第16話 高まる緊張
(う~ん、やっぱり樹の上は寝心地悪いなぁ)
熟睡は出来ないし、腰やら尻やら背中やら痛くなる。将来的にはもっと安全な寝床を確保しないと。
「ぁ・・」
大きく伸びをしたところで、地上に立っている背が高くて顔が良い男子高校生と眼があってしまった。後ろに2人、メガネを掛けた男子と、やたら背の高い女子が立っていた。
やや険のある視線を向けられて居心地が悪い。
「・・どうも」
小声で言って頭を下げつつ、ちら・・と、3人の持っている武器に眼を向ける。
持っているのは、剣、弓、剣。
メガネの男子が弓だ。
土塁の外に連れて来ているってことは、頼りになる2人なのだろう。
これ降りたら攻撃されるのか?
枝の上で、じっと3人を見下ろしたまま降りるのは止めた。
「君は、向こうの樹に居ると言っていただろう?」
「あの樹の近くと言っただけだろ?」
すぐ近くじゃないかと、50メートルほど向こうの樹を指さす。
「君は・・ヤマグチ達・・町へ来たという8人とはどういう関係なんだ?」
メガネの男子が
「ゴブリンに襲われて逃げてきた8人に、オオタという人の話を聴いてみただけ。あの人とは、こっちへ拉致された時に少し話をしたからね」
どうやら、あの8人と何かあったようで、3人とも表情が硬かった。
「あいつらと何かあった?」
「女子と・・ちょっとな」
「そっか・・運転手が気に入らないとか文句言ってたけど」
8人とした会話内容を思い起こしてみるが、ひたすらバスの運転手に対する文句しか言っていなかった気がする。
「・・確かに、あの人とはぶつかることがあったが、だからといって何をやっても良いというわけじゃない」
「まあ・・部外者の俺がとやかく言うことじゃ無さそうだね」
どうせ、埋葬が終わったら立ち去るつもりなのだ。首を突っ込むような事じゃないだろう。
「それで? 降りてこないの?」
美男子君と同じくらいの長身の女子が口を開いた。たぶん、単なる部活を超えて何かのスポーツをやり込んでいる人だ。学校名と校章が刺繍された半袖の白いポロシャツを着ているのだが、肩周りや二の腕など鍛えられて引き締まっている。
身長だけ見れば、バレーボールやバスケットボールかな?
筋トレとか半端ないからね。
「襲わない?」
一応訊いてみる。
「ああ・・外に出る時は3人以上でチームを作ると決めてあるんだ。君をどうこうするつもりは無い」
「本当に?」
「良いから、降りてきてくれ。陽が暮れる前に終わらせたい」
「・・そうだね」
空を見上げると、陽が傾き始めている。
結構な時間、昼寝をしていたらしい。
俺は3人の動きを気にしながら、するすると樹の幹を伝って地面へ降りた。
手に短槍を握ったまま、3メートルほどの距離で立ち止まる。
「慎重なんだな」
美男子が苦笑するように言った。
「貞操の心配が要るからな」
俺は周囲の物音を聞きながら言った。
どうやら罠だ。
(こいつらが・・?)
一瞬そう思ったが、理由が思いつかない。
(別口?)
この廃村の位置を知っていて、ここに俺達が居ると分かっている奴?
俺の耳が拾った物音には、重たい金属音の擦れる音、かなりの体重のある足音などが混じっている。数は少なく見積もっても30人近くだ。
俺は短槍を個人倉庫にしまって、
「ねぇ・・」
3人に近づいた。
「どうした?」
「気がついている?」
「何に?」
「あぁ・・じゃあ、歩きながらで良い?」
3人の顔を見回しながら廃村を囲む土塁の切れ目に向けて歩き出した。
俺の表情を見て何か察知したのか、3人が何も言わずに俺を囲むようにして歩く。
「結構な人数が近づいて来てる」
「・・なんだって!?」
美男子が低く声をあげた。
「あの8人か?」
メガネの男子が小声で訊いてくる。
「そんなもんじゃない。たぶん、30人くらい」
耳で拾っている情報を細かく伝えた。
「凄い・・聴力だ」
「俺は、この耳で生き延びてきたから」
雷兎の耳は伊達じゃないよ。
誰だか知らないが、夕暮れくらいには廃村を囲む位置にまで来るだろう。
「南側から?」
女が声を
「そうだね・・・でも1人、足が速いのが近づいて来る」
俺の方が速いけどな・・。
そこそこ良い足だ。足音をあまり立てていない。しかし、着ている服が草に当たり、風を揺らしている。
「どっちから?」
メガネの男子が訊いてくる。
「こっち、真っ直ぐ・・」
「距離はどのくらいだろう?」
「う~ん・・そろそろ50メートルプール・・じゃなくて、50メートル」
距離を測る目安で、25メートルプールと50メートルプールを思い浮かべているのだ。
「偵察だな。急ごう」
美男子が先導するように小走りになった。
「・・って、俺、このまま入っちゃって良いのか?」
「外でどうするの?」
「え? 見物? じゃなくって、ほら・・応援的な」
「協力してくれる?」
女が身を折るようにして声を掛けてくる。身長差があることの現れだ。とても悲しい。
「・・人殺しは嫌だなぁ」
俺はぼやいた。
「そういう・・そんな事になると思ってるんだね?」
「なるでしょ? 刃物持った奴が30人も散歩に来ないでしょ?」
「・・そうだね」
簡素な門扉を開けて廃村の中に入ると、女子が集まって待っていた。男子は2人しかいない。廃村で暮らす16人中、男子は4人だけという事か。
「どうした?」
長身美女が表情を引き締めながら出迎えた。
「武装した集団が迫って来ているらしい」
長身美男が詳細を伝える。
「みんな、時間が無さそうだ。まず、ここに残るか、退去するかを決めよう」
美男子が仕切りを入れた。案外、できる男かも知れない。
離れた場所で聴いているが、意外なくらい建設的な意見を出して話し合っている。仕切り役は、長身美女と長身美男だ。想像していたのとは違って、2人が自分の意見をゴリ押ししている様子は無い。
(ふうん・・)
色々と悔しいが、天は2物も3物も与えたらしい。
「ところで、彼は?」
長身美女が俺の方を向いた。
「協力をお願いしようと思う」
長身美男が言った。
途端、全員の視線が俺の方へ注がれた。
「ええと・・・」
まだ、やるとも言って無かったんだけど・・。
「ボク、悪いニンゲンじゃないヨ?」
にこやかに挨拶をしておいた。
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