第92話

 ウール達の視線はイーラの連れてきた見知らぬ少女にくぎ付けになった。


 空色の長い髪、白く動きやすいドレス。メアリスを思い起こさせる身なりだが彼女とは違いハッキリと輝きのある金色の目をしていた。


 何より少女はウールを前にして複雑な表情を浮かべていた。それがどうしてもウールには引っかかる。が、ジッと見ているうちに少女の正体に気づき、ウールは「ああそうか……」と全てを悟ったように虚空を見上げた。


 彼女はかつてウール達に剣を向けた不死の少女。しかし今こうして生気を持ってここに立っている。それが意味することをウールは覚悟していたはずだった。


 メアリスが自らを犠牲にした。もうこの世にいない彼女の魂がまだこの辺りを彷徨っているのではないか。そう思っているようにウールはぼんやりとしている。


「聞いておるのかお嬢?」


「え? ああすまない」


 周りを見失うほど自分の世界に入っていたらしくウールは素直に謝るともう一度説明するよう求めた。らしくない姿にイーラは呆れ、レオは心配そうにしている。


「こやつはどうやら敵の総大将にあたるスペンサーの娘らしい。なんでも奴に利用され奴の術に操られああなっていたとか」


「違う! 操られてなんかいない! あたしは望んであの術をかけてもらって――」


「じゃが正気を失い術に飲まれてたのは事実じゃ。その結果我らに多大な犠牲を払わせ、あげくメアリスまで。随分とやってくれたのう」


 するとイーラは力づくで少女の頭を掴み床に這いつくばらせた。ベルム達は容赦のなさに止めようとするが躊躇ちゅうちょし結局何もしない。


「お嬢、こやつをどうするか決めるのはお嬢じゃ。じゃがわらわはこやつの処刑を所望する。それもただ首をはねるのではなく、恥辱を受けさせた後でな」


 少女は何も言わない。敵の手に落ちた以上甘んじて受け入れるつもりだ。しかしウールは黙ったまましばらく少女を見つめ、やがて重い口を開いた。


「……まずは話を聞こう」


「ならんぞお嬢、同情を誘うに――」


「イーラ。……分かっている。信じてくれ」


 ウールは少女を離すようイーラに指示する。イーラは大人しく指示に従うが剣のごとく鋭く突き刺さる視線が少女に向けている。しかし屈することなく彼女は立ち上がり息を整えた。


「……あたしはマリー。スペンサーの娘だ。ああなったのはさっきも話した通りあたしの意志でお父さんに頼んでしたこと」


「ふむ、父親思いで実にいい娘だな。それで人間をやめるのだからなおさらな」


「それだけじゃない。あたしはお父さんの願いを叶える手助けがしたくてああなった。お父さんは人類の繫栄を本気で考えてる。争いだらけのこのどうしようもない世界を変えたいと。でもそのためには巨大な力が必要。だからあたしは少しでも力になりたくて!」


「それで実の娘を手にかけるのだから奴はかなり狂っているな」


「お父さんを悪く! ……そうなのかもね。まともな人ならまず世界を征服しようなんて考えないから。そんな途方もなく自分を犠牲にして、無駄に終わるかもしれないことするなんて」


 ウールは小さくうなりながら目を閉じて黙り込む。それをマリーは黙って見守り次の言葉を待つ。


「お前の望みは何なんだ?」


 イーラがすぐに止めるよう言うがウールは手で制止する。


「お父さんの理想を叶えること。人類がこれからも生き続けられる、そんな平和な世界を作る。それがあたしの願い」


「そうか、平和な世界がお前の望みか。……なあマリーよ。その世界に魔族がいてはだめなのか? 魔族と人間が共存できるとは思わないのか?」


「思わない。お父さんがそう言ってたから――」


「奴の言葉ではなくお前の言葉を聞かせろ」


 語気を強めるウールに圧倒されマリーは目を泳がせる。しかしすぐに真っ直ぐと向き合い考えをまとめる。


「できる。……そう願いたい。だって皆本当は争いを望んでいないから。魔族のことを全然知らないけどきっと同じだとあたしは信じたい。だって皆生きているから。死にたいなんて誰も思っていないはずだから」


