第31話 生き返ったぜ!



「がっ・・はっ!」


 いきなりの激痛で苦鳴をあげながら、俺は跳ね起きて身構えた。


「お・・ぉぅ」


 そこに焼け野原があった。


 何も無かった。


 小屋も土塁も井戸も、そこに来ていた追っ手も・・すべてが灼けて微細な粉となってしまった。


(マジかぁ・・)


 これは封印確定ですわ! 使っちゃ駄目なやつです!


 女神様、グッジョブ!


(・・っというか、これ、何処まで灼いたの?)


 そっと背後を振り返る。

 ほっと安堵の息を吐いた。

 俺の後ろ側は、100メートルほどしか灼けていなかった。右と左はもうちょっと広範囲に・・。


 じっと眼を凝らすと、遙かな前方に森の樹々が見える。数百メートルといったところだろうか。


 正面方向を中心に扇状に灼き払ったらしい。



(龍って、とんでもないな)


 喧嘩しちゃ駄目な奴だ。しかし・・。


(雷兎の怒りってのが、体に負担が掛かるから・・とか言って、この技の方がよっぽど危ないじゃん!)


 2つあった命をいっぺんにロストしましたが?

 あの龍、俺で遊びやがったな? あいつ、絶対知ってたよね?


(くそぅ・・)


 何も知らない、いたいけな少年を弄びやがって・・。


(そうだ・・)


 俺の槍は・・?

 個人倉庫から、ひん曲がっていた短槍を取り出した。



「おおっ!」


 見違えるように綺麗な短槍が出て来た。


 真珠色の透き通るような柄に、白銀色の穂先・・・外連味の無い真っ直ぐな穂先には文字なのか模様なのか刻印がされている。石突きの所だけ、深紅の珠が埋まっていた。


「素晴らしい・・」


 思わず溜息が出る。

 華奢で細身だが、手に持っていて脆さは感じない。


 軽く振り回して、一度二度と突いてみる。

 小柄な・・悔しいけど、ちょっぴり小柄な俺にはぴたりと合うバランスだった。

 金属なのか石なのか・・よく分からない材質だ。かなり重さがあるが、持ち重りはしない。


「うん・・いいものだ」


 俺の気分は晴れやかになった。

 これは、とても良い槍だ。


「月光の女神様か・・月の・・」


 俺はじっと手にした細槍を見つめた。


「ありがとう御座いました」


 両手に細槍を持って祈るように低頭した。


 瞬間、


 ・・ドクンッ・・・


 俺の胸奥で心臓が震えた。


(ぅ・・?)


 閉じていた眼を開くと、手の内で細槍の柄が淡く光っていた。


(槍が・・?)


 何だか分からないが綺麗な光だし、悪いことでは無さそうだ。そう思って見つめていると、穂先に刻印されていた模様が光となって浮かび上がり、文字のように形を変えていった。


「キ・・ス・・アリ・・ス? キスアリス?」


 俺が読み上げると、一瞬光が強くなってから、ゆっくりと鎮まっていった。文字の刻印は消えて、透き通るような透明な穂先に変じていた。


「キスアリスという名前なのか」


 俺は、惚れ惚れと細槍を見つめた。



(さて・・と)


 近付いて来る足音に気がついて、俺は背後を振り返った。


 二条松高校の面々だった。いや、美しい面々と言い直した方が良いか。

 陽の光に輝いているかのような美形が揃って歩いてくる。ちょっと腰が引けそうな美的迫力だった。


(モデルさんが歩いてくるみたいだな)


 ランウェイでは無く、焼け野原だが・・。


「無事だったか」


 アズマが声を掛けてきた。


「まあ・・なんとか」


 俺は苦笑混じりに応えた。


「龍が襲って来た時には、もう駄目かと思ったわ」


 そう言ったのはホンゴウだった。


「龍?」


 俺は首を傾げて見せた。月光の女神様が辻褄合わせがどうとか言っていたけど・・?


