第15話 ご近所挨拶


 俺の杞憂・・というか、気の回しすぎだったらしい。

 少し自分が上手くいったから、他のみんなを助けないと・・とか勘違いしちゃってたが、廃村で暮らす同学年の男女は、堅実に守りを固めながら、実に手堅く暮らしていた。


 魔法を使ったところを見たけど、それはもう・・とても格好良かった。


 詠唱のために、10秒くらいかかるけど、その後に飛び出す火球は素晴らしい。20頭くらいの山犬の群れが、たった3発で散り散りに逃げていったほどだ。たぶん、山犬の半分は焼け死んでる。


 体格の良い男子が前に出て剣で動きを牽制し、女子達が魔法を撃ち込むという連携だった。これが、ちょっと憧れるくらいに綺麗に決まる。


 ゴブリンに殺されたメンバーはどうしちゃったのか?この戦い方をしていれば、ゴブリンだって逃げ出しただろうに・・。


(まあ、あの人達が死んだって事だけは伝えておこう)


 余計なお世話だと怒られそうだけど・・。

 人が死んだんだし・・。



 そういう訳で、


「こんにちは~~」


 俺は土塁の外で声を張り上げていた。


「誰か居ませんかぁ~~」


 居るのは知ってるけどねぇ。


「港上山高校の2年、結城浩太と言いますっ! 誰か居たら、ちょっとお話ししませんかぁ~~?」


 まさかのガン無視? こんな女顔した小っこいのにビビってんの?


「ボク、悪いニンゲンじゃないヨ?」


 あまりに反応が無いので、ちょっぴり可愛らしく言ってみる。


黙殺ムシかよぉ・・・」


 さすがにこれは無いだろう。

 こっちは、たった1人だぞ? 警戒するにもほどがあるでしょ?



「ええぇ~、港上山高校2年、結城浩太ぁ、結城浩太ぁ、ご近所のアイドル、港上山高校の英雄、結城浩太ぁ、結城浩太が参りましたぁ! ありがとうございます! ありがとうございます! ご声援ありがとうございます! 結城浩太ぁ、結城浩太ぁ、皆様のために森の平和を守っております! 結城浩太ぁ、結城浩太ぁ・・」


 以前にバイトで吹き込みをやった選挙カーの沿道放送も通用しない。

 なかなか手強い奴等だ。


 良いだろう。

 ならば、爆弾をぶち込むまでだ。

 無視できなくなる爆弾をなぁっ!



「ええぇ~ ゴブリン集落で、男の人やら女の人が死んでましたよぉ~ 鍋で茹でられていましたよぉ~ 焚き火でくるくる回し焼きされてましたよぉ~・・・」


 果たして、静まりかえっていた小屋の一つから、少女が飛び出して来た。制止の声をあげながら、背の高い少年が追って出てくる。


(・・ありえん)


 同じ学年の高校生とは断じて認めたく無い女子であり、男子であった。


 すらりと背が高く、すらりと手足が長く、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでる。まんま八頭身である。おまけに眼がくっきりと印象的な美貌・・。


(いかんでしょ・・これで女子高生とか・・同級生、こいつの横に立ちたくないでしょ)


 あえて、男子の方を見ないように意識しつつ俺は嘆息した。


「おいっ、君!」


 男の方が声を掛けてきた。


(うっわ・・君とか呼ばれちゃったよ、ビビるわぁ)


「君っ?」


「え・・ああ、はい、君じゃなくて、結城浩太。こっちだと、コウタ・ユウキ。こんにちは」


 努めて見上げないように頑張りつつ、俺は和やかに挨拶をした。同級生を見上げるとか悔しいし、首が疲れるからね。


「ユウキ君、さっき、人が死んでいたと言っていたね?」


 そっちは名乗らんのかい!


