第44話 仲人は、みたらし団子。


(・・外では戦争とかやってるんだよな?)


 俺は出されたお茶を啜りながら壁に飾られた絵を眺めていた。


 食卓らしい机を挟んで、正面に女の子が座っている。


 森の民エルフと同じように、闇谷にも美男美女しかいない。それはもう、飽きるくらいに美形ばかりだ。


 なので、俺の正面に座っている女の子も美形である。

 容赦ないくらいの美形だ。


 闇谷の民ダークエルフは二十歳前後くらいの外見をしている者が多かったが、目の前の女の子は俺より少し年下に見える。母親が少し幼い・・と言っていたのを思い出す。


(まあ、これで何百歳だとか言われても驚かんけども)


 異世界の常識は分かりません。

 俺は小さく息をついて、湯飲みを卓上に戻した。

 

 その間、じっ・・と視線が向けられている。


 食卓を挟んで2メートルの距離から、瞬きをしない双眸が俺を見つめていた。


 ここまで無言である。


 双眸はやや目尻が吊り気味で、大きな紫色の瞳が印象的だ。母親に似たのか、透き通るような白い肌をした綺麗な女の子です。

 黒い髪を腰に届きそうなほどに伸ばして背で束ねていた。

 闇谷の流行服なのか、真っ黒なポンチョのような服を着ていて、体つきとか全く判らなかった。身長は俺と同じくらい・・わずかな誤差で俺より高い可能性がある。


 何か急ぎの用事が出来たと言って、闇谷の長とその孫娘は退出していた。部屋には2人きりだ。あからさまなやり口である。


「・・結城浩太です」


 あえて、日本人を相手にするように名乗ってみた。


 無視されるかと思ったが、


「ユノンです」


 意外にも静かな口調で返事が返った。しっかりと滑舌の良い澄んだ声だった。


「初めまして」


「初めまして」


(くっ・・手強い)


 ノータイムで挨拶を返されて、俺は次の言葉に詰まった。


「・・趣味は何?」


 俺は、ほぼ棒読みで訊ねた。


「毒の調合です」


 ユノンという女の子がにこりともしない冷徹な顔のままで答える。


「どっ・・毒・・それは・・刺激的だね。ははは・・」


 誰か助けて・・。ボクを助けてぇ・・。

 流行はやりなの? 闇谷では毒がきてるの? 最先端?


「ユウキさんは・・」


「コウタが名前で、ユウキは苗字」


「コウタさんの趣味は何ですか?」


 女の子が訊いてくる。実に興味なさそうな表情だ。まあ、話の継ぎ穂というやつでしょう。女の子なりに気を遣ってくれているらしい。


「みたらし団子」


 俺は自信満々に答えた。


「・・何です、それ?」


 当然のように、闇谷の女の子はみたらし団子を知らなかった。


「食べてみる?」


「食べ物なんですか?」


 女の子がわずかに首を傾げた。初めて表情が顕れた。


「至高の食べ物なのだよ」


 俺は自信たっぷりに薦めた。


「わかりました。でも・・みたらし団子という食べ物は、どちらで購えますか? 作り方を教えていただけても構いませんけど」


「どうぞ」


 俺は個人倉庫から、みたらし団子を2本取り出して、1本を小皿に載せて差し出した。そして、1本は自分が頬張る。


(うっまぁーーーー)


 やっぱり、みたらし団子が最高よぉーーっ!


「ん・・」


 ユノンという女の子が、俺を真似て、串から団子を1つ口に入れ、大きな目をさらに大きく見開いた。


「美味しいっ!」


 白磁のような頬を紅く染めて小さく声をあげ、


「ぁ・・すいません」


 俺の視線に気付いて俯いた。


「婚約しよう」


 俺は食卓に身を乗り出した。今の"美味しい"に嘘は無かった。合格だ!


「ぇ・・ぁ・・はい、お願いします!」


 ユノンが急いで立ち上がって頭を下げた。手に団子の串を握ったままなのが可愛らしい。実に良い子じゃないですか!



 そこへ、



「やあ、すまんな、所用が立て込んでいて・・」


 わざとらしい言い訳を口にしながら、ディーオ・ラルクーンが戻って来た。



 そして、もう一人、



「あらあら、御爺様、もうお戻りだったの?」


 晴れやかな笑顔と共に、ユノンの母親が戻ってきた。


(ずっと部屋の外に居ましたよね?)


 俺の雷兎の耳は誤魔化せませんよ?


「いや、先ほど戻って来る時にな。コウタ殿から婚約を申し込む声が聞こえたのでな。さすがコウタ殿だと感心したのだ。男子たるもの、そうでなくては・・」


「まあ、素敵っ! 良かったわね、ユノン!」


 華やいだ声をあげる母親に肩を抱かれて、


「はい」


 ユノンが耳まで真っ赤にして頷いた。


「ユノン、しっかり頑張るのよ?」


「はい、お母様」


「コウタさん、よろしくお願いしますね?」


「え・・ええ、はい?」


 あれぇ? ボク、どうして婚約とか言っちゃってんの?


(これは・・・詰んだ。詰みましたぁ)


 俺は退路を失った事に気がついた。


(くっ、みたらし団子にやられた!)


 なんて怖ろしいんだ。俺の気分を高揚させるだけでなく、食べている女の子の魅力を5割増しにする魔性の逸品・・。


(まあ・・仕方ないよな。みたらし団子だもんな)


 どうせなら、同じ物を美味しいと食べてくれる女の子が良いよな。すっごく可愛い笑顔だったしさ・・。


 こうして、結城浩太は婚約をすることになった。


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