第6話 狩猟は、苦行・・。


「うぅ・・」


 酷く息苦しい状態で、俺は眼を覚ましていた。



(・・夜?)


 辺りは真っ暗だった。


(いや・・)


 なんだこれは? 何かにのしかかられている。圧し潰されるように・・何かの下敷きになって倒れていた。


「ぁ・・」


 これ、あの巨大な白兎だ!


 雷に撃たれて、なんか針っぽいので腹を刺されて、それで・・。


(こいつが角を光らせて突進してきたんだ・・けども?)


 俺、なんか生きてる? 息苦しいだけで、体の痛みは無いような・・?


(・・まだ温かいけど・・鼓動みたいなのは聞こえないな)


 恐らく、白兎の腹の下だろう。懸命に手足を動かし、身をくねらせて下敷き状態からの脱出を図った。



「でかっ!」


 何とか脱出しての最初の感想だった。


 どこかの動物園で見た象よりデカイ。というか、こんな大きな獣を見たのは初めてだった。


 背中によじ登ってみると、前脚の付け根の脇に短槍がほぼ柄元まで突き刺さっていた。

 落ちた時に刺さったのだろう。


(・・で、電気みたいなので・・腹も刺されたよな?)


 道着は焼け焦げ、大穴が空いた上に鮮血で生臭く湿っていた。


(なんで生きてるの?)


 しばらく首を傾げるが・・。



(あぁ、そうか!)


 すぐに理由に思い当たった。


(俺、命が2つあったんだった)


 どうやら、貴重な命のスペアを使ってしまったらしい。


「あぁ~あ・・」


 勿体無いなぁ・・と、ぼやきつつ、両手両足を踏ん張って、兎の巨体に埋まった短槍をぐりぐりと揺すりながら引き抜く。



「・・どうすんの、これ?」


 小山のような兎である。俺は、これをどうするべきなのか。


(内臓とか・・肉を貰う? いや、こんなの喰えるの?)


 大きくて真っ白な角とか採っておけば高値がつきそうだが・・。まだ温かい兎の死体の上を移動して、頭の上に立つと手にした短槍でコツコツ・・と角を小突いてみる。


(・・いける?)


 さしたる根拠も無く、俺は短槍を思いっきり振りかぶって付け根めがけて体当たりにぶつかった。とんでもない衝撃が跳ね返って短槍を取り落としたが、



 パキンッ・・



 という硬質な破砕音が聞こえ、大きな白角が根元から折れて地面に転がり落ちていった。


(・・ってぇ・・)


 手がひたすら痛い。肘や肩まで痛い。


(やれやれ・・)


 兎の頭に座ったまま、頭上の太陽を見上げて嘆息した。

 じっとして動かなければ体の傷は治る。手足の痛みは、わずか数分で収まった。


 個人倉庫に収めるためには、解体して部位にしなければならない。例え死んでいても生き物を丸ごと収納する訳にはいかないのだ。

 イメージとしては、毛皮、肉、爪、牙・・など素材に別ければ良いのだと思う。

 まあ、厳密な線引きがどうなっているのかは知りようも無い。あれこれ試してみるしかないだろう。


(とりあえず、陽が暮れるまでに、やれるところまでやって・・)


 それでも駄目ならあきらめるしか無いだろう。


「おおっ!」


 地面に落ちた角は、嘘のようにあっさりと倉庫に収納されて消えた。


 血脂でヌルヌルする短槍を苦労して握り、肛門側から槍穂の刃を使って獣皮に切れ目を作ろうとしたが、すぐに諦めた。獣皮が硬すぎて無理だった。


 解体方法は、智精霊から聞いていたが、これはたぶん例外的な奴だ。

 大型獣の解体方法が、まさか兎に適用されるとは思わなかったが・・。


 しばらく考えて、


(・・やってみよう)


