2-3 魂は人間の内に宿る

よむ子:魂は人間の内に宿るの?


A:『神との対話』では、魂が人間を包んでいるといっている。オーラって聞いたことがあるよね。


よむ子:あるわよ。


A:オーラがイメージ的には魂に近いといっている。人間は魂を運ぶ乗物みたいなものなんだ。


よむ子:乗物……。


A:魂が、ある神性を体験したいと望むと、神と共同して体験するのに必要な出来事を、人生の中に用意するんだ。魂が発案し、神が備えるといってもいいかな。そして人間がそれを体験する。


よむ子:精神はそれに気付かないの。


A:それに気付くことのできるのは、マスター(師)といわれる人だけだといっているよ。


よむ子:マスター……?


A:高度に霊性が啓発された人、例えばイエスキリスト、釈尊などをそう呼んでいる。マスターでないと魂の意図は読めないんだね。


よむ子:普通の人は、それを知らずにやってるということ?


A:そう。本質的にいうと、自分の魂が神と共同して、人生の出来事を用意しているんだ。よくいうだろ、自分が自分の現実を創りだしているって。


よむ子:聞いたことはあるけど、そういうことなの……。


A:人生を演劇に例えると分かりやすいかな。


よむ子:舞台でやる劇のこと?


A:そう。自分が演劇の主役だ。魂は脚本家で、神はプロデューサーといえるかな。神は魂の書いた脚本にそって、劇団員、舞台装置などをそろえる。


よむ子:神様はうらかたさん……。


A:劇の中で主役が演技していると、舞台の袖で待っていた脇役が登場し、主役といろんな演技をする。そして何か台詞(せりふ)を言って退場する。それが人生での人と人との出会いだというんだよ。


 共演する劇団員は、魂の友だち・ソウルメイトということができるね。


よむ子:ソウルメイト?


A:魂はグループ(ソウルメイト)を作っていて、グループで協力して神性の体験をしようとしているんだ。


『神との対話』では、「小さな魂と太陽」の例え話で、このことを説明しているよ。


┌---《神との対話3-P421》(一部省略)


神:1冊めの対話のなかの、小さな魂と太陽のたとえ話を覚えているかな?あれには続きがあるんだよ。こうだ。


「神性のどんな部分を、自分として経験したいかな?」


「自分で選んでいいんですか?」小さな魂はたずねた。わたしは答えた。「そう。自分のなかで、自分として、自分を通して、神性のどんな部分を体験するか、選んでいいよ」


「わかりました」と小さな魂は言った。「それじゃ、わたしは赦しを選びます。神のなかで、完璧な赦しという部分を体験したいんです」


さて、想像がつくだろうが、これは少々やっかいな問題を生んだ。誰も赦すべき相手がいなかったのだ。創造されたものはすべて完璧であり、愛だったから。


「わたしより完璧でない魂は見つかりません!」小さな魂は叫んだ。「それじゃ、誰を赦したらいいんでしようか?」


そのときひとつの魂が群衆のなかから進み出た。「わたしを赦せばいい」と、その友好的な魂は言った。


「あなたのつぎの物質的な人生に出かけていって、何かをするから、それをあなたが赦せばいい」友好的な魂は答えた。


「しかし、どうしてそんなことをしてくれるんですか?」小さな魂は、これほど完璧な存在が「悪い」ことをするために、わざわざ振動をスロ-ダウンさせようとするのはなぜなのか、はかりかねた。


「簡単だよ」友好的な魂は説明した。「あなたを愛しているからするんだ。あなたは赦しとして、自己を体験したい、そうなんだろう?それにあなただって、同じことをしてくれたじゃないか」


「それぞれが神の最も偉大な部分を体験しようとみんなで決めているんだ。」


└----------


〈つづく〉

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