第20話 ゴー・フォー・ブロークン!


 模写技のことを切っ掛けに、俺は自分の持ち物や能力について、しっかりと把握することにした。

 フクロウとの戦いの後で見つけた洞窟に篭もり、持ち物を一つ一つ確かめ、能力を確かめていく。どうしても自分で判断できない事は、精霊を呼び出して訊いた。ひたすら黙々と確認をする作業に没頭した。幸い、食糧は手に入れていたし、洞窟の奥には水が滲み出て水溜りを作っている場所があったので引き篭もるには都合が良かった。


 引き篭もって7日目、洞窟の入り口に撒いていた警報撒菱マキビシが炸裂した。


 その日、俺は死んで蘇ったところだった。スペアの命をロストしたのだ。具体的には、一角尖を失敗して岩肌に顔面から激突、粉々になって壁のシミになったのである。

 ちょうど蘇ったところで、警報マキビシが鳴ったのだった。

 何かが侵入してきたらしい。



(運が良いのか悪いのか)


 短槍を手に侵入したものの排除に向かう。出口も入口も1つだけ。排除しないと、どこにも逃げ道が無い。


(よろしい、我が奥義の餌食にしてくれよう!)


 俺は意気揚々と迎撃に向かった。


 そして、大急ぎで逃げ戻った。


 まず、相手が規格外に大きかった。

 ワニっぽい何かが、洞窟の入口から顔を突っ込んでいたのだ。

 そう、顔だけだ。

 顔しか入らずに頭半分くらいでつっかえている。


(なななな・・なんじゃ? なに・・なんなの? あれ、なぁーに?)


 俺は完全にパニックにおちいった。

 凄まじい迫力だ。生きている巨大な爬虫類の顔を間近に見たのは生まれて初めてだ。大恐竜展で見た、どんな恐竜よりも大きく厳つかった。


 眼の玉だけで、俺くらいあった。

 金色の眼にある瞳だけで、俺の背丈くらいの・・。


 結構な広さの洞窟なのだ。仮に、大きな熊が入ってきても余裕で追い駆けっこが出来るくらいに広い洞窟なのに、頭だけでつっかえるとか・・。


(ぇ・・なにあれ? あんなの居るの? なんで、あんなの来るの?)


 意味が分からない!


 有り得ないだろ? あれって、龍? ドラゴンってやつ?


(怪獣じゃないか! ビルよりデカイでしょっ! 何階建てっ!?)


 岩陰に飛び込み身を縮めて息を殺しているが、突き入れられた巨大な鼻先が見えている。ゴツゴツと岩のような鼻面だ。あまり見たくないが、わずかに開いた口から太い牙が並んでいるのが見える。


 誰だ、奥義がどうとか言ってた奴っ! 俺様、無敵じゃね?とか、何勘違いしちゃってんの? 馬鹿じゃないの?


 小っちゃな槍でどうすんの? 槍が根元まで刺さっても、ゴツゴツしたコブも突破できないじゃん!


 戦えません。無理で御座います。


(・・・なんで、いつまでも顔突っ込んでんの? ここに美味しい物はありませんよぉ~? もう、さっさと他所へ行ってよ!)


 真っ青な顔で震えながら、とにかく物音を立てないように息を殺している。


(ぐっ・・)


 腐敗臭がねっとりと漂ってきた。息をしたら肺が汚れる気がするくらいの悪臭だ。生き残ったら、洗精霊を呼んで体も服も洗濯して貰わないといけない。


 鼻息なのか、口からの息なのか、洞窟内の空気が動いている。


(ぉ・・)


 飽きたのか、諦めたのか、巨大な龍の顔がわずかに下がった。隙間から外の陽が差し込み、洞窟内に舞った土埃がきらきらと輝いて見える。


(帰れ、帰れ・・)


 祈るような想いで床に落ちた影を見つめる。


 だが、おかしい。


 どこかで、ゴロゴロと重たい物でも転がしているような音が聞こえ始めた。洞窟内には、そんな音を立てるものは無い。

 あるとすれば・・。

 そうっと音がする方へ眼を向ける。


(・・ぅひぃっ?)


 危うく悲鳴をあげかけた。

 

 洞窟の入口に、横顔を擦りつけるようにして、龍の片目が洞窟を覗き込んでいた。

 窪みから少しだけ覗かせた俺の眼を、龍の巨眼がきっちりと捉えて焦点を合わせていた。


 瞳と瞳・・。


 アイコンタクトというやつだ。


(・・失礼しました)


 俺は、そっとくぼみに戻った。


 次の瞬間、洞窟内が煌々こうこうとした明かりに照らされた。その直後に起こった出来事を俺は覚えていない。



「わ・・ばあぁぁぁぁぁぁぁっーーーー」



 いきなり視界が真っ白に染まり、とてつもない激痛が全身を貫き徹したのだ。俺は、痙攣けいれんしながら眼と口をひんいて絶叫をあげていた。


 熱いし、痛いし、眩しいし・・。


 怖くて怖くて、もう終わったと思ってたのだが・・。


(うぎぃ・・い、いだ・・痛ぃ・・でもぉぉぉぉぉ)


 なんか、耐えていた。

 死んでいなかった。いや、もしかしたら死ぬかもしれない。この、バチバチした光の暴流には耐えられる。しかし、洞窟の岩壁が熱して赤く変色し始めているのだ。


「あちぃっ!・・ちょっ・・うばばあぁあぁぁ・・・あぢぃぃぃ・・」


 しびれを伴った激痛で身を痙攣させ、周囲から押し寄せる熱気に身をかれ、洞窟の中は暴走したオーブンレンジより酷い事になっていた。


「クソ、トカゲがぁぁぁぁぁぁーーーーー」


 俺は、激痛に震えながら絶叫した。

 もう叫んでいないと正気を保てなかったんだ。決して、龍のことを悪く言うつもりは無かったんだ。



 なのに、



「ぎぃぃぃあぁぁぁぁぁぁあぁーーーーー」



 光の暴流が勢いを増して洞窟内を埋め尽くした。


(だっ・・だめっ・・もう、死ぬっ・・死んじゃうっ)


 高熱に灼かれて体が火ぶくれして、シュンシュン音を鳴らし始めた。命のスペアは使った後だ。もう死亡確定である。


「・・ちくしょう!」


 俺は覚悟を決めた。


 もう、ここで死ぬ。どうしようも無い。


 最期だというのなら・・。



雷轟らいごうっ!」


 一日一回の必殺技を発動した。



 さらに、



「一角尖っ!」


 紫雷をき散らしながら大口を開けている巨大な龍の顔めがけて突撃を敢行した。






 後は野となれ山となれ・・。


   by・結城浩太





 ・・・ゴォォォォーーーーーーンン・・


 

 酷く重々しい衝突音が響き渡った。


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