「うん、10人」


「じゅっ・・10人!?」


「町に来た8人は、こっちに戻ったかな?」


「8人・・」


「カミヤマという人と、オオタって人がゴブリンに殺されたらしい。それで町の方に逃げてきたんだってさ」


「・・それ、本当なの?」


 黙って聴いていた美人女子高生が訊いてきた。キツイ眼を向けて剣を構えるのは止めて欲しい。とても様になっているけど・・。


「まあ・・カミヤマって人の事は8人に聴いただけだから本当かどうか分からないな。でも、オオタって人ならゴブリンが持ってたから・・この眼で見て確認したよ?」


 俺は、ちらと小屋の方へ視線を向けた。さっきから、破れた板壁の隙間から何人かが覗き見ている。


「ボク、悪いニンゲンじゃないヨ?」


 小屋に向かって両手を拡げて、笑顔でサービスポーズを決めておく。


 途端、やけに上の方で咳払いが聞こえた。初対面の男子を君呼ばわりする男だ。

 実に怪しからん。同じ学年で、俺を30センチも上から見下ろすとは・・。


(いったい、何を喰ってやがりますか? ご教授頂きたい!)


 俺は推定身長185センチ超の男子高校生を見上げた。

 こいつも、とんでもないハンサムボーイだったぜ。完敗ってやつだな・・。


「悪いが、僕達は色々と大変な目にあっていてね、君を信用する訳にはいかないんだ」


「ああ、はい。そこは良いから。ただの挨拶なんで。住む気無いし」


 俺はうんうんと頷いて、


「誰か、死体の確認をやってよ。せっかく持って来たんだから」


 次の爆弾発言を行った。


 これには、さすがの美男美女も言葉を失って固まった。


「外に並べる? それとも、ここで出そうか?」


 ここは、ペースを握って追い込んで行く。


「そうか・・個人倉庫は死体を収納できるんだね?」


「うん」


 まあ、普通は知らないよな? でも、魔物や獣の死体が収納できるんだよ? 人間だって同じ事だろ?


「・・ここはちょっとな・・できれば、外に」


 まだ困惑気味に考えを纏めようとしている美男子に向かって、


「埋葬用の穴を掘りたい。1人で掘るのは大変だから手伝って欲しい」


 俺はやや強めの口調で申し込んだ。


「駄目かな?」


 美女の方にも視線を向けて問いかける。


 これで駄目なら仕切り直しで、後日に再戦だ。

 絶対に1人で穴掘りはやらんぞ!


「分かったわ。墓地は、こちらで用意します」


 先に答えたのは、美女の方だった。


「どこに?」


「この村の中ね。場所はみんなと相談して決めるわ。準備が出来たら呼ぶから、それまで村の近くで待機していて貰える?」


「おいっ、それは・・」


「じゃあ・・」


 俺は土塁の外側で、目立って大きい樹を指さした。


「あの樹の近くに居るから準備が出来たら呼んで」


「ま、待てっ! その死人は、本当にうちの学校の生徒なのか?」


「そうなんじゃない?」


 俺は、個人倉庫から男女の死体を1体ずつ取り出して地面に並べる。


 途端、小屋の方で悲鳴が上がった。


「誰だかは分からないけど、あんた達の学校の制服だろ?」


 蒼白になって悲鳴を呑み込んだ美男美女を見ながら、再び死体を収納した。


「じゃ、早く埋葬してあげた方が良いと思うんで。穴掘りよろしく」


 声も出ないまま立ち尽くす2人に手を振って、俺は廃村を出ると大急ぎで樹に向かった。

 あの様子なら時間が掛かりそうだ。

 夜になる前に、寝床にする樹を見付けておいた方が良いだろう。



(しっかし・・なに? あの美男美女・・あれじゃ、揉め事だらけだろ?)


