火花を刹那散らせ
吉岡梅
火花その1
「で、
「うわ、彼氏とお母さん同席? もう嫁じゃん」
隣に座って話を聞いていた
「どこの店行ったの? やっぱりコース料理とか出てくる系?」
「違くて、和真くんち自宅で夏芽さんの手料理」
里香は天を仰いで「自宅きたかー」と言い放ち、私の方へにじり寄って来る。私は苦笑して里香を押しやると梅酒をひと口飲んだ。
「それで? 吉田家の手料理ってどんなだったの?」
「えっとね。パエリア。魚介のじゃなくて鳥肉の奴だった」
「パエリア! パエリアって自分で作れるんだ!」
「それに、じゃがいもの冷製スープ? 冷たい奴」
「じゃがいもを! スープに! しかも冷たい! 肉じゃがとかじゃなくて?」
里香は嬉しそうに「煮た事すらねー」と笑いながら、やはり私の肩を叩いてくる。
「それで、味はどうだったの? あ、緊張してて覚えてないとか?」
「別に緊張しないよ。夏芽さんすごく気さくで素敵な人だし。もちろん美味しかったよ。ハーブが効いてて、薄味というか、ヘルシーな感じで」
「いいなー」
既に耳まで赤く染めた里香は、カウンターにひじを突いて顎を乗せると、機嫌良さそうににへらと笑った。
「それで、返事はしてきたの?」
私は黙って首を振った。
和真というのは私の彼氏で、夏芽さんはそのお母さんだ。和真と私は、大学時代に、とあるイベントのボランティアスタッフ(という名目のバイト)に参加したときに知り合った。
爽やかで、物怖じせず、かといって押しが強いわけはない自然体な雰囲気の和真は、ちょっと非の打ち所がないくらい素敵だ。顔もしゅっとしていて皆に好かれている。つき合い始めてからもう3年は経つけれども、未だに、なんで私と付き合ってるのか不思議に思う時がある。つりあい的な意味で。
だから、ついうっかりぽろりと和真に聞いてしまう事がある。ねえ、なんで私なの? と。
そんなとき和真は、しまったと思う私を余所に、ベッドの隣で頭の後ろで手を組んで考えてくれる。性格かなあとか、趣味かなあとか、もちろん見た目もあるけどなあとか、いろいろと吟味しながら答えてくれ、そして決まって最後には、くるりとこちらを向いて、少しだけ困った顔で笑いながら、好きなだけじゃ理由にならない? と言うのだ。
とたんに目の前というか、目の中というか、頭の中にバチバチっと火花が飛ぶ。飛んでしまう。私は、うはあと思いながら、好きがあふれ出てしまい返事の代わりにぎゅっと抱きつく。十分です。十分でございます。
ひと月ほど前もそんな事をしてしまったのだけれども、その際、今度は和真の方がぽろりとこぼした。
「結婚しようか」
「え」
思わず顔を上げると、和真は珍しくしまったという顔をしていたのだけれども、すぐに恥ずかしそうに微笑んだ。
「えと……気持ちの整理が……保留! 保留で!」
私は咄嗟にそう言ってまた和真から隠れるように抱きつくと、和真はくすりと笑って頭を撫でてくれた。
それ以来、私の方からはその話題に触れていないし、和真も特に聞いてこない。ちゃんとしなくちゃ駄目な事なんだとはわかっているのだけど、言いそびれてしまっているのだ。
「えーまだなの? 本人だけじゃなくて家族まで良い人だったら断る理由なくない?」
「まあ、そうなんだけどねえ……」
私は頬杖を突いてぐっと梅酒を流し込んだ。
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