第33話 大型の鹿っ!?



 太い立木をへし折り、押し分けるようにして小山のような巨体が近付いて来る。


 一歩一歩、地面が上下に震動し、木々に潜んでいた小動物や鳥が大慌てで逃げ散っていた。


「来るぞ」


 東の声が聞こえた。

 窪地から続く斜面の上方に位置取って居るのだろう。


「えっ・・」


 女子の誰かが声をあげた。


「ち、違うっ! 鹿じゃないっ!」


 上条の声が響いた。


 その声が聞こえたのか、規則正しく、ドシン・・ドシン・・と地面を揺らしていた足音が止み、辺りに静寂が訪れた。

 そろそろ夜が明け始めている。



(何が来たのか知らないけど・・)


 俺は、後方の斜面を振り返った。


「みんな、まず姿を隠してくれ! 俺だけが見つかるようにして! 声は立てないでくれ!」


 わざと大きな声を出した。


 再び、重たい震動音が移動を始めた。

 それまでとは向きを変え、俺の方へと向かってくる。


「ぉぅ・・」


 確かに鹿じゃなかった。上条の言うとおりだ。


「・・・猿?」


 俺は顔を引き攣らせながら視線を左右して、回避スペースを確認した。あんな巨体で殴ったり蹴ったりされたら、他界待った無しだ。


 身の丈は15メートルくらい。

 胴長で、両腕が地面に着きそうなほどに長く、脚は腕より短いか。巨体の割に頭部は小さく、顔の中央には大きな黄色みがかった一つ目が開いている。全身は灰色をした長い獣毛に覆われていた。両手両足とも、指先には鉤爪が生えている。


(これ、普通の猿じゃないよね?)


 一つ目の猿とか聴いた事が無い。

 唇を割って伸びた牙を眺めながら、俺は怪猿の正面に向かって歩いて行った。


 こういうデカいのは、距離を取ったら駄目だ。

 腕を伸ばし切れない距離で、ちょろちょろ足下を攻めるしか無い。


 怪猿の単眼が俺に向けられるのを待って、


「来いっ! エテ公っ!」


 古典的な呼び掛けをしつつ前に出た。


(体格差が、絶対的な戦力の差では無い事を・・・)


 踏みつぶそうとしてきた足裏、指、爪と回避し、


「教えてやるっ!」


 足指の爪の付け根めがけて、細槍を突き入れた。



 ガァァッ!?



 怪猿が驚いたような叫びをあげて片足立ちに跳ねる。


 人はムカデを怖れる。小さな蛇だって怖れる。


 噛まれたら痛いからだ!


 この怪猿にも教えてやれば良い! 俺に刺されたら、とんでもなく痛いという事を! そうすれば、もう俺のことは無視できなくなる。

 どこにいるのか眼で追い続け、何とか追い払おうとするようになる。


 万が一にも、俺を見失ったら・・・。



 ガアァァッッ・・・



 俺の細槍が怪猿の小指、その第一関節を貫いた。


 これで、怪猿がぶち切れた。


 見える見えない関係なく、両足で地団駄を踏み、軽く跳んで両腕で地面を打ち払い、所構わず殴りつける。


(ふむぅ・・)


 やや離れた位置で、じっ・・と動きを観察し、俺は細槍を手に突進した。


 一通り暴れて気が紛れたのか、単眼の怪猿が立ち上がって周りを見回している。


(破城角・・一角尖っ!)


 斜め後ろの死角から一直線に走りながら目指す先には、怪猿の右足のアキレス腱がある。



 ・・3・・・4・・・



 音も無く近付いた俺が、額の角を白く光らせながら頭から突っ込んだ。



 ゴアァッ・・・ガアアァァァァーーーー



 怪猿の悲鳴が物悲しく響き渡る。右膝から下が千切れて爆散し、片足を強引に跳ね上げられて怪猿が背中から地面に倒れ込んだ。


「削ってくれっ! 足からだっ!」


 俺は声を張り上げた。


 息を呑んで見守っていた女子達が、我に返ってそれぞれ魔法の詠唱を始めた。


 俺は、倒れ込んだ怪猿の頭側から近寄って行った。


 仰向けに倒れた姿勢で、頭側の地面を叩くことは難しい。


(毒蜂尖・・)


 細槍を構えたまま、怪猿の耳の後ろめがけて走り込んだ。


 直後に、手にした細槍の穂先が透明な液体で濡れる。

 そのまま腰を入れて突き刺した。


 すぐさま、跳び退って距離をとる。


 わずかに遅れて、怪猿の手が耳の辺りを叩いていた。


 毒蜂尖は、子牛くらいある大きなスズメバチから模写した技だ。万能かと思っていた毒消しの木の実を囓っても、七転八倒する激痛に襲われ、手足は痙攣して動かせなくなり、寒気と高熱に冒されて震え続ける。

 悪夢のような猛毒だ。


 距離を取ってなお、俺は大急ぎで毒消しの木の実を口へ入れた。

 ちょっと液が散っただけでも肌が焼けるように痛くなり、腫れ上がって、寒気と高熱のコンボにやられる。危険な技なのだ。一角尖と同様、毒蜂尖も、1日1回の技だった。


 俺が怪猿から離れたのを見計らって、魔法が降り注ぎ始めた。

 以前に目にしたものとは別次元の、高威力の火炎や風刃が怪猿に命中していく。


(・・いけそうかな?)


 獣皮の下の肉にまで届いている。右足は膝下が無くなったまま、生えてくる気配が無い。


(ふうぅぅ・・)


 俺は木陰に身を寄せて、水筒を取り出して果実水を口に含んだ。すぐに水筒を個人倉庫へ収納して、細槍を手に立ち上がる。


 瞬発力はある。ただ、持久力の無さは相変わらずだ。

 それでも、虫戦を繰り返しているおかげか、多少はマシになってきたのだけど・・。


(雷兎の俊足を使ったら、5分が限界だな)


 足音に振り返ると、本郷が長剣と虫の甲羅で作った楯を手に近付いて来ていた。


「少し代わろう。あの猿が自由に動けないなら、私でも少しくらいは時間を稼げる」


「助かる・・ありがとう」


 素直に礼を言って、俺は木陰に座った。

 

 表情を引き締めて怪猿の間合いへと進み出ていく本郷の後ろ姿を惚れ惚れと見送りつつ、俺はみたらし団子を取り出した。


(今日は・・甘味が足りてなかった)


 ああ・・美味い!


 もう、みたらし団子さんと結婚したいっ!


 俺は、うっとりと眼を細めた。


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