 俺は決心を固めて短槍を握った。


 獣皮がとにかく硬いので、後ろの穴から内臓を引き摺り出し、内臓の代わりに中に潜り込めば内側から肉が採れるだろうという考えだ。


 これほどの巨体で無ければ考えつきもしない方法だったが、巨体故に、後ろの穴もまた・・。


 色々な意味で忍耐の必要な作業になったが、とにかく腸を引き摺り出すことに成功し、胃みたいな物をウーウー唸りながら渾身の力で半分くらい肛門の外に引っ張り出した。


「もう無理・・」


 取りあえず、胃っぽい部位を切断してみることにした。


(おっ・・?)


 獣皮と違って、内臓は意外なくらいに柔らかかった。


「・・って、アチチッチチ」


 胃から溢れた体液っぽい何かが体にかかって白煙を上げ始めた。

 変な踊りを踊るように飛び跳ねて痛みが収まるまで我慢する。

 とにかく、じっとしていれば治るのだ。

 それが、<適性化>の効果なのだから・・。



「ふうぅぅ・・」


 ようやく痛みが引いたところで、再び胃袋に挑む。


「ぐっ・・いっ・・だぁぁぁぁーー」


 また飛び跳ねる。


 この繰り返しになった。それでも、最初ほどの液体は残っていない。



「・・よし」


 胃袋を片付けてからは作業が楽になった。

 猛毒だったらしい血で溺れかけたりしたが、とにかく、じわじわと作業は進んで、獣皮の内側から掘り出した肉や内臓が巨大な兎の周りに積み上げられていった。


「こんなもんで・・どうかな?」


 肉や内臓をすべて収納してから、俺はぺなん・・と、頼りなくへこんだ巨大な白兎の皮を見回した。頭蓋骨、たぶん脳味噌、背骨やら肋骨やら・・は残っている。もうちょっと頑張れば剥製はくせいが作れそうな状態だった。


(もう無理だけどぉ・・)


 そろそろ陽が暮れそうだ。正直、気分的にもきつくなってきた。


「収納できるか・・・できたっ!」


 ついに、巨大な白兎の毛皮(頭やら骨やら色々残留したもの)が倉庫の中へと収納されて消えてくれた。倉庫の中では時間が停止している。腐敗は進まない。いつか、どこかで、きちんと処理して貰えば良い。



「さて・・」



 今度は木登りである。

 兎の毒血を垂れ流したせいか、何も近寄って来ていないが、夜になればどうなるか。


 最初に登った時に樹の幹に刻んだ窪みに手を掛け、足を掛けながら、上方にある横枝まで登りきってから、俺は深々とした安堵の息をついた。


 なかなかハードな1日でした。


 小枝に引っ掛けてあったスポーツバッグをちらと見て、取りあえず着ていた胴着やら下着やらを全部脱いで倉庫へ収納する。どうせ誰も見ていない。スポーツバッグの中にあった少し汗臭いタオルで血やら汁っぽい脂やらで汚れた体を拭い、部活の日に着替える予定だった下着や肌着、学校の制服を着る。

 港上山高校は、黒いズボンに黒い三つボタンのジャケット、白シャツにブルーのネクタイだ。まあ、今はネクタイまでは絞めないが・・。


(あ・・忘れてた)


 小腹が空くので常備しているカロリー○イトのチョコレート味がバッグに2箱入っていた。1箱を倉庫に収納し、もう1箱を開けて貪るように食べた。

 喉が渇いたが、まあ我慢できる範囲だ。

 巨大兎の体内に潜っていた時に、色々なエキスを飲むはめになったのだ。一晩水を飲まないくらい問題無い。


(あぁ・・頭がガビガビだよ)


 明日、道中で川があれば水浴びがしたい。

 自分が嫌になるくらいに臭かった。


(あぁ、日本に帰りたいよぉ・・)


 ぐったりと幹に寄りかかりながら、俺は項垂うなだれるようにして寝息を立て始めた。


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