 ウールは試すように睨み続ける。しかしマリーは変わらず屈しない。そこに彼女の意志を感じたのかウールは「そうか……」と目をつむり、しばらく思案してから目を開く。


「知らないから排除しようとしている。未知のものは恐ろしいと感じてしまうからな。結局どっちも同じことか。……マリーよ、お前は魔族を排除するのが望みか? それとも平和な世界が望みか?」


「……平和な世界。争いのない世界があたしの望み」


「奇遇だな。私も根幹は同じだ。それでマリーよ、平和のために魔族を排除しなければならないか? 私はそうは思わない」


「それは……あなたの仲間になれってこと?」


「物分かりが良いな。まあそういうことだ。これを叶えるのは並大抵のことではない、だからお前が協力してくれるなら助かるしその方が賢明だと思わないか?」


 どうだ? とウールは目で問う。マリーはしばらく考えちらりとベルム達を見渡す。空気は重いがそれは恨みつらみからくるものではない。答えを、それだけをひたすら待ってるが故だ。


 やがてマリーは大きく息を吸い手をウールに伸ばした。


「分かった。あなたの思いが本当か見せてもらう」


「それはこっちのセリフだ」


 ウールは体のこともあるのでマリーに近くに来るよう促し、そして彼女の手を握りしめた。誓いのような強い握手、しかし二人とも晴れやかな表情をしていない。


「だがマリーよ、お前が味方になったとはいえ敵対していた事実と私の仲間にしていたことが消えることはない。よって殺しはしないが相応のことは受けてもらう。有無は言わせん」


「……分かってる。元々死ぬ覚悟だったから」


「物分かりがいいな」


 そしてウールはスタークにマリーを連れて王都へ帰還するよう指示を出した。これはかつてのように魔法が使えなくなりつつあったスタークの身を案じての事だ。彼も自分の体が弱りつつあるのを感じており、ウールの指示に素直に従う意思を見せるとマリーと共にテントを後にした。


 残されたベルム達もウールの「少し休みたい」という要望もありテントを出る。しかし最後にテントを出ようとしたイーラは不意にウールのもとへと引き返し顔をそばに寄せた。


「お嬢もまだまだ青いものじゃな」


「上に立つ者が民に夢を見せないでどうする。絶望を叩きつけて一体誰がついてくるというのだ?」


「ふん、盲目な民衆を味方につけるのにはたしかにお嬢くらいがちょうどよいかもしれんな。じゃが先代魔王の腑抜けっぷりが結果として自らの死を招いた。それを忘れてはおらんな?」


「当然だ。奴は全てを救おうとして死んだ。そんなものは不可能だと分かっている。だからこそ私は救えるものは救い、そうでないものは切り捨てる。イーラ、お前ほどではないが私も現実は見ているつもりだ」


 イーラはまだ無言のままウールを見つめている。するとそれを見かねたレオが二人に声をかけた。


「あ、あのさ。ウール達は平和な世界を目指してるんだよな。それなのにそれってちょっと……」


「分かっとらんガキじゃな」


「そういうやつだ」


 揃って二人に責められたレオは意気消沈しズーン……とうつむいてしまう。


「レオ、根幹はその通りだ。だが不可能なこともある。それを知ったうえで最善を尽くすことが私の信念なのだよ」


「で、でもさ。そうなんだろうけどさ。それでもやっぱり皆を救った方がいいんじゃないか?」


 イーラは徐々にいら立ちを覚えるがウールになだめられひとまず落ち着く。レオはそんな彼女を見ても主張を曲げようとしない。


「なんでお嬢がこんな奴を気にかけておるのか皆目見当がつかん」


「こういう奴も必要だと考えているからだ。そうだな、セドを長老に立てているのと似たようなものだと考えてくれ」


 ああなるほど……とイーラは一人で納得する。ウールも意図が伝わったようで安心するがレオだけは理解できていない。


「まあよい、お嬢の気持ちを再確認できてよかったぞ」


「私もだイーラ。とにかくあの小娘の処遇は後にしてひとまず今日は休め」


「お嬢こそじゃ」


 そう言い残しイーラはまだ火を点けていないパイプを咥えて外に出た。残された二人は少しの間イーラの去った後を眺めていたが彼女の忠告通り休むことにした。


 次の戦いが最後。ここまで積み重ねてきた思いを胸に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る