第2章
第32話 少し経った。
「・・さて、先日発見された鹿型の大型獣だが」
東が地面に描いた近隣図を見ながら、全員の顔を見回した。魔法の光が浮かべられて、居並ぶ面々の顔を白々と照らしている。
森にある巨大な岩山を少し登った場所にある洞窟の中である。最初は数人が辿り着ける程度だったが、今ではみんな登れるようになっていた。それで、居住場所として引っ越したのだ。
洞窟内を魔法で削って加工していったのは女子達だ。
各人向けの個室、全員が集まれる居間兼食堂、調理場まで完成し、今度は風呂場を考案しているのだと言う。
客間だという、ちょっと広めの部屋に、俺は泊めて貰っている。10日に1度くらい立ち寄るだけで、普段は樹の上で暮らしていた。
みんなと狩り場が違うので仕方が無いのだ。
俺の最近の狩りの獲物は、専ら巨大な虫達だった。
数がやたらと多く、素材としての価値も高い。毒やら酸やら使ってくるが、しっかりと見切れば、そこまで危なくない。ただ、群れが怖い。臭いか何かで信号を出しているらしく、戦っている所に、次々に集まってきて収拾が付かなくなることがある。
これは、虫の種類に関係無く共通する特徴だった。
今日は、久しぶりに虫以外の獲物だ。
はぐれの巨大鹿が、東達の狩り場に迷い込んで来たらしく、どうも居座り続ける様子なので退治しようという事だった。
東が作戦の概要を説明しているのを聴きながら、俺はどうも居心地が悪いような、なんとも言えない緊張感を覚えていた。
(こいつら、デキやがった!)
俺がせっせと虫狩りに
東と女の子達の距離感がとんでもなく近くなっている。
(・・・ハレムですか。そうですか・・奴隷商のおばちゃんに仕込まれたテクニックで、
俺のやる気は水平線を超えて沈降中だ。
ある程度は、なるようになるんだろうと・・想定していた。東は、まあ男から見ても、結構、それなりに
でも、だからって、そんな簡単にくっついちゃって良いの? あっさり燃えあがっちゃうものなの?
(あぁ・・なんか、俺・・ダークサイドに堕ちちゃいそうです)
そりゃあねぇ、10日に1回くらいしか立ち寄らない奴が、あれこれ
でも、練度って言うのかな、武器を使ったり、魔法を使ったり、技を使ったり・・そういうのは、弱い相手より、強い相手と戦った方が上がりやすいのです。だから、わざわざ痛い思いをしてまで、虫の大群と渡り合っているというのに・・。
ちょっと久しぶりに立ち寄ってみたらこれですか?
君達は、盛りの付いた猫ですか?
頭は桃色ですか?
「結城?」
「はい?」
「あぁ・・いや、前衛頼めるか?」
「お引き受けしましょう」
俺はにこやかに答えた。
(ふふふ・・事故って怖いよねぇ~? ありがちだよねぇ~?)
うっかりミスってあるからね?
「結城君が居てくれるなら安心だね!」
上条と槙野が明るい声で言う。東の顔を見つめながら・・。
(くっ・・幸せそうだぜ)
川原で男達に襲われていた時の様子が脳裏に想い出される。あの絶望から、すっかり立ち直った様子で・・。
(まあ、良かったよな)
上条なんか、ずうっとアズアズ言い続けていたからね。まあ、願いが叶ったという事で、おめでとうございます!
(しかし・・・他の女までひっついてて良いのかよ?)
どう割り切ったのだろうか。
浮気がどうとか言うレベルじゃないですよ?
8人ですよ? 1夫8妻やるんですか?
どんだけ欲張りさんなの?
(東・・憧れるぜ)
俺はそっと泪を拭った。胸の内で・・。
なお、後に半分くらいは俺の誤解だったことが判るのだが、この時の俺は地獄の業火のような嫉妬で脳味噌を滾らせていた。
まあ、俺の方も多少の進展はあった。なんと、身長が伸びた・・っぽいのだ。何度も慎重に計測したが、5ミリの伸びを計測していた。
公称155センチ(154・6センチ)だったのが、いよいよ、公称通りに155センチに届く日が来た!
「結城君、私はサブで前衛を志願した。勉強させてほしい」
いきなりの声を掛けられて顔を向けると、本郷が立っていた。推定175センチの強敵だ。まあ、もう1人、大石という188センチのタワーが
「
「分かった」
本郷が素直に頷く。長い黒髪を背で無造作に束ねただけなのに、美しさが匂い立つようなんですが・・。なんていいうの? キリッ・・とした清冽な空気を纏っていて、本当に格好良い女の子である。
「では、楯役メインは結城、サブが本郷、弓の大石、魔法の槙野、市川、黒川、田村、相川が削り役、回復は俺と上条が担当する。予定の遭遇地点は、水場になっている滝周辺、山犬などが乱入する場合は、本郷、市川、相川で対処、上条は定期的に探知を行い、周辺の警戒を続けてくれ」
東の指示に、全員が元気よく返事をした。
俺の返事が小さかったのは言うまでも無い。
まず東が先頭をきって、身軽く岩穴から跳び降り、狩りの場所まで一斉に走り出す。続いて、女子達が跳ぶ。15メートルの高さを次々に飛び降りていく女の子達を見ながら、俺は最後に跳び降りた。
ちょっと前とは雲泥の運動能力だ。
レベルのようなものは見当たらないが、そういうパラメータがあるんじゃないかと、これは東の推測だ。
魔法や技能に練度があるように、身体の運動能力にも、似たようなものがあるに違いない・・と。
(確かにな・・・普通、骨折とかしてるよな)
このままオリンピックに出れば世界記録が出せそうだ。異世界からの流人に特有なのか、それとも、こちらの世界では当たり前の事なのかは分からない。
(それでも、あの時の黒服が相手だと・・危ないね)
東や女の子達の動きを眺めながら強さを測りつつ、奴隷狩りの連中と戦った夜を思い起こす。
あの時の黒衣を着た3人は別格だった。
いくら運動能力が高くなったとは言っても、あいつらみたいな奴が来たら危ない。
(・・今の俺なら、どうだろう?)
行きたくも無い遠征をやり、見るのもウンザリな巨大な虫を相手に死闘を繰り広げているのは、あいつらの存在が脳裏にちらついているからだ。
(1対1なら勝てる。でも・・)
3人がかりで来られたら、まだまだ苦戦しそうだ。
(まあ、何でもありなら・・負けないけどね)
模写技によって、いくつか虫の技も手に入った。結局、3つしか同時に付けておけないから、万能とはいかないけど・・。
(お・・足音だ)
重い足音がゆったりと移動している。
どうやら、今回狙う "大型の鹿" が歩いているようだ。
大人が3人で囲めるくらいの太い木々が乱立している中を、重々しい震動音が鳴り、時折、木々が裂けて倒れるような音もする。
なかなかの大物だ。
「遭遇位置をこの先の傾斜地にしよう。段差を利用して、削り役は高い位置に陣取ってくれ。楯役は下に降りて足下で注意を惹いてくれ」
東が小声で修正案を出して、全員が頷いた。
「俺が正面から。本郷さんは、まずは削り役と一緒に、相手の動きを観察していてくれ」
「了解した」
本郷の返事を背中で聴きながら、俺は細槍を手に、交戦予定地の窪地をめざして走った。
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