第42話 いざ、闇谷へ。


「・・はい?」


 俺は、闇谷ダークエルフの長老をまじまじと見た。


「我が曽孫ひまごだ」


 若々しい外見で、実は高齢者でした という流れには慣れている。森の民も、そうだったから。

 俺が驚いたのは、谷を代表する戦人いくさびとというのが3人しかいないという事だった。


「ええと? 3人で何をやるんです?」


 敵に囲まれて、ボコられて終わりじゃないか。


「情け無いが、谷の外に出せるほどの者は3人しかいない」


 剣にしろ、魔法にしろ、きちんと修練を積んで、独力で試練の儀を超えた者にしか、闇の戦人を名乗れない決まりなのだと言う。


「谷には、約900人が暮らしている。外界との争いで、多くの若い戦人を失い続け、男子は100人そこそこだ。それも、戦人となれない者ばかりだ」


「はぁ・・なんか、大変なんですねぇ」


 そんな谷の事よりも、俺の行く末が心配なんですが?

 戦いは数ですよ?

 少数精鋭とか、あたまうじの湧いたキ○ガイの妄言ですよ?

 戦人だかなんだか、そんな立派な奴じゃなくて良いから、5千人くらい連れて来いやっ!


 俺は、胸内で憤慨しつつ己の運命を呪った。


 加護がどうとか、魔法がどうとか、チヤホヤされて歓待ムードで招かれていったハーレムキング・・東達には筋骨隆々たる獣の皆様が大量についているというのに・・。いや、そればかりか、華奢で美麗な少年だか少女だか分からないエルフの皆様までが大量に味方していたのに・・。


 なんで、俺はトボトボと連行されるように歩いていますか?


 いや、闇谷ダークエルフの長だというディーオ・ラルクーンさんは良い人ですよ? 真っ直ぐな感じがして、物事を冷静に考えてから発言している姿勢は、とても好感が持てます。


(でもねぇ・・戦えって言うなら数を揃えて欲しいよねぇ)


 森の長老との会話は聴いていた。俺に前衛をやれという流れも理解している。人間と戦うこと自体は気持ちの折り合いをつけて受け入れた。


 近接戦は得意だし、他にこれといった強みは無い。


 "外敵" 対 "森の人達"・・という状況も問題無い。


 東達も言っていたが、この世界の"人間"に対して好感情を抱く要素はゼロだ。身分保証がどうとか言って、体よく森へわれただけである。恨みしか無い。


(俺で力になれるなら、何とかしたいってのは本当なんだけど・・)


 数は大切でしょ?

 3人とか? それで戦えって・・。

 相手はいっぱい来るんでしょ?


(いや、待てよ・・戦人というのが、実はとんでもなく強いんじゃ? なんて言ったっけ・・?)


 そうっ、一騎当千とか言う無双レベルの存在なのかもしれない。そういうことなら理解できるな。


「ここで、闇結界をくぐる。この帯の端を握ってくれ」


 言われるまま差し出された帯を握る。遭難除けのロープみたいだな・・などと思っていたら、すっと目の前から細身の長身が消えて行った。


(へっ?・・ちょ、ちょと?)


 慌てて帯を見ると、帯の向こう端が霞んで消えていた。


(ぉぉぉぉ・・・)


 感動に身を震わせつつ、そのまま歩いてみる。


(ふおぉぉぉぉ・・・)


 いきなり視界が一変して、どこかの湖のほとりに出ていた。太陽光が眩しく照りつける中、視線を巡らせると、湖の周囲はぐるりと岩壁に囲まれている事が分かった。


「山上湖だ。太古の昔は火山だったと伝えられている」


「・・ふうん」


 これは一見の価値ありだ。旅のガイドブックがあれば記載確定のコバルトブルーの美しい湖である。


「あの場では訊けなかったが・・」


 ディーオ・ラルクーンが足を止めて振り返った。その切れ長な双眸が、さっと俺の風体を見回したようだった。


「ユウキ殿は、加護をお持ちのようだ」


「うん? ああ、なんか女神様がくれたよ?」


「女神様・・もしや、月光の?」


「月光神ミスラーン」


 俺に素敵な細槍をくれた素敵な女神様である。


「なるほど・・この地の毒気を吸い、平然としておられるわけだ」


 ディーオ・ラルクーンが得心したような顔で頷いた。


「は?」


 ・・今、毒って聞こえたような?


「ここは毒によって隔絶された土地。この辺りは、薄い麻痺毒だが・・この先へ進むにつれて強力な毒となる」


「うん・・ちょっと話そうか?」


 俺は個人倉庫から愛用の細槍を取り出した。


「大丈夫だ。解毒薬は用意してある」


「いや、違うっ! そこじゃないよね? 解毒薬が必要になる前に、言っておこうよ? 毒があるよぉ~て伝えて? 死んじゃったらどうすんの?」


 それ、毒を飲ませてから、毒消しあるから大丈夫って言ってるのと同じだから! 倫理的に破綻してるから!


「神樹の長老が、大丈夫だと言っていた。ユウキ殿には毒が効かぬと」


「・・・ほほう?」


 さらなる新情報が追加された。


 これはもしや森の民のところでも、毒とか盛られてました? 飲み食いしていた料理や飲み物に、毒が入っていたんですか? ねぇ、神樹の長老さん? いい加減にしないと、ボク、人間不信になっちゃうよ? ブチキレると、まあまあ怖いよ?


「・・女神ミスラーンの加護を受けた者は、毒などの悪疫を受け付けなくなる」


「ほほう?」


 それは朗報だ。いや、このところ、毒虫に噛まれても腫れたり、眼や喉が灼けたりしなくなったなって思ってたんだ。


(加護か・・)


 そういう訳だったのか。本当に、女神様グッジョブです。神殿を見つけたら、みたらし団子をお供えしよう。


「あれが、闇の谷への入り口だ」


 ディーオ・ラルクーンが指さしたのは、湖の畔に建っている石碑だった。


(墓石みたいだな・・)


 人の背丈ほどの石碑だった。表面には俺には読めない文字が刻まれている。その文字を、ディーオ・ラルクーンが指でなぞっていた。


(・・他には何も無い)


 生き生きと茂った草花が山上湖の周囲を覆っている。神々しい感じすらする静謐な光景だった。


「行こう」


 声を掛けられて顔を向けると、闇谷の長の足下に真っ黒い円形の紋様が出現していた。


(魔法陣!?)


 心躍る光景である。


「この石碑でしか使えない転移紋だ。闇の谷へ通じている。ユウキ殿を利用者として記した。魔力を注げばいつでも使っ・・・・まあ、誰かに発動させて貰えば良いだろう」


 ディーオ・ラルクーンがそっと眼をらした。


 そう、魔力の無い者には使えないのだ。登録してもらっても・・。そういう理屈だ。


(ちくしょぉぉぉぉーーーーー)


 俺は頭を抱えて崩れ落ちた。


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