第43話 パニック・パニック


 ディーオ・ラルクーンの曾孫ひまご達が並んでいた。


 すらりと伸びやかな肢体は曾爺ひいじいさんの血筋だからか。繊細に整った貌に、切れ長な双眸、深紅の瞳、1人は褐色の肌色をしているが、残る2人は森の民のような白い肌をしていた。髪は綺麗な銀色である。

 歳は二十歳より若く見えるということしか分からない。実年齢とか気にしたら負けだ。ただ、闇谷ダークエルフの女性は、森の民エルフと比べると2、3歳くらい大人びて見える容姿をしていた。


 それだけでも十分に美しいのだが、


(むむ・・)


 本郷さんに勝るとも劣らないバランスのとれたプロポーションと、強い意志を感じさせる瞳をしている。

 俺より15センチ近くも上に顔があるのが問題だ。


(レベル高いな・・)


 森の民エルフを見慣れた俺でも、軽く眼を見張ったほどだ。


「右からディジェーラ、サンアープ、クインルーだ。皆、戦人の儀を超えている」


 ディーオ・ラルクーンが3人を紹介した。


「こちらは、ユウキ殿。神樹の長老に紹介された戦士だ。近接戦では無類の強さを誇る・・と聴いている」


(えぇぇぇ・・無類とか、ハードル上げすぎでしょうっ!)


 内心で慌てふためく俺だったが、


「大御爺様、その方は我々には不要です」


 ぴしゃりと切り捨てられた。


「3人で補い合いながら戦う術を磨いて参りました。今になって別の方と戦えと言われましても、かえって危難を招く結果になりましょう」


「生きるも死ぬも、我ら3人・・どうか、我らをこのまま行かせて下さい」


 3人の美人が口々に、俺という存在は不要だと訴えていた。


 かなり泣けてくる状況である。


「・・頑固者共め」


 ディーオ・ラルクーンが嘆息した。

 叱るのかと思ったら、あっさりと諦める気配である。


 いや、ちょっと頑張って曾爺さん・・。


「良かろう。おまえ達は戦人いくさびとだ。戦人としての判断を尊重しよう」


 あっさりと折れた。


(えぇぇぇぇぇぇ・・・)


 俺は内心で仰け反った。なんという弱さ! 叱りつけるどころか、良い笑顔まで浮かべて頷いてる!


「では・・これで失礼しますわ」


「支度は終えております。すぐに出立いたしますので・・」


「大御爺様、どうか御達者で・・この里をお願いします」


 3人が代わる代わる挨拶をして、軽くディーオ・ラルクーンを抱きしめてから退出していった。


 俺は完全に空気である。

 女達の視界に入っていたかすら怪しい。


(・・へへっ)


 良いんだ。冷たい仕打ちは慣れっこさ。


「すまぬな、ユウキ殿・・」


 太々しい溜息をついたディーオ・ラルクーンが俺に向かって頭を下げた。


「で・・俺はどうなるの?」


 やさぐれちゃうよ? もう、結構きてるよ?


「曾孫達に男を見る眼が無いために嫌な思いをさせてしまった。闇谷の長として償いをさせて頂きたい」


 ディーオ・ラルクーンが深々と頭を下げた。


「・・はぁ・・もう、何でもいいよ」


 俺は片手で目元を覆った。


 少しやる気になっていたけど・・。元々やる気が無かったのだから、これで戦いの場に行かなくて良くなったし、それはそれで悪いことじゃないんだから・・。


 ただ・・。


(ちょっと悲しかっただけさ)


 俺はそっと泪を拭った。心の中で・・と続けたいが、もしかしたら、少しだけ水滴が外にこぼれていたかもしれない。



「まずは部屋に案内しよう」


 ディーオ・ラルクーンが後ろに控えている美しい女性を振り返った。この部屋に入った時にディーオ・ラルクーンの孫娘だと紹介されていた。先ほどの3人の母親とは姉妹になるらしい。


「御爺様・・」


「ん?」


「ユノンを連れて参りたいのですが、よろしいでしょうか?」


「・・あの子を・・しかし、あれは・・」


「まだ幼いですが、魔法の才だけならば、あの3人にも劣りませんよ?」


「う・・む、それはそうだが・・」


「ユウキさん」


 不意に呼びかけられて、俺は女の綺麗な顔を眺めた。


「・・はい?」


「ちょっと失礼するわ」


 小さく呟くように言うなり、女が大きく踏み込んで来た。



 フォッ・・



 顔の横を拳が過ぎ去り、続いて回し蹴りが俺を襲う。


 しかし、俺は、蹴り足の回転に合わせて円を描いて移動していた。蹴り足より早く・・水面を滑るように身を移している。神様によって合気道を極めた俺をなめてもらっては困る。


「お見事です」


 間近に身を寄せられて次の動きが出来ないまま、女が唇をほころばせた。


「なんです?」


 俺はむくれ気味に訊いた。この女が本気では無いのは分かっている。だから反撃しなかったのだ。


「私の娘を貰ってくれないかしら?」


 女が素敵な笑顔で言った。


「・・ふぁ?」


 変な声が漏れた。


「まだ、ちょっと幼いのだけど・・とても良い子なのよ?」


「えと・・なにを言ってますか?」


「私はあなたが気に入りました。娘のお婿さんに相応ふさわしいと思います。だから、娘を貰ってやってくださいな?」


 にこりと笑顔で小首を傾げる。


「そこのお爺ちゃん?」


 俺は、ディーオ・ラルクーンを見た。


 しかし、どう見ても二十歳前後にしか見えない美青年は、少し遠い眼差しで彼方を見つめたまま、俺の方を見てくれない。


「ディーオお爺ちゃん?」


 俺はしつこく呼びかけた。


「・・ああ、何かな?」


「貴方のお孫さんが、おかしいんですけど?」


 俺は、頭のおかしい美人を指さした。


「あら、私は真面目に言っているわよ?」


「ディーオお爺ちゃん? どうすんの、これ?」


「うむ・・まあ、話を聴いてやってくれ。昔から言いだしたら、きかんのだ」


 弱っ・・お爺さん、弱っ! 孫娘に弱すぎでしょう!

 駄目なものは駄目だって叱らなくちゃっ! ちゃんと叱ってくれなくちゃっ!


「先にも言ったような事情でな、闇谷は男子の数が少ない。故に、一人の夫が、複数人の妻を持つことが許されている」


「・・だから?」


「つまりだ。婚姻による束縛を怖れているのなら、さほど気にしなくても良いと・・無論、曾孫への配慮はしてくれねば困るが・・」


 闇谷ダークエルフの長の視線を向けられ、その孫娘が大きく頷いている。


「あのねぇ・・そういう事、親が勝手に決めちゃ駄目でしょ。ちゃんと本人の意思を・・」


 溜め息混じりに言いかけた俺だったが、


「ん? ユウキ殿の世界では違うのか?」


 ディーオ・ラルクーンがいぶかしげに訊いてきた。


「娘の結婚相手は、母親が決めるものなんじゃないの?」


 孫娘だという美人が不思議そうに首を傾げる。


「へ?」


 俺は、ぽかんと口を開いた。


 これは大変な所に来てしまった。


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