第43話 パニック・パニック
ディーオ・ラルクーンの
すらりと伸びやかな肢体は
歳は二十歳より若く見えるということしか分からない。実年齢とか気にしたら負けだ。ただ、
それだけでも十分に美しいのだが、
(むむ・・)
本郷さんに勝るとも劣らないバランスのとれたプロポーションと、強い意志を感じさせる瞳をしている。
俺より15センチ近くも上に顔があるのが問題だ。
(レベル高いな・・)
「右からディジェーラ、サンアープ、クインルーだ。皆、戦人の儀を超えている」
ディーオ・ラルクーンが3人を紹介した。
「こちらは、ユウキ殿。神樹の長老に紹介された戦士だ。近接戦では無類の強さを誇る・・と聴いている」
(えぇぇぇ・・無類とか、ハードル上げすぎでしょうっ!)
内心で慌てふためく俺だったが、
「大御爺様、その方は我々には不要です」
ぴしゃりと切り捨てられた。
「3人で補い合いながら戦う術を磨いて参りました。今になって別の方と戦えと言われましても、かえって危難を招く結果になりましょう」
「生きるも死ぬも、我ら3人・・どうか、我らをこのまま行かせて下さい」
3人の美人が口々に、俺という存在は不要だと訴えていた。
かなり泣けてくる状況である。
「・・頑固者共め」
ディーオ・ラルクーンが嘆息した。
叱るのかと思ったら、あっさりと諦める気配である。
いや、ちょっと頑張って曾爺さん・・。
「良かろう。おまえ達は
あっさりと折れた。
(えぇぇぇぇぇぇ・・・)
俺は内心で仰け反った。なんという弱さ! 叱りつけるどころか、良い笑顔まで浮かべて頷いてる!
「では・・これで失礼しますわ」
「支度は終えております。すぐに出立いたしますので・・」
「大御爺様、どうか御達者で・・この里をお願いします」
3人が代わる代わる挨拶をして、軽くディーオ・ラルクーンを抱きしめてから退出していった。
俺は完全に空気である。
女達の視界に入っていたかすら怪しい。
(・・へへっ)
良いんだ。冷たい仕打ちは慣れっこさ。
「すまぬな、ユウキ殿・・」
太々しい溜息をついたディーオ・ラルクーンが俺に向かって頭を下げた。
「で・・俺はどうなるの?」
やさぐれちゃうよ? もう、結構きてるよ?
「曾孫達に男を見る眼が無いために嫌な思いをさせてしまった。闇谷の長として償いをさせて頂きたい」
ディーオ・ラルクーンが深々と頭を下げた。
「・・はぁ・・もう、何でもいいよ」
俺は片手で目元を覆った。
少しやる気になっていたけど・・。元々やる気が無かったのだから、これで戦いの場に行かなくて良くなったし、それはそれで悪いことじゃないんだから・・。
ただ・・。
(ちょっと悲しかっただけさ)
俺はそっと泪を拭った。心の中で・・と続けたいが、もしかしたら、少しだけ水滴が外にこぼれていたかもしれない。
「まずは部屋に案内しよう」
ディーオ・ラルクーンが後ろに控えている美しい女性を振り返った。この部屋に入った時にディーオ・ラルクーンの孫娘だと紹介されていた。先ほどの3人の母親とは姉妹になるらしい。
「御爺様・・」
「ん?」
「ユノンを連れて参りたいのですが、よろしいでしょうか?」
「・・あの子を・・しかし、あれは・・」
「まだ幼いですが、魔法の才だけならば、あの3人にも劣りませんよ?」
「う・・む、それはそうだが・・」
「ユウキさん」
不意に呼びかけられて、俺は女の綺麗な顔を眺めた。
「・・はい?」
「ちょっと失礼するわ」
小さく呟くように言うなり、女が大きく踏み込んで来た。
フォッ・・
顔の横を拳が過ぎ去り、続いて回し蹴りが俺を襲う。
しかし、俺は、蹴り足の回転に合わせて円を描いて移動していた。蹴り足より早く・・水面を滑るように身を移している。神様によって合気道を極めた俺をなめてもらっては困る。
「お見事です」
間近に身を寄せられて次の動きが出来ないまま、女が唇を
「なんです?」
俺はむくれ気味に訊いた。この女が本気では無いのは分かっている。だから反撃しなかったのだ。
「私の娘を貰ってくれないかしら?」
女が素敵な笑顔で言った。
「・・ふぁ?」
変な声が漏れた。
「まだ、ちょっと幼いのだけど・・とても良い子なのよ?」
「えと・・なにを言ってますか?」
「私はあなたが気に入りました。娘のお婿さんに
にこりと笑顔で小首を傾げる。
「そこのお爺ちゃん?」
俺は、ディーオ・ラルクーンを見た。
しかし、どう見ても二十歳前後にしか見えない美青年は、少し遠い眼差しで彼方を見つめたまま、俺の方を見てくれない。
「ディーオお爺ちゃん?」
俺はしつこく呼びかけた。
「・・ああ、何かな?」
「貴方のお孫さんが、おかしいんですけど?」
俺は、頭のおかしい美人を指さした。
「あら、私は真面目に言っているわよ?」
「ディーオお爺ちゃん? どうすんの、これ?」
「うむ・・まあ、話を聴いてやってくれ。昔から言いだしたら、きかんのだ」
弱っ・・お爺さん、弱っ! 孫娘に弱すぎでしょう!
駄目なものは駄目だって叱らなくちゃっ! ちゃんと叱ってくれなくちゃっ!
「先にも言ったような事情でな、闇谷は男子の数が少ない。故に、一人の夫が、複数人の妻を持つことが許されている」
「・・だから?」
「つまりだ。婚姻による束縛を怖れているのなら、さほど気にしなくても良いと・・無論、曾孫への配慮はしてくれねば困るが・・」
「あのねぇ・・そういう事、親が勝手に決めちゃ駄目でしょ。ちゃんと本人の意思を・・」
溜め息混じりに言いかけた俺だったが、
「ん? ユウキ殿の世界では違うのか?」
ディーオ・ラルクーンが
「娘の結婚相手は、母親が決めるものなんじゃないの?」
孫娘だという美人が不思議そうに首を傾げる。
「へ?」
俺は、ぽかんと口を開いた。
これは大変な所に来てしまった。
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