第34話 猿が来た!
戦闘を開始してから、30分近くかかって、ようやく怪猿の息の根を止めることが出来た。
最後の最後に、凄まじい絶叫を放ってから、遮二無二手足を暴れさせ、そのまま痙攣しつつ動かなくなった。
「・・やったのか?」
本郷が汗の浮いた顔を向ける。
怪猿の攻撃を一回でもまともに受けると死に繋がるという恐怖に苛まれ続けた、その緊張が解けて、一気に汗が噴きだしてきたようだ。
「しっ・・」
俺は本郷に向かって、唇に人差し指を当てて見せた。
一瞬訝しげな顔をした本郷だったが、すぐに他の女子達にゼスチャーで黙るように伝える。
歓声をあげていた女の子達が慌てて口を噤み、きょろきょろと周囲へ視線を向ける。
「何か居るのか?」
東が、傍らの上条に訊いた。
「探知魔法の範囲には何も・・でも」
「結城だからな。何か聞こえているのかもしれない」
「きっと何か・・」
上条が頷いた。
「これ・・やばい。本郷さん!」
「敵?」
「全員撤収させて、岩山の洞窟へ!」
「・・分かった!」
頷くなり、本郷が身を翻して、東達の方へと走り出した。
(やべぇよ・・)
本日分を使い切った一角尖と毒蜂尖を、バケモノ蟻から模写したサシハリとサスライに変更した。これで、今日は模写技の入れ替えは出来ない。
(まさかの、お代わりかぁ・・)
俺の耳には、別のお猿さんの足音が聞こえてきた。
まだ遠い。
しかし、こちらに向かっていた。
(1匹だけ・・いや、小さいのが、いっぱい来てるなぁ)
さっきと同じくらいの大きい奴に、小さいのがぞろぞろ随伴して迫って来ていた。
(はい、退散、退散・・)
俺は大急ぎで、先を行く東達を追いかけた。
「結城君、何が来てるの?」
上条と東、さらに本郷が最後尾を走りながら待っていた。
俺は耳で拾った情報をそのまま伝えた。
「大きい奴は1匹だけなんだな?」
東が訊いてくる。
「うん。小さいのは・・どうだろう、たぶん、100や200じゃないと思う」
「そんなに!?」
上条が声をあげた。
「洞窟に籠もろう、東」
本郷が言うと、東も頷いた。
「守るには、あそこしかない。ただ、入口から何かを入れられると、逃げ場が無い」
「土魔法の壁で塞げないかな?」
「魔法で生み出した土壁は時間が経つと消えるから、あまり長い時間は保たない」
「そうなのか」
魔法も万能では無いということか。
「結城の技で何か無いか?」
「う~ん・・小さいのが何匹いるのかによるなぁ。威力のある技は使っちゃったから・・あ、大猿の足を砕いたやつね。あれは、しばらく使えない。それでも、大猿はやれると思うけど・・他を気にする余裕無いかも」
「・・よし、魔法と弓で小型の魔獣を狙って排除しよう。大猿はひとまず結城に任せる」
「それで良いよ。ただ、最初にもう一発、派手なのやるから、ぎりぎりまで寄せるからね。攻撃開始はその後でね」
「分かった」
「1人で大丈夫なのか?」
本郷が訊いてくる。
「たぶん、斃しきれない。それでも、かなり弱らせるから・・疲れたところで、何とか助け出して」
「・・分かった」
本郷が硬い表情で頷いた。
岩山が見えてきた。身軽く岩肌に指先、足先を掛けて素早く登り、女の子達が次々に洞窟へと入って行く。
上条、東、本郷・・と続いて、俺だけは残った。
「猿人・・?」
巨大な怪猿をそのまま縮小したような・・しかし、2メートルは背丈があるだろう猿人が手足を使って猛然と押し寄せていた。
その後ろから、15メートル級の怪猿が歩いてくる。
(へぇ・・親分を待つのか?)
一気に襲って来るかと思ったら、5メートルほどの場所で止まり、俺を中心にぐるりと周囲を取り囲むと、2足で立ち上がった。
武器は、長く太い腕、その指先にある20センチ近い長い鉤爪と、前に競り出た口に並んだ鋭い牙だろう。
見える範囲で、ざっと80匹。
まだまだ後続が押し寄せて来る。
巨大な怪猿が俺から50メートルの距離へ踏み込んだ。
「雷轟っ!」
とっておきのカードをここで切る!
ガガアァァァァアァーーーーン・・・
耳をつんざく轟音が鳴り響いた。
俺を中心にして、眩い雷光が放たれ、渦を巻いて辺り一帯を雷光で埋め尽くしていった。
(よしっ・・効いた!)
万一、雷撃が効かなかったら絶望していたところだ。
大柄な猿人達が苦悶の形相で硬直し、白煙をあげて跳ね転がっていった。
巨大な怪猿にも多少は効いたらしく、慌てたように跳び離れていた。
(・・ここだ!)
後続の猿人が竦んだように動きを止めた。俺を囲んだ奴等は地面に転がった。
巨大な怪猿と俺の間に、ぽっかりと空き地が生まれた形だ。
俺は走った。
怪猿が警戒して遠間から攻撃してくるようになると厄介だ。ここで、模写技を打ち込む! その後は逃げる!
するすると距離を詰めるなり、踏みつぶそうとする足の指に細槍を突き込みつつ、もう片方の足めがけて突進した。
(・・サシハリ!)
バケモノ蟻から模写した悶絶必至の必殺技だ。
突進した勢いそのまま、赤黒く禍々しい色を宿した穂先を怪猿の踝辺りへ深々と突き刺した。
直後に響き渡ったのは、この世の総てを呪い恨むような、耐えがたい怒りと悲しみに満ちた絶叫だった。
地響きを立てて巨体が地面に転がった。身の丈が15メートルもある巨猿が、足というより体を抱え込むようにして地獄の痛みで白目を剥いて悶絶した。
(往生せいやぁぁぁぁぁぁーーーーーー)
俺は細槍を構えて、巨猿の顔面直上へと跳び上がった。
「サスライ!」
手持ち最後の模写技を一つしかない目玉に向かって突き入れた。
同じくバケモノ蟻から模写した技だが、この技には威力は無い。毒も無い。単に、俺自身が細槍を繰り出すのと同じ威力だ。一撃、一撃は・・。
この技の強みは、手数だ。
数万匹の小蟻に身体中を覆われて覚えた技だ。
対象は1体。しかし、瞬時に叩き込まれる刺突は数万回・・。
一瞬で、怪猿の目玉が飛び散り、眼窩の壁を穂先の連撃が襲う。
当然、リスクがある。
人の体は、連続して数万回も槍を繰り出せるようには出来ていないのだ。
「た・・助けて・・」
助けを求めて呻きながら、俺は怪猿の鼻の横を滑って地面に転がり落ちていた。
「結城君っ!」
本郷が呼び声を放ちながら、洞窟から飛び降りた。
「本郷を援護しろっ! 他の猿を寄せ付けるなっ!」
東が叫んだ。
その声を聴きながら、俺は意識を失っていった。
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