第29話 浩太、暴れる!
もう、ウンザリなんだよ。
奴隷商の会話を聴かされるのも、護衛や奴隷狩りの妄想を聴かされるのも、女の子達の悲鳴を聴かされるのも、もうウンザリなんだっ!
(クソ野郎共っ・・)
怒りで頭から火を噴きそうだ!
奴隷商が廃村の広場に裸にした女の子達を連れ出し、護衛役から奴隷狩りに雇われた傭兵、日本人の男子達を観客に、公開品評会をやっていた。
魔法を使えなくする銀色の紐を首に巻かれた女の子達が、舌を噛めないように猿轡を噛まされ、祭りの演台のような即席の舞台で手を上にして吊られていた。獣欲を滾らせ、血走った眼という眼が集まる中で、固く眼を閉じ顔を背けている。今度は足元に棒を置かれ両端にそれぞれ足首を固定されてしまっている。女の子達が1番隠したい所を無理矢理に晒され、今にも暴発しそうな男達が囃し立て奇声をあげていた。
雨になるのか、雲の覆い夜だった。
月明かりは弱く、広場では大きな鉄籠で薪を燃やして明かりにしている。演出のつもりか、松明なども消されて、女達の吊された舞台だけが明るく照らされるように設えていた。
お陰で、俺は闇に隠れてギリギリまで近づけた。
上手くいくかどうか・・。
(・・でも、もう駄目だ。これ以上は準備に時間をかけられない)
これ以上は赦せない!
金属の箱から金の針を掴み出して両手に握る。
(しくじったら、ゴメンよ)
胸内に呟き、俺は奴隷商の護衛役を見た。
この馬鹿げた騒ぎの中、1人だけ無言で周囲への警戒を怠っていない奴だ。単なる護衛というだけでなく、秘書のような役割もしていて、奴隷商人の鞄を預けられていた。
(・・・行くぞ!)
奥歯をきつく噛み締め、腹に力を入れて震えそうな体を黙らせると、俺はひたひたと音を立てずに走った。
真っ直ぐに、炎が燃え盛る鉄籠めがけて・・。
(破城角っ!)
熱した鉄籠めがけて頭突きを打ち込むと、大人が4人がかりで運ぶような重たい鉄製の篝籠が、男達が集まった中へと弾け飛んで転がった。火がついた薪が方々へ飛び散り、油断しきっていた男達が慌てて逃げ惑う。数人は鉄籠に
その間に、俺は護衛役めがけて背後から襲いかかった。
護衛役の男は、さすがの反応を見せ、持っていた鞄を手放すなり、腰の剣を抜きながら振り向く。そこへ右手に握っていた毒針を投げつけた。さらに、左手の毒針を他の護衛達へ向けて投げる。まあ、上手には投げられないので、子供が砂を投げつけるような有り様だったが・・。
空いた手に短刀を握り、奴隷商の鞄を拾って、苦悶する護衛役を破城角で粉砕した。そのまま、立ち尽くしている奴隷商人達めがけて襲いかかり、雷兎の蹴脚で足を蹴り折り短刀で喉を刺す。3人を何もさせないまま仕留めると、女の子達が吊るされた舞台に駆け上がった。
篝火が離れて散乱したお陰で、こちらは暗い。女の子達の足元を這うように移動しつつ足首に巻かれた縄を切り、木箱を運んで踏み台にしつつ吊るし縄を切って倒れこむ女の子を抱きとめる。決行直前まで、何度も頭の中で繰り返し、イメージし続けていた作業だった。
「助けに来た。動かないで」
耳元で囁き、次の女の子を助け下ろす。
ここまでは、事前に考えていた行程の通りにやれている。むしろ、出来過ぎなくらいだ。
「喉の紐は今は触れないで。猿轡だけ外して」
潜めた声で指示しながら、震えて抱きついてくる女の子の背をさすって
「さあ、行こう。アズマ達が待ってる」
「あなた、結城君!?」
誰かが訊いてきたが、
「黙って、歩いて」
舞台の裏側へと誘導して行く。
目敏い奴が舞台を回り込んで駆けつけてくるが、俺の耳は不意打ちを許さない。逆に待ち構えて、入り身から投げ落として短刀で仕留める。我ながら流れるような身のこなしだ。
「このまま真っ直ぐ」
散発的に襲って来る男達を返り討ちにしながら、地下道の入り口になっている枯れ井戸へ向かった。
「おほぅ・・来た、来たぁーー」
はしゃいだ声をあげたのは、日本人達、女の子達と同じ二条松高校の男子生徒達だった。
「逃げて来るなら、ここだと思ったよ」
長身美男子が、長剣を手に後ろに立ち塞がる。
「シマダ・・裏切り者っ!」
怒り声をあげたのは、確かホンゴウという、女子高生の枠を踏み越えた長身美人だ。
なんかもう感覚が麻痺していたが、俺はとんでもないハイレベルな美少女達(全裸)に囲まれている。ホンゴウという極めつけの美人は、腰に手を当てかねない堂々たる態度で裸身を晒して、シマダという長身美男子を睨みつけていた。
側で見ている俺の方が、裸身を隠した方が良いんじゃないかと、はらはら気を揉んでいた。
だが、ホンゴウの美的迫力が、男子達が声を呑み意識を集中させた。今がチャンスだ。
井戸側に立ち塞がっていた男子めがけて、俺は一瞬で距離を詰めるなり、回し蹴りを食らわせた。そのまま井戸へと飛び込み、中で待ち伏せていた2人を蹴り飛ばして短刀で首を裂く。俺の耳は待ち伏せを許さないと、何度言えば分かるのか・・。
