第22話 大空へ!


「破城角・・って」


 俺は小川のせせらぎをつんいに覗き込んでいた。


 おでこから小さな白い角が生えていた。

 わずか5センチほどの円錐形の真珠色をした角だ。

 つまり、とっても小さいのである。

 破城という名称はいくらなんでも大げさ過ぎるだろう。


(まあ・・良いけどさ。でも、角があったら町とか行けなくなるんじゃ?)


 帽子とかバンダナとかで隠せるけど、何だか気を遣いそうで不便かもしれない。


(どうせなら、頭のてっぺんに・・)


 プラス5センチを稼げたのに・・。


 雷兎の蹴脚というのは、要するに蹴りだった。キックというやつだ。何の変哲も無さそうだが、怖ろしいくらいに足が跳ね上がり、回り、自由自在に軌道を描ける。

 非力な俺が蹴ったところで・・と、最初は悲観的だったが、色々と試して評価が一変した。理屈は分からないが、びっくりするくらいに威力が出せる。おまけに蹴った足が痛くない。まあ、立木を蹴り折る程度なので、龍とかには通じないだろうけど・・。

 回数制限も無いし、この蹴脚はとても嬉しい攻撃手段だ。


 そして、模写技が新しい技を覚えていた。


 龍の雷息という技だ。思いっきり期待させられる名称である。というか、もうアレだ。これだけ吐き回っていれば無敵でしょ?


 そう思いつつ、智精霊を呼んでみたら、


『使用可能回数は、一ヶ月に1回です』


 無慈悲な回答を告げられた。


 甘くなかった。


 しかし、恐らくは起死回生の一撃・・という奥の手として使えるだろう。いつ必要になるか分からないので、ひとまず尖毛針を選んでおく。

 本当なら試し撃ちをしておきたいけど、もしかしたら1ヶ月の間に必要な瞬間が来るかもしれない。



「さて・・ここは何処かな?」


 フクロウに捕獲されて運ばれたおかげで、まったく分からないんだが・・?


 これは、旅路魔法(有料)の出番だろう。


「アズマ達の居た廃村に行きたいんだけど、いくらかな?」


 精霊を呼び出してみると、重そうな荷物を背負って杖を手にした老人っぽい精霊が現れた。



『10セリカじゃ』



「お・・良心的」



『あっちじゃ』



「・・あっち?」



『口座から引き落としておくよ』



 老人精霊が消えて行った。



「あっち・・」


 樹がいっぱいある。どっちを向いても樹はあるのだが・・。


 とりあえず、旅路精霊を信じて進んでみるしかない。

 まだ陽は高い。


(少し走るか)


 大きなフクロウに、とんでもない大蛇に、極めつけは巨大な龍である。他に何が棲んでいるか分かったもんじゃ無い。


(早く抜け出さないと・・)


 命がいくつあっても足りなくなる。


 俺は、自慢の俊足で疾走を開始した。

 よく見ると、樹々は大きく、下草なども見たことが無い種類のものがある。やっぱり町の近くの森とは違うらしい。

 200メートル走っては足を止めて物音に耳を澄ませ、また走る。緊張感で顔は強ばったままだ。


 しばらく走ると、行く手に、岩肌に苔の生えた絶壁が聳えていた。見上げても頂きが見えないほどの高さだ。右か左へ岩山沿いに迂回するしかなさそうだが・・。


(・・右かな?)


 何の根拠も無く、右を向き岩肌を左手に見ながら走った。

 何かに追われているような切迫した心地で、きょろきょろと落ち着き無く周囲を見回し、ちょっとした物音に急いで身を屈めて短槍を構える。


(うぅ・・何かついて来てる)


 先ほどから、付かず離れず、足音が追ってくるのだった。まだ全速力は出していないが、恐らく、全力で走っても追いつかれる。足音からして、2本足では無い。山犬の足音とも違う。


(・・げぇっ!?)


 樹々の合間を走っていたら行く手が拓けて、唐突に断崖が現れた。夜なら分からずに落ちていたかもしれない切り立った絶壁である。


(嘘だろぉぉぉ・・)


 雲が、手の届きそうな高さを流れていた。

 やや灰色がかって見える雲だ。


(・・まさかの?)


 流れる雲の隙間から断崖の下方へ目を凝らすと、広大な樹海が果てしなく拡がっている様子が見て取れた。

 遙かな遠方に、ぽつんと不自然に拓けた場所がある。


(町・・かな)


 直線で10キロくらい先だろうか。もうちょっと遠いかな?濃緑色の絨毯のような樹海の中で、そこだけが白っぽく地面の色が見えている。


(ぁ・・しまっ・・!?)


 断崖からの光景に気を取られて、背後から忍び寄ってきた気配への対応が遅れてしまった。

 咄嗟とっさに体を沈めて、襲って来た気配に俺の方から身を寄せる。

 この動きが命を救った。


(く・・蜘蛛っ!?)


 視界をかすめて過ぎた毛むくじゃらの脚をくぐり、俊足を生かして相手の背後へと駆け抜ける。


 そろそろ慣れろと言いたいところだが・・。


(嘘だろ・・)


 大型トラックのような蜘蛛を前に、俺はあんぐりと口を開けたまま喉が引きれたような呻き声を漏らした。


(蜘蛛って、走って襲って来るの? 網で待ち伏せじゃないの?)


 混乱した頭に疑問が飛び交う。

 もしかしたら、蜘蛛に似た別の何かなのだろうか?


 抱きつくようにして突進してきた蜘蛛の脇へと踏み込みながら、短槍の先で距離を測りつつ円を描くように位置を変える。右へ動けば右へ、左へ動けば左へ・・。回って振り向こうとすれば追随して回り、正面をずらして密着し続ける。


 この程度の体格差で、1対1なら・・。


 おれの、なんちゃって合気道で対処できる。部活では他の運動をすすめられるくらいの腕前だったのだが、運動・合気道という卑怯技によって、超・達人の域に達している。冷静でさえ居られれば、たぶん相当強い。


 強引に体をぶつけようとしてきた蜘蛛の脚めがけて、試しに蹴りを放ってみた。雷兎の蹴脚というやつだ。

 重たい砂袋を蹴ったような衝撃があったものの、蜘蛛の脚は折れなかった。森の樹々より丈夫らしい。


(動きは速くない・・しっかり見えてる。でもね・・)


 たぶん、このままだと蜘蛛が何かの技をやって来る。兎が光って突進したように、熊が毒をいたように・・。


 やられる前に、やる!


 果たして、蜘蛛の体を覆う繊毛が逆立って淡い光を放ち始めた。一番前の脚2本を持ち上げ、口の辺りでギチギチ・・と硬い物をこする音をさせている。


 するりと斜め前へ、何かを構えている蜘蛛の側面に踏み込むなり、


(破城角っ!)


 巨大蜘蛛の横腹に頭突きを喰らわせる。重たい衝撃と共に弾き返されつつ、


(一角尖っ!)


 突撃技を重ねて発動した。

 何かをやろうとしていた蜘蛛が、俺の頭突きで姿勢を乱して動きを止めていた。



 ・・2・・3・・4・・・



 ようやく向き直ろうと脚を動かした巨大な蜘蛛めがけて、額の白角を白々と輝かせながら頭から突っ込んで行った。そして、蜘蛛を粉砕しつつ、勢い余って断崖絶壁から飛び出していた。結城浩太は、大空へ舞った。



「ふ・・・ふぁぁぁぁぁーーーーー」


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