第41話 助っ人


 ガザンルード帝国は辺境伯を失い、センテイル王国は第二王女を失った。五日後に、それぞれ居城にて病死と公表されて追悼の式が執り行われた。

 その半月後に、辺境の樹海に、それぞれの国から捜索隊と称して1万人近い兵士が送り込まれていた。合わせて2万もの大軍である。


 これは異例中の異例であった。


 一般に小領主が平時から抱えている兵士は50人程度、騎士が5人前後、戦争となれば農民などに呼びかけて数百人を集める。

 領主は帝室や王室に対して自分が何人の兵士を連れて参陣できるかを毎年の宣誓の儀で約束してあるから、子供だろうと年寄りだろうと、とにかく人数が揃うまで掻き集める。こうした小領主の軍が集まり、大領主の指揮下に入る事で、軍隊としての形を成す。平時から大勢の軍兵を抱え続けているのは、よほどの大領主か、帝室、王室だけなのだ。


 多少の違いはあっても、ガザンルード帝国、センテイル王国も、そうした仕組みで軍を招集する。いきなり、何万もの兵士が揃うわけでは無いのだ。


 国王もしくは代理の王族が派兵を決定し、各領主へ通達し、小領主達は急な出費を嘆きながら領民に対して説明をして徴兵、募兵を行いつつ、戦費の補償を大領主に交渉し、不足した人数は傭兵で埋め合わせたり、まだ足りなければ退役した元騎士に声をかけて義勇軍と称して老若男女を掻き集めてもらい・・・見切り発車で行軍を開始した王の軍に途中途中で合流していく。万単位の派兵ともなれば、3ヶ月で半数、半年後にようやく揃うかどうか。


 辺境伯や王女が死亡したからと、10日足らずで1万もの軍兵が進軍して来るというのは有り得ない事だ。


 つまり、最初から進軍するつもりで、ガザンルード帝国もセンテイル王国も、数ヶ月の準備期間をかけて兵を集め、樹海周辺で訓練しながら突入の準備をしていたという事である。


 攻め込んだ先は、ただの樹海では無い。


 古来より、神々の荘園と呼ばれ、森人エルフ洞人ドワーフといった妖精種、眼や耳や尾などに獣の特徴を宿した獣人の他にも、多くの稀少種族が住み暮らす森として大陸中に知られている。


 樹海を越えた先には龍が棲むだの、樹海にそびえる山の頂には神々の国へ通じるきざはしがあるだの・・。旅人が彷徨さまよい歩いた果てに、金銀財宝が隠された洞窟に辿り着いただの、吟遊詩人が美しい妖精エルフと恋をして人の世には帰らなかっただの・・絵物語になったり、舞台劇になったりしていた。


 その樹海に、帝国、王国の軍隊が侵攻する。


 募兵の段階から平民のみならず、王侯貴族の中にも動揺する者が現れ、反対する声が多かった。それらを黙らせるために、教会の教皇から一筆取り付けたのが、亜人は人ならざる獣である・・という手記だったが、この手記の写しは町や村に掲示され、町役人によって口頭で喧伝された。


 これが後に起こる争乱のすべての始まりだったとされる。


 諸王国の中には妖精の血筋を誇る王家があり、貴族がいる。平民の中にも、獣人の特徴を宿した者などが普通に暮らしていた。


 そんな大陸で、もっとも多くの信者を集め、大きな影響力を持っているランドール教会教皇の書簡は、取り返しのつかない争乱の呼び水となってしまったのだ。




****



 大陸全土を呑み込む大争乱の開始を告げるように、樹海の中で激しい戦いが始まっていた。


 ガザンルード帝国の軍兵が先遣されて森へと進軍し、樹を伐り倒し、奥へ進むための陣地を構築している最中、身の丈が2メートルを超える猿人の群れが急襲したのだ。

 先遣隊は、農民などからなる軍では無く、辺境伯の直属だった騎士団である。

 主人を討たれた仇とばかりに、闘争心を燃やして進軍していたのだが、猿人の登場に出鼻をくじかれた。

 

