第38話 罪と罰と・・。


(ふっ・・朝日が眩しいぜ)


 俺は吊されていた。

 朝チュンどころか、チュンと無く小鳥も来ないような高い空の上だ。


 ちょっと滅多に見ないくらいの巨大な樹の上だった。新宿の高層ビルより高層だ。ビル何個分か判らないような太い幹と、太い横枝の数々、車を包めそうな大きな葉っぱ・・。そんな巨樹の横枝から吊されていた。


 スカイツリーの展望台からぶら下げられたような気分だ。


 絶景である。


 俺は、丸一昼夜、時折吹いてくる強風に揺られながら、後ろで手足を縛られた状態で耐えていた。


 もちろん、抜けだそうとすれば出来た。

 だけど、俺はそれは駄目だと思ったんだ。

 罰は受けなければいけない。いや、これは受けなければいけない罰だった。俺は罪人なのだから。


 手足の感覚はどこかへいって、もう何処が痛いのかも分からない状態だったが・・。


(すまんかった・・)


 もう会うことが無いだろう、白金髪の美少女に向かって土下座をしていた。心の中で・・。


 もう、あの技デビルクローは封印しよう。


 あれは女の子には使っちゃ駄目な技だ。


 いや、知らなかったんだ。あれが女の子だったって・・。美少女と見紛みまごうばかりの美少年・・ではなく、見た目のまんま美少女だったなんて・・。


(でも、そろそろ寂しいんで、降ろしてくださぁい)


 これ、重めの刑罰? でも死刑じゃないですよね?


 鳥が食べるまで放置とかじゃないですよね? ねっ?


(いや、落ち着け・・落ち着くんだ浩太っ!)


 あの場で斬られず、こうして吊されていることが、ゆるされた証拠じゃないか! 命までは奪わないという意思表示だろう? 狼狽うろたえるんじゃない・・まだ、慌てるような場面じゃない。


 眼を閉じて、大きく深呼吸をする。


 雑念を振り払うように力強く首を振って、


(よし・・なんとか耐えよう)


 気持ちも新たに、眼を開けて朝日の昇る空へと視線を向けた。



「ひょっ・・・!?」



 そこに、蜘蛛がいた。


 大きな蜘蛛が、お尻から糸を伸ばして逆さまになって降りてきていた。


 ただの蜘蛛じゃない。

 上半身が女の姿をした蜘蛛だった。

 腰から上が艶めかしい熟れた女の体をした蜘蛛だった。そう、蜘蛛なのだ。


 体長5メートルほどの大きな蜘蛛に、女の腰から上が生えた感じの・・。釣り鐘のような大きな乳房は剥き出しに晒されていた。女のような顔に、瞳の無い白一色の眼が5つ。普通の人の位置に2つ、眉の代わりに2つ、眉間に縦に1つ・・。口がやけに大きい。

 黒っぽい胴には、黄色い縞模様が鮮やかに入っている。


「えと・・こんにちは」


 挨拶をしてみた。ちょっと笑顔が硬かっただろうか。


(おっ?・・通じた?)


 蜘蛛女の人間のような形をした口が、わずかに動く気配があった。


 しかし、開かれた口から出たのは、言葉では無く、唾液の塊だった。


「ちょぉっ!?」


 俺は懸命に体を揺すって回避した。はかますそがちょっと染みたかもしれない。


 そう思った瞬間、



 シュアァァァーーーー・・・



 開けたての炭酸ジュースみたいな音がして、俺の袴から刺激臭の強い煙が立ちのぼった。



(・・雷轟)



 俺は迷わず雷兎の雷轟を発動した。


 もう罪はつぐなった!


 俺はゆるされた!


 脱出の時だっ!


「ぁ・・」


 雷撃で、俺を吊していた縄が焼き切れてしまったらしい。咄嗟の機転で、個人倉庫から細槍キスアリスを取り出して、蜘蛛女に突き立てる。あえて、女体を避けて、胴体を刺したのは俺の優しさだ。感謝していい。



 ギィアァァッ・・



 短い苦鳴をあげて、蜘蛛女がその身を仰け反らせた。

 勢いよく跳ね踊った見事な釣り鐘形の双丘に、


「ぉぅ・・」


 思わず眼を奪われてしまった。


 そして、そのまま落下を始めた。

 雷撃が蜘蛛の糸まで焼き切っていたらしい。

 そして、なぜだか、蜘蛛女が即死してしまった。雷轟では体を少し焼かれた程度で生きていたのに・・。


(・・これ?)


 細槍が突き刺しているのは、蜘蛛のお尻のような大きく膨らんだ所だ。


「ぁ・・わわっ」


 吊されていた時にも吹いていた風が、強くなったらしく。蜘蛛女の死骸にぶら下がるようにして落ちている俺の体が流されていく。


 このまま落ちれば死ぬ。それはもう、ぐちゃぐちゃになって色々と飛び散る。


(だがっ・・)


 俺には秘策があった。


 命のスペアはある。蘇生できるので絶望感は無い。怖いのは怖いが・・。どうせ一瞬なんで・・。


 これは何度か死んで分かったことだが、死んだ時の肉体の損壊度合いによって、復活までの時間が変動するのだ。割と形良く死ねば、復活は早く、粉々になると半日以上はかかってしまう。死んでいるところを、獣とか虫に食べられると、さらにかかる。


 石ではなく、土の上に落ちることが望ましい。


(クッションがあれば、なお・・)


 俺は細槍で確保している蜘蛛女の死骸へ眼を向けた。

 この蜘蛛女を下敷きにして落下すれば、俺のダメージは軽減されるだろうという計算だ。

 その上で、神様によって達人級にして頂いた合気の受け身を取る。


(・・無理?)


 いや、やってみなければ分からないだろう?


 何事も、当たって砕けろだっ!


(・・よい・・しょっ)


 空中を落下し続ける中、俺は細槍で串刺しにした蜘蛛女の死骸に取り付き、上へよじ登った。


 強風のおかげで、かなり斜めに流されてしまっている。いったい、どこへ向かって落ちているのか・・。巨樹の真下なら樹の枝葉に引っかかることも期待できたのに、これだけズレると・・。


(いや・・下に別の樹が見える!)

 

 俺が吊されていた巨樹ほどでは無いが、なかなか立派な樹がしっかりと枝を張って、青々と葉を茂らせていた。


(収納・・)


 落下の衝撃に備えて、細槍を個人倉庫へ収納した。


 蜘蛛女の死骸を楯に、背中に身を寄せて、その瞬間に備える。



 ヒィィィィーーーーー・・



 落下速度が増して怖いくらいの甲高い風切り音が聞こえ続けていたが・・。


(・・やってみせる)


 地面に蜘蛛女が触れるか触れないか、その一瞬を捉えて破城角を打つつもりでいた。俺の計算では、ぶつかる対象を砕くことで、より被害が少なくて済む・・・はずだ。


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