第39話 厄災は空から!


「話しが違います!」


 語気を強めて席を立ったのは、光の加減で水色にも見える綺麗な銀髪をした年若い娘だった。緑色に輝く瞳に怒りを宿して正面を睨み付ける。席の後ろには、青く染めた聖衣を身に纏った初老の神官と年若い神官。


 机を挟んで対面には、黄金色の髪をした大柄な美女が薄く笑みを浮かべて座っていた。上質な鎖帷子チェインメイルを着て、黄金色をした胸甲を付けている。背後には、護衛の騎士が2人。どちらも、眼元を覆う銀の仮面をつけていた。


「そちらの申し出は総て受け付け、吟味し、そして却下とした。それだけの事だ」


「つまり、辺境伯殿・・我らは引き続き、亜人を奴隷として狩り続けて良いという事ですかな?」


 褐色の肌に紋様のような刺青をいれた禿頭スキンヘッドの男が静かな口調で訊ねた。こちらは、護衛というより小姓のような子供が布袋を抱えて控えていた。


「その通りだ」


 豪奢な襟飾りのあるマントを羽織った初老の男が即答した。錆びたような肌に、白く幾多の古傷が走る。筋骨逞しい男だった。黒髪に、幾筋も白いものが混じっている。連れている護衛は、甲冑の上から外套を羽織った隻眼の大男1人である。


 広い室内の中央に置かれた円卓を4人が囲んで会談を行っていた。


「あ・・貴方達はっ・・我々、ランドール教会は断じて、このような暴挙を認めません!」


「ほう・・教皇デオラーダ9世からは、このような書簡を賜ったのだが?」


 黄金色の髪をした女が、後ろに控えていた仮面の騎士の1人に目顔で指示し、全員が見えるように筒状に巻かれた書簡を持たせた。

 もう1人の騎士が紐解ひもといて拡げる。


「・・下々の住まう下界に神域はあらず、ただ等しく下界の民なり。妖の血混じりしもの、すなわち妖物なり。獣の血混じりしもの、すなわち獣物なり。神の子に非ず。妖血を滅し、獣瘡を取り去りて、なお神の子の下僕たりうるか・・」


「ご自慢のお綺麗な声で読み上げてみるかい? 司教さん?」


 黄金色の髪をした女が小さく喉を鳴らしてわらった。


「猊下・・まさか、そんな・・」


 司教と呼ばれた年若い娘が、色が変わるほどに唇を噛みしめて俯いた。


「ガザンルード帝国、辺境伯ルギール・クーランダは、これまで通りに我が国境以東を狩り場とさせて貰う」


 初老の男が、親指の腹を短刀で傷つけるなり、準備の書簡に血判を押した。その書簡を、黄金色の髪をした女へと滑らせる。


「センテイル王国、第二王女サキューレ・ムーラウス・・・王国南部に接した森を狩り場にするよ」


 同じように血判を押した書簡を、禿頭の男へ向けて滑らせる。


「卑賤の身で、まさか御二方と同じ書簡に血判を押すことになるとはな」


 苦笑気味に笑いつつ、禿頭の男が指の腹を切って書状へ押しつけた。モーゼイ・タランド・・奴隷商達の元締めといって良い、奴隷売買のギルドを仕切っている男だった。


「さて・・立会人の御名前が空いておりますな?」


 禿頭の男が、ランドール教会の司教を見た。


 司教が怒りで身を震わせながら何かを叫びかける。その眼前へ、仮面の騎士が教皇デオラーダ9世の書簡を掲げた。


「・・猊下、どうして・・」


 年若い司教が身を震わせながら書簡を睨み付ける。その背へ、付き添っていた初老の神官が手を当てた。


「司教様・・デオラーダ猊下の思し召しであらせられます」


「しかし・・メンヒス!」


教皇デオラーダ猊下の思し召しです」


「で、でも、こんな・・」


「・・我が名をお使い下さい。メンヒス・ポーラの名であれば・・」


「司教様がいらっしゃるのに、下のもんが署名するのかい?」


「私は司祭だ。教皇猊下の御言葉に沿うものであれば、この場の司教様に代わり、血判文書を認める資格はある」


「へぇ、司教様はおられんのですかな?」


「ご気分が優れないのだ」


「そうですかい・・よろしいんで?」


「構わぬ。教皇から肉筆の書簡を得ておるのだからな。ご丁寧にも、聖紋印まで押された文書だ。このような話は幼子には難しかろう」


 クーランダ辺境伯が言うと、


「あはははは・・お子様扱いは手厳しいね。さすがに、オムツはとれてるだろうさ」


 サキューレ王女が噴き出すように笑ってから言った。


「・・署名いたしますぞ」


 真っ青な顔で俯いて動かない司教に代わって、初老の司祭が手早く署名を済ませ、親指の腹を歯で噛み切って血判を押した。


「良い日だ・・実に良い日ですな」


 禿頭の男が酒杯を軽く掲げて一気に飲み干した。



 その時だった。



 天井布をぶち破って、結城浩太と蜘蛛女の死骸が降ってきた。


 会談が行われていたのは、森の中、魔法で隠蔽された大きな天幕の中だ。奴隷商タランドが用意した天幕だった。念入りに魔獣除けの魔法が掛けられている。


(あっあれ・・・はっ・・破城角っ!)