 強いのだ。


 大きいだけの猿では無い。人のような知恵を働かせ、個々としての戦闘力が凄まじい上に、隊として組織だった動きにより、騎士団を狩りたてる。わずか50匹程の猿人に、千名の騎士団が防戦一方に追い込まれて後退を余儀なくさせられる。騎馬での速力や集団戦法が生かせない樹海の中での戦いは、騎士団にとっては辛いものになった。

 早々に馬上戦を放棄し、剣と楯を持っての徒歩による戦いに切り替えたが、地上だけでなく、樹上からも自在に襲ってくる猿人達に、防陣は易々と突破されてしまう。仮に、地上で包囲したとしても、1匹の猿人が絶命するまでに、騎士の5人や6人を道連れにするほどの暴れっぷりなのだ。


 まだまだ森に踏み入ったばかりの場所だというのに、辺境伯爵領の騎士団達は先陣で武名を上げるどころか、騎士団の存続も危ぶまれるほどの損害を出していた。


 個人の武勇を頼った戦法では勝ち目が無い。練度がどうの、剣技がどうの・・小手先の武術ではどうしようも無かった。


 猿人を圧倒する人数で押し込むしかない。

 そのための2万人なのだ。


 個々の兵団や騎士団を突出させず、集結を待っての一斉攻撃が一番効果的だろうという結論だ。


 その頃、樹海の北辺ではセンテイル王国の王女直属だった騎士団が弔い合戦を開始していた。

 広大な樹海の西辺でガザンルード帝国の騎士が壊滅寸前に追い込まれたという情報がもたらされる前の事だったから、辺境伯の騎士団に先んじて深部へ侵攻しようと競うような気持ちで一斉突入したのだった。

 そこで待っていたのは、身の丈が15メートルありそうな巨大な猿達だった。引き抜いた巨樹を棍棒代わりに、掃き掃除でもするかのように飛び散り、打ち潰され、大地の肥やしにされていった。


 北と西、それぞれに1万余の軍勢が到着したのは、それから1ヶ月後の事である。



「後続の軍が到着したようだ。斥候がうろついている」


 報告したのは、獅子のような頭をした大柄な男だった。


 獣人と聴けば、人と同じような顔をしていて頭に耳が付いているくらいに想像していたが、どちらかと言うと、獣が無理矢理2足歩行をしている感じで、当然、全身が獣毛に覆われており、男女は申し訳程度の布で局所を覆っている・・それが獣人だった。


(なんか、がっかりだぜ・・)


 俺は密かに落胆していた。もちろん、顔には出していない・・はずだ。


 なぜか、氏族会議というものに参加していた。


 もちろん、俺は端っこの方に座っている。隣には、怪しからんハーレムキングの東が座り、女子達は東の後方に控えるように座っていた。


 今、ワニっぽい感じの人が聴き取りづらい声で何やら提案し、豹っぽい人が意見を加え、鷹っぽい人が混ぜっ返し、犬っぽい人が黙れ黙れと声を張り上げている。


(これって、いつ終わるの?)


 俺は非常な不安を覚えていた。というより、動物劇場にうんざりしてきた。


 およそ、まとまりというものが欠落した船頭不在の会議は、陽の出前から始まり、とうとう正午を超えてしまった。



 ・・はふぅ・・



 そっと欠伸を噛み殺す。

 その微かな吐息で、鳥や獣の面々が一斉に俺の方へと顔を向けた。獣人は耳が良いらしい。


「なにか意見があるのか、異世界人?」


 虎顔の強面が不機嫌そうに声を掛けてくる。


「無いですぅ~」


 俺はにっこりと愛想良く返事をした。


「・・異世界人の意見を聴いてみようか」


 亀っぽい人が何やら言い出した。


 それもそうだと、何かの動物が賛同の声をあげる。


「何も御座いません」


 俺はきっぱりと断言した。


 途端、森の民エルフだという美麗な集団の中から、ちらほらと失笑が漏れ聞こえる。


 どうも、森の民エルフ達は俺に対して何やら敵愾心てきがいしんを持っているらしい。というか、ほぼ嫌悪の視線を向けてくる。


(俺がいったい何をした?)


