第36話 森の人


「結城、戻ったか」


 いつものように遠征して巨大な虫を相手に奮戦して来た俺を、東達が待ち構えていた。

 洞窟アジトの広間である。

 何かに襲撃された感じはしないが、みんなの表情が妙だ。


「何かあった?」


 訊きながら、椅子に座った。


「ちょっと判断に迷ってな」


「おまえが?」


 俺は驚きで眼を剥いた。この東が判断しかねると事態とはいったい・・?


「町の人間と会った」


「町から? よくここまで来れたな」


 町から見れば、この岩山一帯はかなりの奥地である。先日の猿人じゃ無いが、物騒な魔獣も多い。よほど腕の立つ人間か、そういう護衛を雇ったのか。


「川に沿って狩りをしながら下っている途中で遭遇した。まあ、向こうは捜しているようだったが・・」


 なるほど、川を下った辺りなら、少し山を歩ける人間なら来ることが出来るだろう。


「ふうん」


「結城が言う年季・・3年という期限を前倒しにしても良いと言ってきた」


 東が俺の顔を見た。


「胡散臭いな」


 流人として3年経たないと、身元保証を得られない。それが、俺の言う年季というやつだ。その3年を縮める話を持って来たらしい。


「俺は、奴隷商か、奴隷狩りの連中から、何か情報を得たのだと思う」


 東が言った。


「他に接点無いもんな」


「俺達を町に招いて罠にかける可能性がある。この場合は、奴隷商の意向が働いている。町ぐるみで、奴隷狩りをやっている事になる」


「うん」


 まあ、少なくとも黙認はしているだろう。


「全く町に近寄らないから、生死の確認を取ろうとしたとも考えられる。可能性は低いだろうが・・」


「素材を何も持ち込まないから不審に思ったのかもね」


 せっせと狩って、纏まった量になったら、俺が換金しているのだ。町へ持ち込む必要は無い。


「町の人間が、俺達を迎え入れたい理由は何だと思う? 奴隷以外で」


「う~ん・・狩猟者不足とか?」


 言っている俺が信じて無い。ため息をつきながら、黙って座っている女子達へ視線を巡らせた。


「まあ・・俺達・・というか、女の子達を捕まえたいんだろうね」


 俺が権力者なら、こんな美形集団を森に放置とか絶対にやらない。あれだけの傭兵を奴隷狩りに雇った挙げ句にほぼ全員が死亡して、競りに来ていた奴隷商も死んだ。ただ、諦めていない可能性はあるだろう。


「俺達は奴隷紋を刻まれて奴隷になる事はない。奴隷商が試して失敗していた」


 神々に招かれた流人を隷属する事は出来ないのだ。だから、魔法を封じる道具を使い、力尽くで拘束をした。あの時はみんな魔法頼みで、剣を使って戦える状態じゃ無かったから。というか、普通の高校生には無理だから・・。


「結城から見て、俺達はどうだろう?」


「喧嘩の強さ?」


「仮に魔法が使え無くなった状態でも、この前の猿人なら相手に出来るくらいにはなったつもりだ。毒に対する耐性上げも継続している。毒消しを飲む間くらいは耐えられるようになった」


 みんな怖くなるくらいの努力家です。目標を定め、計画立てて訓練をし、実地に試して・・。頭が下がります。


「同数でやれば、奴隷商が連れていた危なそうな奴らにも勝てるかな」


 オデコに眼がある爺さんが相手だと、どうだか分からないけど・・。


「結城が言っていた、黒い衣服の連中か」


「うん」


「そういう連中は、数が少ないというイメージだが・・」


 うん、あんなのがいっぱい居たら困ります。


「仮に町へ行ったとして、いきなり兵士に包囲されたら、突破して森へ戻るくらいの力はあるだろうか?」


「それはあるでしょ。矢傷とか負うかもしれないけど・・もう、奴隷狩りに来ていた連中くらいじゃ東達の相手にならないよ。あの猿との一戦が大きかったと思う」


「結城がそう言ってくれると安心する。未だに、あの時の巨大な猿にソロで勝てる気はしないが・・」


 東が苦笑した。


「ああいうのは、場所なんかも重要だからね」


「確かに・・」


「年季の話が嘘か本当かは分からないけど・・・本当に町で買い物が出来るようになるんなら、新しい服とか、欲しい道具があるから悪くないな」


 俺は明るい未来を想像してみた。


 そんな俺をじっと見て、


「結城、他の町があると思うか?」


 東が訊いた。


「えっ?そりゃぁ、あるでしょ?」


 町が1つだけというのは有り得ない。あちこちに、人は住んでいるだろう。


「そもそも・・魔物が数多くいる森の中に町を作ったのは何故だ?」


「ふうむ・・」


 そう言われてみれば、魔物だらけの森に、どうして町なんか作ったんだろう? 周囲を開墾している訳では無いし、高い石壁を築いて引き籠もっている感じだ。町は閑散としていて人の数が少なかったのを覚えている。


