第27話 ハニーなトラップ?



(よく生きてたな・・)


 断崖絶壁を見上げつつ、俺は唸っていた。


(いや・・死んだんだっけ)


 この、とんでもない絶壁の上で、化け物みたいな蜘蛛と戦い、場所のことを考えずに一角尖をやらかし、そのまま放物線を描いて落下したのだった。

 そして滝壺へと落ちたのだ。3人の少女達が水浴びをしていたらしい滝壺だ。そこで、俺は蘇生し・・。


 以降の出来事は、もう忘れることにした。


(さて・・)


 この山だか、岩だかの上には、とてつもない危ない奴等が棲んでいる。

 高層ビルみたいな龍まで居る。

 巨大フクロウのように、山の上から飛んで来て餌を探す奴も居るが、まあ、滅多なことでは下まで来ないだろう。


(あの辺かな?)


 俺は切り立った岩山の岸壁を見上げた。


 俺は樹を卒業する。

 今夜から、岩山に登って寝るのだ。


 そういう訳で、俺は岩山の裾に沿って歩いていた。

 岸壁を登るにしても、どこか取り付きやすい場所が無いと難しい。

 ちらちら岩肌を見上げつつ、危ない生き物が近付いて来ないか耳を澄ませつつ・・。

 樹々の梢から差し込む穏やかな光の中を歩いていた。

 今日は天気が良さそうだ。


(早いところ寝床を見つけたいな)


 絶好の昼寝日和じゃないか。


 などと暢気に歩いていたら、物音が聞こえてきた。

 

 ハッ・・ハッ・・ハッ・ハッ・・・


 やや乱れているが、規則正しく呼吸する音だ。


(女・・っていうか、あの子?)


 脳裏に浮かんだのは、上条という女子だ。たぶん、間違い無いだろう。俺より10センチ近い高度に達している女の子だ。水泳をやっていたような事を言っていた。


(まっ、俺にはもう関係無いけどねぇ)


 そうは思いもするが、どうやら、俺めがけて走ってくるようだ。


(あぁ・・探知とかって魔法で見つけたのかな?)


 上条という女の子が探知の魔法を使ったのを何度か見ている。


 他には追ってきている者は居ないようだが・・。


(罠・・?)


 でも、1対1なら負ける気はしない。

 問題は、顔を合わせるかどうかだが・・。


(隠れても探知魔法で見つかりそうだから・・逃げちゃうか)


 ちょっと走れば追いつけないだろう。


「待って!」


 この場を離れようとした瞬間、声が聞こえた。


 まだ姿の見える距離じゃない。上条という女の子は、俺が遠く離れているのを承知で話しかけてきたのだ。


(そういえば、俺の耳が良いのを知ってたっけ・・)


 少し迷ったが、声から必死さを感じて俺は足を止めた。

 あの女の子の色々な部位を目視してしまっている。まあ、話を聴くくらいの対価は貰っている・・のかもしれない。


 短刀を鞘ごと手に握り、しばらく待っていると、息を切らせながら少女が姿を見せた。


(腹立つくらい綺麗だな)


 憮然とした表情で腕組みをしたまま出迎える。


「・・助けて・・助けて、下さい!」


 荒く息をつきながら、上条が叫ぶように言って頭を下げた。


「俺、あんた達に刺されたんだけど?」


「ち・・違うの、あれは・・」


「胸をざっくりと刺してるよね?」


「あれは・・サカモトが・・いきなり」


「そのまま放置されてたし?」


「奴隷狩りの奴等が沢山襲って来て・・逃げるしか無くて」


 一応、筋は通って聞こえる。だが、俺は疑っていた。


「ふうん・・サカモトって?」


「ヤマグチと一緒に居た奴の1人よ」


「ふうん・・」


 俺は3メートルほどの距離を保ったまま周囲を警戒しつつ話の先を促した。


「そいつらが襲って来て・・また捕まってしまって」


「ふうん・・ところで、なんで俺が生きているって思ったの? 俺、胸を刺されて死んでたよね?」


「・・それは、もしかして傷が浅かったら生きているかもって、そう思って・・助けてくれる人を捜して探知してたら、こっちに反応が出たから」


「ふうん、苦しいね」


「ほ、本当よ!」


「・・ふうん」


 いよいよ疑わしい。


「助けてよ! もう、あなたしか居ないの!」


「ふうん」


 俺は周囲へゆっくりと視線を巡らせた。どうやら包囲されたようだ。


「もう良いよ。囲まれたみたいだから、お疲れ様」


「えっ・・そ、そんな・・」


「そんなに俺を殺したいの? 放っておけば寄りつきもしないのに?」


「ち、違うっ! こんな・・話が違うっ!」


「上条ちゃぁ~ん、ご苦労様でっす!」


 戯けた口調で言いながら、1人の男子が姿を見せた。

 なるほど8人の中に居たような顔だ。


「ミカミっ! あんた、約束はどうしたのよっ!」


「あはははぁ・・なんだっけぇ? ボク、プロミスしちゃってたぁ?」


 へらへら笑う少年の顔を眺めつつ、俺はしみじみとした溜息を漏らした。


 世界は馬鹿で満ちている。


 ボク、何だか疲れちゃったよ・・。


「とりあえず、死んどこうか」


 低い呟きと共に、俺は地を蹴った。飛来した矢が空振りして背後にあった岩肌にぶつかる。

 

 その時には、俺の短刀がミカミという少年の顎下を切り裂いて抜けていた。

 そのまま、木立の間へ駆け込み、ほぼ等間隔に包囲している男達めがけて走った。

 誰かを護らないといけないなら話は別だが、自由にやれるのなら俺はまあまあやるよ?

