第37話 禁忌の荒技


 場所は、とても思い出深い出来事のあった滝壺の近くだった。上条、槙野、黒川と出会った思い出の場所だ。


「ここだ」


 そう言って振り返ったのは、見目麗しい金髪緑眼の美少年だった。長い金髪や細面を水飛沫が濡らし、陽の光が反射してキラキラと輝いている。心なしか、二条松高校の皆様の瞳も、キラキラと・・。


「・・ここ?」


 俺は滝を眺めた。


 滝だろ?


 ちょっと高いところから流れ落ちてくる滝だよな?


「上を見てくれ」


 美麗な少年に言われて見上げる。


「ふむ・・?」


「流水の果てが見えるか?」


「水飛沫でよく見えないな」


 俺はもう一度、滝を見上げてみた。飛沫が邪魔なので、少し離れてから改めて滝を見上げる。


「煙っているだけで、よく見えないけど・・俺は、この滝を上から見下ろした事があるよ?」


「・・上から?」


 麗しの3人組の1人が、軽く目を見張って俺を見つめた。やや色の薄い白金髪をした少年だ。


「大きな鳥にさらわれて、山の上に連れて行かれて、色々あって、その滝壺に落ちて・・で、今ココ」


 俺の大雑把な説明に、麗しの3人組と二条松高校の皆さんが、何とも言えない表情で互いに視線を交わし合った。


「まさかとは思ったが・・結城だったのか」


 東の呟きが聴こえた。


(ぇ・・? なに、この空気?)


 この微妙に居心地が悪いような、遠回しにとがめられているような・・。


「それが事実だとすれば・・我等の任務は終了した事になる」


 麗しの3人組の1人が俺の前に立った。


 と、思った瞬間、美麗な少年が拳を突き出して来た。


 完全に無防備な俺の腹を狙った一撃だった。いきなりの事で対応が遅れる。咄嗟にお腹を庇った左腕でまともに受ける形になった。


 俺にも油断があったが、


「シッ・・」


 鋭く呼気を吐いた美少年の蹴り脚が、俺の膝を狙って放たれた。


 拳での突きから、足下への蹴り・・。

 滑らかで無駄の無い動きだ。


(・・避けられない)


 そう判断して、軽く片足をあげて打撃を流すつもりで受けた。

 

 どの程度の威力なのか・・。


 打撃音は、パシッ・・でも、ビシッ・・でも無く、ドシッ・・だった。



(・・っだぁぁっ!)



 ひたすら痛い。そして重い。



(あぉぉぉ・・)



 苦痛に顔をしかめつつ、なんとか悲鳴だけはあげずに胸の前で腕を交差させた。そこに、美少年の拳が突き当たった。


 顎を狙ったのだろう一撃だ。


 俺は真後ろへ向けて地を蹴り2メートル近くも跳び退すさっていた。


 だが、美少年が逃がしてくれない。

 

 見え見えの拳撃と思わせて、逆の手が別の角度から拳を放ち、死角から蹴り脚が跳ね上がって俺の後頭部を襲ってくる。



(でぇっ・・わじゃっ・・・ぐふぅ・・)



 俺は、懸命に苦鳴を噛み殺し、手やら足やららしながら防戦に徹した。押され気味だが、まだ胴や頭部、顔面には触れさせていない。


 防御しながら、美少年の流麗な動きをじっと見つめ続け、足の運びを観察し、呼吸を聴く・・。


(・・途切れる)


 美少年の呼吸がそろそろ苦しい。連続して拳撃や蹴りを繰り出し続けていたので、呼吸を絞りきった感じだ。


(よしっ・・)


 わずかに動きが止まり掛けた瞬間を狙って、俺は前に出た。手足は酷く痛むが、まだまだ動ける。


 呼吸が苦しくなり、美少年が一息ついて次の攻撃を始める。その間を狙って踏み込んだつもりだったのだが、


(・・げっ!?)


 騙された。

 それは、俺が呼吸を計っているのを知った上で美少年がわざと見せた隙だった。


 俺が前へ踏み込むのに合わせて、美少年も大きく踏み込むなり右手の肘を振り抜いてきた。


 戦い慣れした見事な駆け引き・・。


(だけども・・)


 俺は、読み切れない予想外の動きに晒される事には慣れています。表情が分からない虫ばっかり相手にしてましたからね。痛いのも、痒いのも、熱いのも、臭いのも・・何でも御座ござれです。


 咄嗟の動きで、踏み込んだ足をさらに前へ滑らせて身を低くし、鋭く振られた肘打ちをかいくぐる。


 美少年の方も肘を避けられたと感じた直後に、返しで蹴りを放って来た。


 ただし、先ほどまでの俺の脚を狙った蹴り下ろしでは無く、身を低くした俺の顔を狙った下から上へと蹴り上げる動きだ。


(甘いっ!)


 今度は、俺が先を取った。意表を突かれたのは相手の方だ。


 7分丈の細身のズボンをはいた美少年の蹴り脚が、肩口を掠めて過ぎる。その脚はすぐに角度を変えて、上から振り下ろされるのだろう。


(だけど・・・ねっ!)


 しゃがむように滑り込んで蹴りを回避していた俺が、伸び上がるようにして掌を美少年の股間に叩き込むなり、間髪を入れず、打ち込んだ掌をそのまま握り締める。


 一部男子生徒(港上山高校)から、悪魔の爪デビルクローと呼ばれた俺の握力を思い知るが良いっ! その女の子みたいな綺麗な顔を歪めて悶絶するが良いぜっ!


 男子引退しろやぁーーっ!



「・・って、あ・・あれっ?」



 万全の体勢、そしてタイミングで入った悪魔のクローが・・。


 まさかの空振り・・。


 というか、空滑り・・・。


 あれ、ちょっと親指が溝に、はぃっ・・・・。



「えぇぇ・・・?」


 声をあげる俺の顔めがけて、右から左へ、平手打ちが見舞った。


 それはもう、実に見事なビンタだった。



 パアァァァァァーーーーーン・・・



 気持ち良いくらいのヒット音を残して、くるくると踊るように回転し、俺は右手を天に突き上げたままの格好で川面へ落下していった。


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