休む間も無く、梯子を登って外へと舞い戻ると、
「行って! 一本道だから」
女の子達に声を掛けて、前に出ながらホンゴウの尻を叩く。
「君も行って! 」
「・・すまない」
ホンゴウが身を翻して枯れ井戸へ入って行った。
「君が・・君は、どうして生きているのかな?」
シマダが剣を構えたまま、じわりと前に出てくる。他の男子達も、剣を構えて左右包囲して来た。
「俺を刺したのは、おまえか?」
俺の問いかけに、
「・・俺だよ」
答えたのは右手に回り込んでいた目つきの鋭い奴だった。
「胸を刺したんだぜ? 背中まで突き抜けたのによ・・なんなんだ、おまえは? その角はなんだ? 人間じゃねぇんだな?」
「人間じゃ無いのは、おまえらの方だ」
短く答えて、俺は腰を落として短刀を構えた。
対して、5人が半包囲して距離を詰めてくる。剣を構えて様になっているのは、正面のシマダと俺を刺したという奴だ。他は剣を構えたまま、ひっそりと小声で魔法の呪文を唱え始めていた。
剣が得意な2人が俺を牽制し、3人が魔法による攻撃を浴びせる。悪くない。悪くない作戦だが・・。
「雷轟・・」
俺の呟きと共に、耳をつんざく轟音が鳴り響いた。
俺を中心に凄まじい雷光が打ち放たれ、渦を巻いて円形に広がって行く。
雷光の暴流は半径50メートル、高さ50メートルの円柱域内にのみ届く。そして、この雷光はが立っている位置を基準に水平に疾り抜ける。つまり、地下には及ばないのだ。
15秒後、荒れ狂っていた紫雷の渦が唐突に消え去り、辺りに静寂が戻る。
俺は、灼けて白煙をあげている周囲の死骸に、念のため留めを刺して回った。こいつらだけは、絶対に生かしておくわけにはいかない。
(・・よしっ)
雷轟で、奴隷狩りの大半を巻き込めた。
これ以上無い成果だ。
俺は地下道を遠ざかる女の子達の足音に意識を向けた。どうやら無事に逃げられそうだ。
(良かった・・)
油断したつもりは無い。ただ、すべてが思い通りになったおかげで、気が緩んでいたのかもしれない。
「・・ぁっ」
いつもなら聞き逃すはずの無い物音を聞き損ね、男達の接近を許してしまっていた。
足音をほとんどたてず、呼吸音も微かにしか聞こえない男達が近づいて来ていた。
(こいつら・・)
咄嗟の動きで、個人倉庫から毒消しの木の実を取り出して口に頬張った。
真っ黒い衣服に身を包んだ、身軽そうな男が3人。
暗闇から染み出るように姿を現した。
いつぞやの河原でやり合った毒針を使う男--ディギンと名乗った男と同類だ。
寒気がするような眼光に射貫かれて、俺の体が怯えで震えた。
「ようも、やってくれたの」
中央に立っていた小柄な人影が口を開いた。眼元しか見えていないが、どうやら年寄りらしい。
気味が悪いことに、老人の額中央が縦に裂けて、目玉みたいなものが覗いていた。
(キモい・・でも、こいつら強いな)
どう動いても殺される。恐らく、半歩といかずに追いつかれ、捉まってしまう。おまけに、なんか眼が真っ赤に光ってて怖い。
「ふむ・・こやつ、なかなかの美形じゃな。手足を落として手土産に持って帰ろうかの。儂が飼ってやろうぞ」
「お・・俺は、男だ!」
「だから何じゃ?」
にたり・・と老人の目尻が下がった。
それを見るなり、
(龍の雷息・・)
俺はイチかバチか、威力不明の技を使用する決心を固めた。
発動までどのくらいかかるのか。使ったら、何が起こるか。その後はどうなっているのか・・。
何も分からない。
だが、今使わないで、いつ使うというのかっ!
大切な物を失ってからでは遅いのだっ!
「ぅうぅっ・・」
喉元をせり上がってくる嘔吐感にも似た感覚に、俺は胸元を押さえて顔を歪めた。そんな俺の様子に何を勘違いしたのか、
「先ほどの雷魔法で、魔力でも使い過ぎたのか? まあどう足掻こうと、儂には魔術は効かん。観念せい」
老人が左右の2人に頷いて見せた。2人が無言で頷いて、俺を捕獲しようと前に出る。
直後、
ゥゴォ・・オゴオォォォォォ・・
腹の底から振り絞るような唸り声をあげて苦悶していた俺が、弾かれたように顔を上げた。黄金色に輝く双眸に縦に裂けたような龍の瞳が顕れている。
次の瞬間、
「なっ・・」
短く声をあげた老人達3人を、真っ白い閃光が包み込んでいた。どんなに素早く跳ぼうが跳ねようが光からは逃れられない。真っ白な光が俺を中心にして球状に形作られ、光の内にあるものは灼き崩れていった。
そして、閃光を浴びて炭化して崩れる黒衣の老人達に向けて、
「ウガアアアアァァァァァァァァーーーーーー」
絶叫をあげた俺の口から、白銀の雷光が放射され辺り一面を呑み込んでいった。
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