 地面にぶつかる瞬間に使おうと思っていた破城角を、大慌てで使用した。

 ちょうど、天幕を突き破って円卓に頭からぶつかる寸前だ。


 遙かな高空から落下してきた勢いに、破城角が加わり、蜘蛛女の死骸もろとも円卓もその下に敷かれていた厚板も・・。



 ドゴォォォン・・・



 重たい衝撃音と共に、粉砕されて飛び散っていった。


 物だけじゃ無い。

 人も跳んだ。

 凄まじい衝撃波が爆ぜたのだ。


 飛び散った蜘蛛女の体液を浴びながら、クーランダ辺境伯が跳ね転がり、サキューレ王女がもんどり打って倒れ、奴隷商タランドが木片に顔面を直撃されて悲鳴をあげた。


(ぉ・・ぉぉぉ・・生きてるじゃん!)


 まさかの生存っ!


 死にませんでしたよ、俺っ!


 墜落からの破城角、ありですよぉっ!


 この時、俺は知らなかった。奴隷商が設営していた天幕が、超の付く高級品で、巨獣が体当たりしても破れない仕様だったことを・・。耐火、耐水、耐刃の優れもの・・・だったらしい。

 超高級天幕が相当な耐力で、落下した俺を優しく受け止めてくれていたのだ。


 天井に大穴が空き、敷布までズタズタに破け・・おまけに飛び散った蜘蛛女の体液には強烈な麻痺毒が混じっていて、下痢、発熱、痙攣、嘔吐・・フルコースの悪疫に冒されることになる。

 もう、この天幕は廃棄するしかない。


 そうした損害を与えた事には気がつかないまま、


(む・・?)


 俺は木片やら土やら布やらが混じって、盛り土となった惨状を見回した。


(・・どこ?)


 天幕は、落下と破城角の衝撃波で引き裂けて跡形も無い。


 周囲に見えているのは、同じく衝撃波で薙ぎ倒された大きな樹々・・。拓けた上方には太陽が燦然と輝いている。



(ま、まあ・・)



 事故ということで・・どうでしょうか?


 盛り土の中から、人の手らしいものが突き出ていたりしたが、俺はスルーした。ボク、映画でも、そういうシーンは苦手なんだ。


 世の中には取り返しのつかない事というのがある。それはつまり、取り返せないのだ。どうやっても、どうにもならないのだ。だから、ボクにはどうしようも無いんだ。



(おっと・・こんなところに?)


 ぽつんと落ちていた布袋が目に付いた。何が入っているのか、ズシリ・・と重い。


(まあ、預かっておくね?)


 いつか持ち主が現れたら返却すれば良いもんね。

 俺は、個人倉庫に収納した。



(おっと・・)


 結城浩太は、立派な剣を拾った。



(えっ・・)


 結城浩太は、木の樽を拾った。中身はワインのようだ。



(おおっ!?)


 結城浩太は、立派な剣を拾ったが、誰かの手首が付いていたので地面に戻した。




(ひょっ?)


 結城浩太は、突き出されたお尻を見つけた。


(いやぁ・・これって・・えぇ?)


 女の子の形良いお尻だった。この世界のパンツだろうか?ベージュ色の短パンみたいな物をはいたお尻が左右に揺れている。


 衝撃波の爆心地から50メートル近くも離れた場所だった。


 ちょっとした窪地くぼちみたいな所へ頭から突っ込み、腰の辺りまで埋まってしまったらしい。

 まだ生きているようで、何とか抜けだそうと足を突っ張り、体を振ったり、捩ったりして頑張っている。努力の甲斐あって、もうじき抜け出せそうだ。


(・・ちょっと、ごめんね)


 俺は、何枚にも引き裂けてめくれ上がったスカートっぽい布地をそっと引き下ろしてあげた。少しでも隠してあげた方が良いという気遣いだ。


 お尻が、ビクッ・・と硬直して動きを止めている。


(じゃあ、頑張ってね)


 近くに落ちていた血まみれのマントをお尻に掛けてあげてから、俺はそそくさと事故現場を後にした。見なかった事にしてあげるのも優しさだろう。お互いに、ちょっと気恥ずかしいしね?


 元気そうだし、後は自分で頑張って?


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