へと近付いて行った。


「小せぇが・・きな臭ぇな」


「小さいは余計」


 俺は細槍を突き出した。赤髪の男の背中から・・。


「・・っと!?」


 ぎりぎりで身を捻り、赤髪の男が剣で槍穂を打ち払う。しかし、無理な体勢だったために、払った穂先が腕を掠めて傷つけていた。


 次の瞬間、赤髪の男が小さく呻いた。

 細槍の穂先に毒が塗られていたのだ。それも致死性の猛毒が・・。


「て、てめぇ・・」


 何かを言いかけた男の喉を、俺の細槍が狙った。



 ギィィン・・



 鋭い金属音を鳴らして、俺の槍穂が払われた。

 ニードスという男が短刀を手に割って入ったのだ。


(・・強いな)


 俺は大きく跳び退った。


 槍を打ち払った短刀の重みが尋常じゃない。このニードスという男は危険だった。


「コウタさん!」


 樹上から声が掛けられた。


 その声に、はっ・・と眼を向けると同時に、小型の恐竜みたいなのが横合いから喰いついてきた。持ち上げた細槍の柄に小恐竜を食い付かせ、斜め前に踏み出しながら首を支点に、小恐竜を投げ落とした。


 そのまま地を蹴って、ニードスという男に迫る。


「つっ・・」


 咄嗟に顔をかばった腕に、針が突き立った。


 ニードスという男が投げた針だ。小恐竜が作った隙を突いて来たのだが・・。


 ほぼ同時に、雷兎の蹴脚が、針を投げたニードスを蹴りつけている。

 

 大樹をへし折る蹴脚だったが、ニードスという男は、片腕を砕かれながらも、俺の蹴りを受け流してみせた。


「・・効かぬのか?」


 ニードスという男が初めて声を出した。


 俺に投げ打った毒針が効果を発揮しないことに気がついたのだ。


「効かんよ」


 俺は笑みを浮かべつつ、起き上がろうとしていた小恐竜に細槍を突き刺した。ほぼ間を置かず、びくんっ・・と痙攣し、小恐竜がよろめき倒れ伏していく。


「あんたの御同類とは何度かやっててね」


 逃走しようと脚を撓めたニードスの目前に、ふわりと距離を詰めて身を寄せる。呼吸の先を聴いて動いたのだ。

 ニードスからすれば、何をする間も無い、一瞬の出来事だった。



 破城角っ・・



 必殺の間合いからの頭突きを放つ。


 だが、


「させるかぁっ!」


 野太い声と共に、横合いから剣が叩きつけられた。


「ぐっ・・」


「・・がぁっ!?」


 俺が仰け反って蹈鞴たたらを踏み、赤髪の男が折れた剣を取り落として手首を押さえる。


 頭突きと剣の相打ちだったらしいが、驚いたのは俺の方だ。毒が回っているはずの赤髪の男が普通に動いている。どうやって解毒したのか・・。

 それに、まさか破城角が普通の人間に防がれるとは・・。


 その時、



 ヒュゥゥゥリィィィーーーーー


 

 不意に高音の笛のような音が鳴り響き、何かが視界の隅から飛来した。何か野球ボールのような丸い物が風を切って飛んでくる。



 ・・破城角っ!



 咄嗟とっさの判断で、音の正体めがけて雷兎の破城角を放った。


「ぶっ・・」


 破城角で迎え撃った物は、小さな素焼きの壺だった。

 俺の目の前で派手に破砕して、黒っぽい液体を撒き散らしている。


(毒?・・いや・・これっ!?)


 油だっ!


 ヤバい・・と思った次の瞬間、素焼きの壺に結ばれていたのだろう糸を火が伝って来た。


(・・やられた)


 炎で歪んだ視界をニードスという男が赤髪の男を連れて逃げ始めていた。

 用意周到というべきか、赤髪の男が乗っていたのとは別の小恐竜を離れた場所に隠していたらしく、渋る赤髪の男を強引に小恐竜へ押し上げている。


(下手に追いかけて、別の何かをやられると嫌だし・・)


 ここは見送るしか無いだろう。

 俺は細槍を地面に突き立てて握ると、体を燃えあがらせる炎の中で、歯を食いしばり仁王立ちになって、逃げていく二人を見つめていた。


 ちらと、ニードスと赤髪の男が振り返って俺の方を見てから、速力を上げて逃げ去って行った。


「・・コウタさん?」


 そっと声を掛けて、ユノンが覗き込んでくる。

 ほんの少し、ごくわずかにユノンの方が背が高いので、微量ながら身を屈めたという訳だ。


「うん?」


「それ・・大丈夫なんですか?」


「いや、滅茶苦茶、熱いし、痛いし、苦しい・・もう色々泣きそうなんだけど?」


「ぇ・・で、でも・・」


 ユノンが怪物を見るような眼で俺を見ている・・気がする。


「まあ、じっとしてれば治るから」


「・・そうなのですか?」


 ユノンが、炎を上げて香ばしく焼ける俺の頭を見つめた。


 ルド・ルーラとニードスの姿が見えなくなるまで待って、


「うぎゃぎゃ・・」


 俺は大急ぎで、アチアチ・・と飛び跳ねて騒ぎながら体の火を消して始めた。


 ニードス達に向けて、火は効かないぞ・・とアピールしたかっただけなのだ。そういう見栄みえを張りたいお年頃なんだ。


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