 

 矢が飛んで来た位置を狙って駆け込み、樹の後ろから不意討ちしようと剣を振ってきた男を、逆側から樹を回り込んで脇の下から短刀を突き入れる。


 そのまま、ほぼ音を立てないまま駆け抜けて位置を変えると、こちらを捜して右往左往している男の膝を蹴り折り、倒れたところで首を掻き斬る。身を低くして樹の裏へ隠れると、そのまま樹を登った。

 

 仲間の名を呼び掛けながら歩いてくる男の真上に飛び降りて、鎖骨脇へ短刀を突き入れる。


 すぐさま走った。

 

 ちらと何か光った気がする。


(魔法光・・?)


 やや大きく移動して位置を変える。

 どうやら当てずっぽうで魔法を放った奴がいるらしく、ずいぶんと離れた関係無い場所で火の手があがった。


 俺は別の奴を狙って斜め後ろから近寄り、駆け抜けざまに後ろから首を薙いだ。ガツッ・・と骨を擦る感触が手元にくる。


 すっ・・と身軽く樹の幹に体を入れた。


 後ろから迫っていた男が横殴りに振った大きな剣が樹の幹に深々と食い込んだ。

 その剣を握った親指に短刀を叩きつける。


「・・って、てめぇっ!」


 怒声をあげた男だったが、次の瞬間、雷兎の蹴脚を股間に受けて悶絶した。俺は、周囲を見回しながら、短刀を首に突き入れた。


(ふぅぅ・・あと何人だ?)


 相変わらず体力が無い。瞬発力はあるのだけど・・。


 疲れの滲む顔で、木立の合間を見回し、耳を澄ませながら、身を屈めて小走りに移動する。


 上条をどうするかは迷うところだ。

 他の連中はここで仕留めておかないと、また後々祟ってくる。俺や流人を奴隷としか見ていない奴等なのだ。


(槍が欲しいなぁ)


 短刀は不便だ。突き入れるにも、突き刺すにも体力を使う。


(くそぉ・・鱗男め)


 俺の大切な槍をひん曲げやがって・・。


(っと・・居た!)


 男が1人、樹の影に隠れて、弩を手に周囲を覗っていた。さらに向こう側に、魔法を使うらしい男が低木に隠れて首を左右させている。


(うっ・・上条)


 斜め後ろを、剣を抜いた上条が歩いているのが見えた。

 あの剣はどっちに向けられるのだろう。

 

 はっきり言おう。

 俺は、あの女の子を殺せない。だって何か一生懸命だし・・。裸を見ちゃってるし・・。綺麗な女の子なんだ。死なせちゃったりしたら、人類の損失でしょ?


 多分、誰かのために・・あるいは誰かに頼まれて、嘘をついてでも俺を連れて帰らなければいけなくなった。


(そんな感じだよなぁ)


 俺は静かに忍び寄って、弩の男の背後から口を塞いで喉を掻き斬った。そのまま静かに横たえると、矢がつがえたままの弩を拾って、魔法を使う男を狙って放つ。攪乱するつもりで射たのだが、どういう偶然か、男の眉間に矢が突き立っていた。即死である。


(弩、強ぉっ・・)


 これは回収だ。男の死体から予備の矢を奪い、1本を残して残りを個人倉庫へ収納する。少し調べてから、弩の先に付いている引き手みたいなのを足で踏んで弦を両手で引き上げた。馬鹿みたいに硬い。ぷるぷると両手を震わせ、顔を真っ赤にして何とか留め具に掛ける事が出来た。


(これ、きついわぁ・・)


 自分の腕力の無さにガッカリしながら、俺は物音に意識を集中した。


(ん・・)


 木陰にしゃがみ込んだ上条が、探知の魔法を使ったらしい。淡い光が波紋のように周囲へ拡がって行った。


(あっちか・・)


 上条が一瞬、別の方向へ視線を向けた。すぐに、こちらにも視線を向ける。

 もっとも、すでに俺は移動した後だ。

 今の動きで、敵は1人しか残っていない事が分かる。

 するすると移動して樹上に身を潜めた黒頭巾を被った人影を見つけると、死角から樹を登って至近から頭を射貫いた。弩というのは、凄まじい威力だった。


 周囲の物音を聴きつつ、死体の持ち物を探っていると、


(あ・・)


 手に触れたのは、どうやら女の乳房っぽい。


(ごめんなさい)


 俺は胸元をまさぐっていた手をそっと引っ込めて、腰にあった金袋だけ貰っておいた。


 上条が剣を手に視線を左右しながら近付いて来るのが見えた。探知魔法の範囲内だと、どこに隠れても追いかけて来そうだ。


(さあ、どうするかなぁ)


 俺は腕組みをして考え込んだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る