第35話 猿はどうなった?


 異世界からの流人の体は、動かずにいれば怪我も病気も時間で回復する。

 そうで無ければ、こんな無茶はできない。


(・・まだ戦ってるなぁ)


 なんとか、体を起こせるようになった俺は聞こえてくる物音に耳を澄ませていた。


 寝かされていたのは洞窟の客間だ。

 まだ猿人が乗り込んで来ていないのだから、東達が粘り強く戦ってくれているのだろう。


(本郷さん・・頑張ってるな)


 洞窟入口までは侵入を許しているらしく、楯役の本郷を中心に、後衛が魔法や弓矢で攻撃をしている。その攻撃役も回復のために、交替で休みをとっていた。


(なんとか・・動けるな)


 手足の具合を確かめつつ、俺は細槍を手に客間を出た。


 まだ模写技は使用できないけど・・。

 好感度アップのためにも、ちょっと痩せ我慢して頑張るしか無いだろう。


(頑張れ、男の子ってね・・)


 大きく深呼吸をしつつ、俺は戦闘音がする洞窟内を歩いた。


(あっ・・)


 眼に飛び込んできた光景を見るなり、俺は地を蹴って走っていた。



 ・・雷兎の俊足・・



 風音を残して戦闘のただ中へと飛び込む。


 流れ去る視界の中で見えているのは、姿勢を崩して片膝を着いた本郷と、抱きつくようにして豪腕の爪を振るう猿人の姿だ。


 本郷の襟首を掴むなり、入れ替わるように前に出て、


(破城角っ!)


 俺は凶悪な頭突きをカウンターで叩き込んだ。


 ほぼ原形を失った猿人が、洞窟入口から入ってくる後続に向かって吹っ飛んだ。


「結城っ!」


 東が安堵の声をあげる。


「本郷さん、東達も体を休めて回復してくれ!」


 細槍を構えたまま背後へ声を掛ける。


「大丈夫なのか? 傷は?」


「まあ、大丈夫」


 どうやら、俺の事を警戒してくれているらしい。猿人達が慎重に身構えていた。


 なかなか強そうだけど・・。


 バネがありそうな筋肉質の長身を屈めて身構えたまま、猿人が底光りする眼でこちらを観察している。

 こんな危なそうな猿人が、いったいどこから湧いて出たのか。


 細槍を構えたまま、じっと動きを止めて猿人の眼を見つめる。破城角で派手な威力を見せつけておいたのが良かった。


 ゴリ押しで来られたら、今の俺では支えきれない。


(だって、体中が痛いんだもの・・)


 俺は出来るだけ静かに、猿人を見つめて動かずにいる。本当は座り込んで泣きたい。


 俺は、じわりと前へ足を進めた。


 接近あるのみだ。

 俺に魔法は無いのだ。手足が届かないと、どうしようもない。いや、足が短いという意味じゃ無い。身長のわりに長い方なんだ。本当ですよ?


(あん・・?)


 なんのつもりか、俺が前に出ただけ、猿人達が後ろへ退いて行く。威嚇するように鼻面に皺を寄せ牙を剥いて見せるくせに・・。


 睨み合ったまま、時間だけが過ぎていく。


 すでに、後方では、魔力の回復した女子達が呪文の詠唱を始めていた。


「結城、槙野、黒川が魔法を放つぞ」


 東の声に、


「お願い、プリーズ、早くして・・」


 俺はすがるような思いで返事をしつつ、しゃがんで頭を下げた。


 直後、風刃の魔法、火球の魔法が頭上を越えて、立ち尽くしている猿人達に直撃していった。



「次、市川、田村、相川」


 東の声に、3人が呪文を唱え始める。


「せいっ!」


 火だるまになりながら突進してきた猿人を細槍で貫き、同時に突進してくる別の猿人を蹴脚で仰け反らせ、破城角を叩き込む。


 すぐさま、しゃがんで頭上を空ける。


 今度は、火球が3つ頭の上を通過して入口近くの猿人達へと降り注いだ。


 俺は、猿人の混乱に乗じて前に出た。


 ぎょっと眼を剥いた猿人の喉を細槍で貫き徹し、横の猿人の脇腹を貫いてから下がる。火球を浴びて混乱しているおかげで、ほぼ無防備に細槍を浴びせることが出来た。



(左の部屋に3匹・・)


 俺の耳が、低く唸る声が聞こえている。

 正面の入口は、残り2匹だ。


 下の森に何匹いるのか知らないが・・。


「本郷さん、正面お願い」


「分かった!」


 入口の2匹に向かって本郷が対峙する。

 その間に、俺は左の部屋に張り込んでいる3匹に備えて、戸口に立った。


(誰の部屋だっけな・・)


 まあ、この際だから許して貰おう。


(・・破城角っ!)


 壁越しに、身を潜める3匹に向かって頭突きを打ち込んだ。重い震動と共に、岩壁が打ちぬかれて、裏側にいた猿人達が苦鳴をあげて吹っ飛ぶ。



 ・・雷兎の蹴脚



 岩塊の中で呻く猿人の頭めがけて、サッカーボールを蹴るようにして思いっきり脚を振り抜いた。


 さらに、隣で俯せに倒れている猿人の喉頸を細槍で串刺しにする。


 残る1匹は、咆吼をあげて掴みかかって来た。


 入り身からの、投げ落とし・・。


 猿人が天地を逆さに頭から叩きつけられて鈍い音を立てる。その頭を、またもや俺の蹴脚が吹っ飛ばした。


 死骸から細槍を引き抜きながら部屋を出ると、ちょうど本郷の剣が猿人を斬り伏せたところだった。その猿人も後首を細槍で刺して止めをさしておく。もう1匹の方は、焼死寸前で呻いているところを本郷が頭を斬り割った。


(む・・)


 洞窟の入口まで行って外を見ると、巨大な怪猿はすでに絶命していた。その周りに、猿人が7匹、すがるようにして集まっている。


「行こう」


 俺は本郷を誘って外へ跳び出した。

 本郷が剣を手に続く。


 戦意を喪失した7匹の猿人達が、甲高い威嚇の声をあげた。


 ここからは、一方的な戦いだ。


 戦意を挫かれて右往左往する猿人達に、雷兎の俊足で追いつくなり、細槍が・・蹴脚が猿人を次々に仕留めていく。

 本郷の方も剣を手に縦横に走って猿人を斬り伏せていた。


「本郷さん・・」


「新手?」


 俺の呼び声に、斬り伏せた猿人に止めを刺していた本郷が顔をあげた。


「猿・・小さい奴がいっぱい来てる」


 俺の耳は周囲の物音を拾いながら、これまでに聴いたことのある音と照らし合わせている。今、こちらに向かって来ているのは、俺と同じくらいの・・小柄な猿人だ。力圧しが出来るほどの強さは無い。洞窟を使って、交替しながら防戦すれば問題無く対処できる。


「退こう」


 呼びかけた本郷に、


「洞窟に入ったら、先に休ませて」


 俺は拝むようにして手を合わせた。もう疲労困憊、ヘロヘロなんです・・。男子の見栄みえは使い果たしました。


「任せて!」


 本郷が笑顔で頷いた。


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