第4話

 次の日、レイナは新しい眼鏡をかけて学校へ行った。

 真っ先に沙織を探す。沙織の表情を見ると、淡く黒いもやがかかっている。次の瞬間、沙織がボールに当たってメガネが壊れる情景が浮かんだ。一時間目は体育だ。

 あの店員が言っていたのは本当だったのか。

 そうなると次の体育のドッチボールで沙織は怪我をする。早く私が何とかしないと。

 一瞬でもそんな考えが浮かんできた自分にレイナは嫌気がさした。しかし私には関係ない事なのだ、と思いつつも視線は鏡の方を向いていた。やはり新しい眼鏡にしても、自分の感情は読み取れないようだ。いつのまにかレイナ自身は自分で自分の気持ちがわからなくなっていた。


「ボール増やすよ!」

 先生がそう言うと、みんなは一気にオレンジ色に染まった。しかしその中で一人だけ色が見えない人がいた。レイナだ。やっぱりあの学級委員選の事が原因だろうか。

 考え事をしていた沙織の目の前に、突然ボールが飛び込んできた。そしてその直後、沙織の目には、倒れ込んだレイナが映った。

「大丈夫?」

 みんなが駆け寄ってきてレイナを抱き起こした。レイナは眼鏡がなくててうまく起き上がれないらしい。沙織は咄嗟に自分のメガネをレイナにかけさせた。そしてレイナの眼鏡を拾いあげ、割れていないか確認した。

 しかしそこに映っていたレンズ越しのみんなは青かった。沙織には、それが意味する事を理解するのに時間がかかった。


(レイナも私と同じメガネを使っていたの…?)


 沙織はしばらくその場から動くことができなかった。沙織には周りの音は耳に入らなかった。レイナのことで頭が一杯でゲームが再開されているのにも気づかなかった。そこへ何かを見透かしたように、先生が声をかけてきた。

「沙織さん、レイナさんは今保健室にいるからね。もし……」

 先生が言い終わらないうちに沙織は走っていた。


 保健室につくとレイナは一人だった。レイナは自分の感情を処理しきれず泣きそうになりながら、何か言いたげだったものの、二人の間でしばらくの間沈黙が続いた。やがて、

「メガネの事なんだけど」

 二人は同時に切り出した。

一瞬、間をおいて、沙織は思いたったように自分のメガネをはずすとそれを床に叩きつけた。

「レイナ、助けてくれてありがとう。私には自分が怪我をしてまで助けてくれる友達がいる。もうこのメガネなんかはいらない」

それを聞いて、レイナも自分の壊れかけた眼鏡をゴミ箱に捨てた。

「私ももうこの眼鏡で人の感情を見るようなことはしない。こんな眼鏡に操られて、自分の気持ちさえわからなくなっちゃうんだもん。」

 そう言ったレイナの表情はどことなくほっとしたように見えた。

そこへ

「レイナさん大丈夫?」

 担任の先生が入ってきた。

二人はお互いの顔を見合わせ、にっこり笑って、

「はい!」

 と、答えた。

 


 あのメガネをかけなくなってから1ヶ月。来月の合唱コンクールに向けて練習が始まり、レイナは指揮を、沙織は得意のピアノで伴奏を務めることに決まった。


 あの事件がきっかけである男子がレイナに告白し、レイナはその男子と付き合い始めた。そしてみんなでサプライズを仕掛けたりするうちに男女の一体感が生まれ、最近は学年、いや学校で一番仲のいいクラスだと言っても過言ではなくなった。


 二人は時々目を合わせる。

 そんなとき沙織はいつも思った。

私達は私達の色で勝負すればいいんだ。他の誰でもない、私達の。

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