 いや、確かに1人の女性に対して、良くない行為を行ったかもしれないが、あれは事故だし、ちゃんと謝ったのだ。罰も受けた。あの一件とは思えないのだけど・・。


「誤解無いよう申しておくが、我等が味方として参陣を申し出てくれたのは、隣のアズマという若者および学友だという娘達だ。いずれも魔法を使って戦えるため、獣人の苦手とする部分を補って貰えるだろう」


「・・なるほど、我等に不安があるとすば、人間共に魔法使いが参戦してきた時の対応だ。獣人は魔法を使えんからな。魔法を使える者の参加は素直に喜ばしいが・・」


「いずれも神々より加護を授かった者達だぞ?」


「なんとっ、全員が加護持ちか!」


 獣人達が騒めいた。


「して、そちらの異世界人は?」


「うむ・・稀なる事だが、このユウキ殿は魔力を持たぬ。故に、魔法は使えぬ身だ。ただ、体術の妙、生命力の強さは保証する」


「体術か・・それなら獣人にいくらでも強者がおる」


 一気に落胆ムードとなった。

 

 俺はそっぽを向いて黙っていた。軽く見られるのは悔しいが、あまり期待されて厳しい戦地に送られるのは勘弁願いたい。俺は穏やかな暮らしがしたいのだ。


「うむ・・獣人にとってはそうかも知れぬが、前をやれる人材というのは森の民にとっては貴重だ。私としては、森の民エルフの皆と戦って欲しいところなのだが、どうにも・・守護総長の娘御が臍を曲げてしまってな」


 森の民エルフの長老が溜息をついた。どうも、この長老さんが、やたらと高評価をして困る。空気を読めと言いたい。


「ふはは・・神樹の長老殿も、気苦労が絶えぬようだ」


 獅子顔の屈強な獣人が愉快そうに笑った。


「・・神樹の」


 それまで無言で座っていた美青年がいきなり挙手をした。灰褐色の肌に銀髪、真っ赤な瞳をしている。森の民エルフと雰囲気は似た切れ長な双眸をした容貌だが、すらりと背丈がある。


「闇谷の・・どうした?」


「その者が前をやれるというのは真実か?」


 ここまで聴いて、前というのは前衛の事らしいと、ようやく悟った。


「うむ」


「ならば、その者だけでも我らが谷に派遣してもらえぬか?」


「おう、お主が・・珍しいな」


「恥を晒すようだが・・我が闇谷の者達は久しく子に恵まれぬまま、戦人いくさびとを失い続けてきた。先日、ようやく2人の子に恵まれたが・・この度の戦いには間に合わぬ。先人の教えに背くことになるが・・のりを曲げて女子供を戦人いくさびとにせねばならぬ」


 闇谷の一族ダークエルフというのは、男子は魔法と剣の双方を扱える戦士に育つが、女子は魔法力に特化していて剣士としては実戦で使えるレベルにはなれないらしい。


「・・・ユウキ殿、如何かな?」


「へ?」


 俺を御指名ですか? 本郷さんも前衛やれますけど?


「ユウキ殿と申されるのか。我が名は、ディーオ・ラルクーン。闇の妖精ダークエルフを束ねる者。勝手な申し出であることは百も承知だが、是非とも我が谷に力をお貸し願いたい」


「・・ええと?」


 俺は、ちらりと本郷さんの方を見た。

 何をどう勘違いしたのか、本郷さんが真剣な眼差しで頷いた。


「結城、おまえなら出来るだろう」


 本当に、何を勘違いしているのか・・。


(まあ・・良いか)


 どうにも逃げようが無い感じだし・・。このまま森の民の所に居座っても、ちくちくと明に暗に尖った言葉を掛けられるだけだ。居心地は、とてもよろしくない。唯一の味方は神樹の長老様だが・・。


 ここは、新天地を求めるべきだろう。


「条件面の話をさせて下さい」


 俺は、闇妖精ダークエルフの長老に笑顔を振りまいた。


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