「・・逃げるので精一杯で、何が起こったのか分からなかったな」


「無理も無い。あんな龍が襲ってくるなんてな・・いきなり上空から舞い降りてきて炎を噴いたんだ」


「・・よく生きてたな俺・・」


 俺は、そっと視線を逸らして周囲を見回し、


「敵に・・危なそうな奴が3人・・黒い服を着たのが襲って来て、どうしようも無くなって井戸に飛び込んだんだ」


 適当な言い訳を考えつつ口にした。

 男達に追われて井戸に逃げ込んだ所に、龍が来て炎で灼き払って行った・・と。そんな感じだ。


「・・ユウキのお陰で助かったよ」


「ユウキって、結ぶに城」


「結城か。おれは、東西南北の東・・一字だ」


「東か・・」


「私は、読む本の本に、郷・・郷里の郷の字。本郷よ」


 今さらながら、互いに名前を教え合う。


「・・上条さん」


 声を掛けると、昏い顔で俯いていた少女が顔をあげた。


「騙した、騙された・・ってのは無しにしない?」


「ぇ・・?」


 上条が小さく眼を見張る。


「やり方はともかく、そこのみんなを護るために頑張った。それで良いよ。素敵な対価も貰ったことだし」


「・・結城君」


「ぐっ・・なんという美貌。胸に刺さって辛い」


 俺は胸を押さえてよろよろと後退った。


「謝りたかった! 川でも助けて貰って・・なのに騙すようなことして、ごめんなさい!」


 上条が眼に泪をためて頭を下げた。


「良いって事よぉ~」


 俺は、へらへらと笑いながら手を振った。

 まったく綺麗な子は、泣いても綺麗だから困っちまうぜ・・。


「シマダ達の裏切りに気付かず、サカモト達が襲って来た時に、俺達は結城を見捨てて逃げた。申し訳なかった」


 東が深々と頭を下げて、あの時の状況を話し始めた。


 奴隷狩りの連中から逃れながら森を転々と移動したのだが、シマダ達が捕縛されてしまい、身動きが取れなくなった。これは、シマダ達の芝居だったのだが・・。

 シマダ達を人質にされたため、東と本郷達が救出に向かった。しかし、助けようとしたシマダに襲われ、混乱したまま全員が捕まってしまい・・。


「サカモトが、君を・・結城君を連れて来いって・・サカモトというより、奴隷商人に命令されたとか言ってて・・」


 探知魔法持ちの上条が、捜索役として来たということだ。


「まあ、色々と大変だったよねぇ」


 俺はうんうんと頷きつつ、個人倉庫から真鍮の水筒を取り出して中の果実水を飲んだ。


「結城は・・これからどうするんだ?」


 東が訊いてきた。

 どうやら、これが本題だ。


「年季が明けるまで森に住むよ?」


 3年頑張れば町で普通に暮らせる。その先の事は考えていない。


「・・そうか」


「東達は?」


「最初は、違う方法があるんじゃないかと考えていた。でもな・・」


「まあ、こっちの人間から下に見られてるようで頭に来るだろうけどさ? 3年くらいあっという間だよ? その後は堂々と町に出入り出来るんだし・・」


「一度、薬草を採って持ち込んだんだ。狩猟館の年寄りに総て取り上げられて、わずか5セリカだった。これでは、3年経った時でも、独り立ち出来るようなお金にならない」


 予想通り、ネコババ同然に貢ぐ形になったようだ。


「・・なるほど」


 俺は大きく頷いた。


「みんなは、こっちに来る時に、加護とか、魔法とか貰ったでしょ?」


「・・ああ」


「いや、中身は訊かないよ。興味無いし・・」


 魔法自慢とかされたら立ち直れないんで・・。


「俺は、ちょっと変わった魔法を貰った。その中に、素材をお金に換えるっていう魔法がある」


「えっ!?」


「なにそれ・・」


 二条松高校の美形軍団が騒ぎ始めた。


 くぅぅ・・この優越感、最高っ!


「ふっふっふ・・・魔法使用料100セリカ、手数料10セリカで、換金してあげましょう」


 俺は、にたりと目尻を下げた。


「・・どんな値段の物でも、110セリカなのか?」


「うんうん」


「一度に色々な物を持ち込んでも?」


「一回の取引きで110セリカ」


「・・多いのか少ないのか分からないな」


 東が本郷と顔を見合わせた。


「一応、言っておくけど・・3年後は、店売りの方が値段が良いとは思う。手数料もかからないし・・まあ分からないけどね」


「だが、今は・・他に手段が無いからな」


「そういうことだね」


 俺は澄まし顔で頷いた。


「結城君・・束縛するような事はしないし、私達の決め事には従わなくて良い。ただ、なるべく、宿泊地を共にして貰えないだろうか?」


 本郷が提案してきた。


「ふむ?」


「率直に・・俺達は人数が減ってしまった。俺達にはおまえが必要だ。支払える対価は無いんだが・・」


 東が引き継ぐように言う。


「う~ん、その時の気分で場所を動くからなぁ・・基本、寝床は樹の上だし」


「・・それは、ソロだからだろう? 俺達と一緒なら・・」


「まあまあ、嫌だって言っているわけじゃない。束縛は無しなんだろ? なら、基本、森をうろうろして、寂しくなったら遊びに行くよ。その時に売りたい物があったら換金します。それでどう?」


「・・そうだな。どうだろう?」


 東が、本郷や上条、黒川、槙野・・と少女達の顔を見回す。


「結城君」


 上条が声を掛けてきた。


「ん?」


「東君を助ける時、私に連絡してきたよね? あれ、魔法でしょ?」


「・・あ、ああ・・そうだった。遠くの人に伝言できるやつだ」


「困ったことがあったり、人手が欲しい時とか、その魔法で呼んでくれないかな? できる限り、駆けつけるから」


「・・ああ、確かに・・そういうのはアリかも」


「そういう魔法があるのか?」


 東が興味深そうに訊く。


「小さなお人形みたいな精霊が来て、伝言を伝えてくれたの」


 上条がその時の様子を説明する。

 どうやら、あまり一般的では無いらしい。


「・・あれって、みんなは使えないの?」


「遠話は出来るけど・・でも、50メートルまでよ? 結城君はもっと離れてたよね?」


「あらら・・」


 確かに、あの時は100メートル以上離れていた気がする。あの伝言精霊、伝言をどこまで届けられるのだろう。


「前から思ってたけど、結城君って変わった技を使うよね?」


「そう?」


 まあ、事故みたいな感じで送り込まれたし、神様も慌てたんだろう。代わりに、普通の魔法が使えないし、使える魔法のほとんどが有料ですが?


「早速、換金して欲しい物があるんだけど、手数料は換金額から差し引いて貰って良い? 私達、手持ちが無いから」


 本郷が個人倉庫から茸やら草やらを取り出して置いた。


「1人につき、1回だけ無料にしよう」


 俺は優しい男だからね? ちゃんと恩にきてね?


 ふふふ・・奴隷商の鞄に、結構なお金が入ってたのですよ。


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