「人を雇うにはお金がかかる。傭兵となると、かなりの額だろう?」


「まあ、そうなのかな?」


「俺達を捕まえたとして、それに見合う額になるのか?」


「・・ふうむ」


「俺達を含めた、もっと大規模な奴隷狩りをやろうとしていたんじゃないか? そのための基地として作られた町だとすれば納得できる」


 東が何か確信のある口調で言って、覗き込むようにして俺の眼を見た。


「俺達の他にも人がいるとしたら・・どうだ?」


「人が? この森に?」


 それらしい痕跡を見たことは無かったが・・。


「捕まった時に奴隷商の女が話しているのを聞いた。手練れを連れて来ている、今度は1人、2人では帰らない。結界をこじ開けて押し入ってやる・・・そう言っていた」


「・・マジで?」


「ああ、間違いなく、そう言った。俺達は、その結界を開けるための道具だと・・」


「なんか・・凄いね」


 どうして、そんな大事そうな事を黙っていましたか? 女子はみんな知ってるんですか? もしかして、俺だけ仲間ハズレですか? ハブられましたか?


「川沿いをうろついていた町の人間は、俺達目当てじゃ無く、別の何かを探していたんだと思う」


「何かって・・その結界ってやつ?」


 いきなり結界とか言われても良く分かりません。見えない壁? 魔法の壁? 結界って何なの?


「大石を見かけた時の表情は喜びより落胆が強かったらしい」


「・・なんて贅沢な」


 そのままヨーロッパの有名ブランドの看板でランウェイを歩けそうな高身長モデル体型、男子10人中9人は振り返るだろうお綺麗な顔をなさっている大石さんを見て、落胆とかあり得ないだろう! 腹を切れっ、介錯してやろう!


「俺は、あの町は奴隷狩りの町だと思う」


 東が言う。なかなか、大胆な考察だ。根拠が全く見えない。


「う~ん、でも・・それなら、どうして最初に捕まえなかったんだろ?」


 身元保証がどうこう、3年がどうこう・・と妙な理屈は必要無かったことになる。流民局に来た時に全員を捕まえてしまえば良い。それをしなかったのは何故だろう?


「そこは今は分からない。必ず何か理由があると思うが・・」


「すると東は・・俺達以外の・・人が・・森に住んでいて、その結界というので隠されてると?」


 あちこち歩き回っているが、そんな痕跡を目にした覚えは無い。ただ、岩山を登れば嘘みたいに巨大な龍が棲んでいる森だから、俺達みたいに隠れて暮らす人達が居ても不思議では無い気がするけど・・。


(もっと奥の方なのかな?)


 巨大な岩山を迂回した先は、今のマイブームである巨大な虫達が無限に湧いて出る湿地帯、その先には毒沼だらけの空気が悪い渓谷がある。一度、毒霧の渓谷を抜けようと頑張ったら、真っ赤に灼けた枯れ果てた荒野が広がっていただけだった。


 あの荒野の先に、人が住めるような場所があるのだろうか?


「奴隷商は、前に1人か、2人を捕まえたって言ってたんだっけ?」


 東を玩具にしていた奴隷商の女が言った通りなら、少人数を捕まえ、しかも味をしめるくらいの実入りがあったという事だ。

 若くて綺麗な女の子を見て落胆するほどの・・。


(大石さんより高額だということかっ!? そんな馬鹿な事が?)


 内心で憤慨したところで、


「・・で、結界って、どんなの?」


 俺、そういうの見たこと無いんだけど? 世間では常識だったりするの?


「結城は、信じるのか? 結界で隠れている人々を」


「いや、だから結界って何?」


「そこにあるのに、そこには無いようにする魔法・・といったものだ」


「全然、分からん」


「・・そうだな、俺も分からん」


 東が苦笑した。


「そういうのがあるなら、見てみたいなぁ。それも魔法なんでしょ?」


 頭の後ろで手を組みながら天井を見上げた。


「精霊術だ。魔法というくくりでは大雑把に過ぎる。異界人よ」


「・・・へ?」


 俺は声の主を振り返った。


 長い金髪をした、すらりと細身の少年が立っていた。いや、少女かも知れない。

 目鼻立ちの繊細な美しい顔立ちは女の子のように見える。ただ、先ほどの声は、落ち着いた感じの少年のものだったような・・。


 金髪の美少女だか、美少年だか分からない人が出て来ましたよ? あり得ない美形が、3人も並んで出て来ましたよ? 歳は同じか、ちょい下くらい? 華奢な身体つきで、男だか女だか分からない・・を言うと自虐になるか。


「ええと・・?」


 俺は、東を見た。それから、本郷、槙野、黒川、大石、上条・・・居並ぶ全員の顔を見回す。


(ヤバい・・なんか芸術的に劣勢かも)


 顔立ちの造形美という点で、二条松高校の美人軍団が劣勢に立たされている。まあ、女性的な柔らかさ・・という視点を加えると逆転するけども。


「・・信じられん」


 俺は、呆然と呟いた。


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