第28話 奇襲



「結城君が言ったとおりだった。ここに戻ってるなんて・・」


 上条が探知魔法の情報を読み取りながら呟いた。


 森の中の廃村である。奴隷商のアジトになっていた。



「俺が聴いた事だから、信じるかどうかは上条さんの自由だけど・・」


 そう前置いて、


「サカモト、イシヤマ、タグチ、ナカタニ、オオモト、イイダ、シマダ・・この7人が仲良く話をしていた」


 俺は聞き覚えてきた名前を1人ずつ挙げていった。


「・・・うそ」


 上条が呆然と呟いた。つい先日まで一緒だった男子の名前があった。


「奴隷商人が仕切っているおかげで、女の子達は・・まあ、裸にされただけで生きている」


「アズマは?」


 上条がしがみつくようにして訊いてきた。


「う~ん・・ちょっと厳しいかな。命はあるんだけど、酷く傷めつけられてて、精神が参ってなければ良いんだけど」


「・・許さない! 絶対に・・あいつら!」


「奴隷商人は3人。代理人が1人。護衛役は全部で18人、奴隷狩りに雇われた男達は傭兵なんだってさ。ここに残っているのは13人。これに、日本人の男が7人。合計で42人になりま~す」


「・・結城君」


 こんな時にふざけないで・・と、上条の眼が尖った。


「女の子達は前と同じ。裸にされて天井から吊されて、奴隷商人達が品定めをやっている最中」


 泣き声が聞こえ続けていたとか、奴隷商人が調子に乗って過剰に触っていたとか・・その辺の描写は控えた。


「酷い・・」


「でも、命は奪われない。女の子達には悪いけど、アズマの救出を優先する」


 奴隷商人が女の子を品評して遊んでいる間がチャンスだった。護衛役も女の子達の肌身を見ることに一生懸命で注意を奪われている。


「う・・うん」


「まず、7人をやる」


「・・うん」


「仲間として信用されていないみたいで、7人が入っている小屋を奴隷狩りの男達が5人で見張ってる。だから、最初に狙うのは、この13人」


 俺は均した地面に絵図面を描いて、上条に説明をしていった。上条が真剣な顔で身を屈めて覗き込む。


「頼みたいのは、助け出した後のアズマの保護。できれば治療」


「う、うんっ・・やる!」


「魔法は光って目立つから気をつけて」


「分かった。ぎりぎりまで使用を控える」


「あと・・」


「なに?」


「あまり前屈みになると、その服ヤバイんで、気をつけてね」


 言いながら、俺は素早く後退った。

 上条が着ているTシャツは襟ぐりが緩やかで、前傾すると前が垂れて隙間を作り、斜め下に座っている人物に、胸元を覗かれてしまうのである。下着を着けていないからと、ジャージの上着を羽織っていたようだが、詰めが甘かった。


「ぇ・・あっ!」


 上条がみるみる顔を紅く染めて拳を振り上げるが、


「お代は頂きました! 結城浩太、命尽きるまで頑張って参ります!」


 遠く離れた位置で敬礼をして、俺は夜の森を走り始めた。


(くそう、アズマめ・・あんな綺麗な子に惚れられるとか・・うっかり暗殺してやろうか)


 上条は隠していたつもりのようだが、何を犠牲にしてもアズマだけは・・という気配がありありである。


 まあ、仕方ないね。


 他校の、ぽっと出の俺なんかが入り込むには、ちょっと時間が無さ過ぎました。


(さてさて・・)


 上条に言った手順では詰んでしまう。あれは、安心させるために適当に言っただけだ。


 俺は、見つけておいた進入路を使って、地下から村へと向かった。この村には、元々、地下に抜け道が造られていたのだ。魔法で急ごしらえしたものでは無い。床や壁が石造りの本格的な地下道だった。大人が身を屈めて走れるほどの高さがある。


 この地下道に沿って小部屋が幾つか造られていて、地下牢として使われていた。


(・・変化無いかな?)


 耳を澄ませ、物音を確かめる。

 アズマが入れられている牢は、俺から見て一番手前、村側から入ると一番奥になる。


(上条には言えないよな)


 アズマは寝台に仰向けに寝かされ、手足を繋がれた状態で、推定35歳くらいの肉付き豊かな女性によって性的な玩具にされていた。


 幸いにして、今は小休止中らしい。

 女が通路に置いた水瓶から水を汲んで、火照った体に浴びせていた。誰も居ないと思っているから全裸を晒して堂々たるものだ。


 派手に水音がしているのは好都合だった。


 俺は躊躇なく近付くと、


(破城角・・)


 真後ろから、裸の女の背中めがけて頭突きを喰らわせた。当然、即死である。


 女の死骸を牢の中に蹴り入れ、俺はアズマの枕元に立った。どうやら呼吸は安定している。それなりに大切にはされていたらしい。


(なんで眼鏡を掛けたまま?)


 不思議に思いつつ、手足の枷を外していく。鍵は脱ぎ散らかした女の衣服から見つかった。


 ややあって、


「ぅ・・あ・・おまえ」


 アズマが意識を取り戻した。


「おはよう、アズマ君。大人の階段を激しく上った気分はどうかね?」


 俺は、さっさと服を着るように言って、女の荷物を物色してみた。が、すぐに見なかったことにした。ろくでもない玩具がいっぱい詰まっていた。


「・・すまん」


 短く呻くように言って、アズマが頭を下げた。


「外で上条が待ってる。ここを真っ直ぐだ。悪いが、1人で行ってくれ」


「みんなを助けてくれるのか?」


「お前に裏切られた恨みは、まあ・・後だ。さっさと行け」


 俺は、シッシッ・・と手を振って追い払う。躊躇いながらもアズマが遠ざかって行くのを見送り、俺はアズマとは逆に村の方へ向かった。


「話精霊、カモン」



『ご伝言ですかぁ?』



 蜜柑のような色の服を着た小太りの精霊が現れた。



「上条静香に伝言を頼む」



『う~んと・・あっ、発見です。伝言できますよぉ~』



「アズマを救出、地下道から外へ向かって移動中。村の東側にある涸れ井戸が出口。迎えに来てくれ・・以上だ」



『承りましたぁ~。代金は500セリカになりまぁす』



「わかった」



『口座から引き落としになりまぁ~す』



「うん、良いよ」



『では、ご利用ありがとうございましたぁ~』



 蜜柑色の精霊が消えて行った。



(さて・・ここからだ)


 個人倉庫から弩を取り出すと、暗闇の中で片膝を着いて構えた。静かに息を吸って、静かに吐く。そのまま、引き金を倒した。


 放たれた矢が、前方で所在なさげに立っていた大柄な男に命中する。


 唐突に腹部に突き刺さった矢に驚き、男が半ば呆然として矢に手を伸ばした。そこへ、俺の破城角が炸裂した。


(これで2人・・)


 先は長い。


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