 こんな、いつ死ぬか分からないような世界だと、種を残したい本能に支配された一般ピープルが大挙して押し寄せただろう。死ぬ前に、せめて・・と、日本では我慢していた熱い想いを、無理矢理にでも・・と夜討ち朝駆けで突撃する男子、女子が大量発生したとしても不思議じゃない。きっと、毎日が貞操の危機だったに違いない。それについては同情するが・・。


 同じ学校の女教師や生徒、バスを運転してくれた運転手やバスガイドさん・・そりゃ色々あったでしょ。

 行動を別にしたくらいなんだし、感情的に許せないような事もあったと思うよ?

 でも、死んじゃったんだから、生前の事は水に流して供養してあげようよ。

 いや、死んでも許せないような事があったのかもしれないけども。

 埋葬くらいしてあげれば良いじゃん。


 石を並べて小さな竃を作り、落ち葉を集めた上に乾いた小枝を折りながら置き、さらに太めの枝を見つけて、拾い物の剣で切り込みを入れて、適当な長さに折っていく。それから着火棒で火を着ける。

 手慣れた作業だ。

 燃え上がった落ち葉や小枝の上に、折って置いた太めの枝を2本、3本と置いてから串でさしておいた肉を取り出して竃の周りに刺して並べる。焼くというより、熱で炙る感じだ。


(もう、これで最後かぁ)


 巨大な白兎の肉は既に完食している。今焼いているのは、大きな黒い熊の肉だが、あんなにあったのに、とうとう無くなってしまった。


(内臓の煮込みも美味しかったなぁ)


 人間、追い込まれれば、なんだって食べられるものだ。いや・・ゴブリンは無理でした。

 最近では、青汁っぽい草のジュースが気に入っている。ゴブリンキャンプで擂鉢すりばちを手に入れて、少し食生活の幅が拡がったのだ。葉の裏についていた毒のあるコガネ虫に気づかずに一緒にり潰したりして、死にそうな思いを何度かやったが・・。


(うん、美味い)


 筋切りが無意味なくらいに硬いが、美味い。あごが鍛えられる美味しさだ。

 だからと言って、もう一度、あの熊に挑戦しようとは思わないけど・・。


(えへへ・・やっぱ締めは団子でしょう!)


 みたらし団子が美味すぎて辛い。もう、結婚したい!


 幸せな余韻に浸りつつ、その辺の草を煮出したお茶で一服・・・。


(ふうぅぅ・・不味いぜ)


 苦味と酸味のコラボが破綻している。あの草はもう2軍降格だな。


(げ~り~・・来ちゃうか?)


 嫌な予感がするので、倉庫に貯め込んである木の実を取り出して齧っておく。

 茶色いドングリみたいな見た目だが、茹でた枝豆っぽい味がする。某有名な整腸剤もビックリな効き目で、七転八倒する嘔吐、胃痛、腹痛、待った無しの下痢まで、問答無用でピタリと鎮まるのだ。

 これまで何度も命と尊厳を救われてきた。これからも救ってくれるだろう。人生のパートナーという奴だ。


(さてと、もう肉は無くなったし・・あ、目玉が残ってたっけ?)


 いや、とにかく食料不足待った無しだ。

 妙なお節介心が湧いて、埋葬がどうとかやってるが、よく考えたら空腹の危機に瀕している。狩猟をやらないと・・。腹が減って動きが落ちてからでは遅いのだ。


 狙いは、鳥だ。

 場所の当てはある。


 少し前に木に登っていて鳥の巣を見つけた事がある。あの時、頂いた卵はとても濃厚で美味だった。

 卵があるということは、親鳥が居る筈だ。巣に罠を仕掛けておけば、かかるかもしれない。


(まだかな?)


 1時間くらい経った気がするが、あの顔の綺麗な2人は、ちゃんと穴を掘ってくれているのだろうか。

 俺は、お腹が膨れてきたので昼寝をしておきたいのだけど・・。


 洗精霊に歯磨きをお願いしてから、俺は昼寝に向いてそうな手頃な樹を探して周囲の散策を始めた。


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