第18話 被補食者
こんがり丸焼け、ご臨終・・とはいきません。
足元から噴き上がった火炎柱をぎりぎりで回避して、俺は大きく宙へ跳び退っていた。
宙に跳びながら眼は、アズマを見つめている。
あいつは弓使いだ。
空中で狙われると回避が遅れる。
狼狽えたように焼け跡を見回していたアズマだったが、ハッ・・と何かに気付いたように顔をあげた。眼鏡越しに、アズマの瞳が喜色を浮かべたように見えた。
(・・って、良い話っぽかったのに!)
俺が見つめる先で、アズマが和弓を引き絞っていた。
(ちょ・・ちょぉっ!)
無我夢中で手を振った。その手が奇跡的に矢を払い
続けて狙いを付けるアズマの視界から、しかし、俺の姿が消え失せる。
足先に触れた小屋の壁を蹴って真横へ跳んだのだ。
酔いそうなほど急激に視界が流れ去る。
時間切れだ。
アズマが追撃を諦めて地下道の入り口がある小屋へと走って行くのが見えた。
(やれやれ・・)
死ぬかと思った。怖かった。
(あいつ、容赦無いなぁ)
ごろごろと地面を転がって跳ね起きると、今度は廃村からの脱出のために走り出した。
奴隷狩りの男達が、そこかしこで吐き捨てるように罵声をわめき散らしている。
廃村に残された獲物は俺だけなのだ。
ここからが正念場だ。
「いやがったぞぉーーーー」
近くの小屋を覗いていた男が俺に気付いて声を張り上げた。
(・・ぎゃぁぁぁ)
悲鳴を呑み込みながら、右へ左へ走り回って逃げる。
それに気付いて、1人2人と手鉤や網を手にした男達が追いかけてくる。眼をぎらつかせ、脂ぎった顔をどす黒く紅潮させた男達を振り返りながら、きょろきょろと逃げ道を求めて視線を左右する。
(ぅ・・わっ!)
物陰から抱きついてきた男の腕をかいくぐって地面をスライディングして抜け、バッタのように跳んで上からのし掛かってくる男の下を横へ転がって回避する。
踏みつけてくる足を掴んで跳ね上げ、お返しに股間を踏んづけて小屋の屋根へ・・。
さらに、小屋の屋根を蹴って土塁の上へ・・。
空中で短槍を取り出して握ると、土塁の上によじ登って来た男を殴りつけて着地する。大急ぎで土塁の上を駆け抜けて北側へと移動した。つられて男達が走ってくる。
(・・居た)
北側の土塁の外、木陰に身を寄せている8人の男子高校生達を見付けた。
ちらと振り返り、追いすがってくる満身創痍の男達を確かめてから、俺は殺気立った男達を引き連れて、8人が隠れている樹々の方へ向かった。
木陰で慌てふためく顔が見える。
「悪いけど・・」
俺は短槍を手に急加速した。
雷兎の俊足をなめて貰っては困ります。
短槍の穂先で、駆け抜けざまに脛、足の甲、脹ら脛、膝・・と4人の足を骨に届くほど傷付ける。くるりとターンして、今度は別の4人の足へ槍を突き入れて回った。
「アディオス!」
悲鳴をあげて足を押さえる二条松高校の男子達に敬礼をして、俺は後も見ずに疾走を開始した。
1人追いすがろうと走ってくるのは、斥候役の男だろう。
(まあまあ速いけど・・)
ちらっと振り返り、遠くに見える男に向かってお尻をポンポンと叩いて見せると、全力疾走で夜の森を駆け抜けて行った。
(やれやれ・・)
冷や汗かきました。何が危なかったって、アズマの矢が一番危なかった。
(ふふ・・でも、足が速いってのは快感だよな。良いじゃん、兎!)
風のように軽やかに駆け抜ける爽快感に俺はうっとりと眼を和ませた。
次の瞬間、
「うぎぃぃぃぃーーーー」
俺は苦鳴をあげて身をよじっていた。
何かに体を拘束されたのだ! 凄まじい力で締め付けられ、握っていた短槍ごと左手がおかしな角度に折れて体に押し込まれている。さらに、強烈な痛みが胸に突き入れられ、太股に食い込んでくる。
「がっ・・ぁあっ」
血反吐を吐き散らし、自分の身に起きたことを確かめようと必死に首を巡らせると、
(とっ・・・鳥っ!? 鳥がっ・・・)
大きなフクロウっぽい鳥が俺を掴んでいたのだ。
俺の胸や太股に食い込んでいるのは、フクロウの鉤爪だった。
(な、なんで・・)
意識が遠退きそうになりながら、なんとかしようと身をよじるが、がっちりと掴まれていて抜け出せそうも無い。その間も、どんどん血が溢れ出ていく。
夜の森・・。
走る兎・・。
フクロウ大歓喜・・。
そんな流れだったのか。
(ああ・・とうとう、鳥の
俺は胸の中で合掌した。
その時、どこかから、ピィピィ・・賑やかな声が聞こえてきた。
どうやら巣に到着したらしい。
これから、引きちぎられて雛鳥に分け与えられるのだろう。
(俺、
高い樹の上にある大きな巣の上に降りていく。
(こうなりゃ・・あれか)
危なそうなので試してなかったけど・・。
どうせ死ぬならやってやる!
ふわっと
まだ眼が空いていないような雛鳥が賑やかに無きながら競うように口を開けている。
キョロキョロと回りを見回したフクロウが、足で捉まえている俺めがけて、鋭く尖ったクチバシで食い付いてきた。
瞬間を狙って、
「
俺は口中にせり上がった血を吐き出すようにして叫んでいた。
模写技・雷轟・・雷兎から模写した技だ。
使うと自分が被雷しそうで怖くて使えないでいた技・・。
だが、死にそうな今なら思いっきり使える。
コンマ数秒の間があって、
ドンッ! ガガァァァァァァァァァァァーーーーーーーーー
耳を劈く轟音が鳴り響いて、凄まじい数の紫雷が放射されて辺り一面を舐め回すように奔る。俺の体を中心にして雷渦が波紋のように幾重にも連なって拡がり、周囲一帯を灼き払って行った。
(なんだよ・・俺には当たらないじゃないか)
もっと早く使っておけば良かった・・。
遠退く意識の中で、俺は心の底から後悔していた。
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