第91話
戦場から離れた後方に設けられた負傷者用のテント。そこにあるベッドにウールとレオは棺に入れられた死体のようにそれぞれ並んで横になっていた。
「にしてもレオ。あの技名はなんだ」
身動きもできずただ天井を見上げるだけのウールはよほど暇なのか何となくそう訊ねる。
「なんだよ、シンプルで分かりやすいだろ?」
「私のセンスからすればあれはよくない。パッとしないからな。やはり必殺技となればもっとかっこよく、相手に畏怖を与えるものでなければならん」
「でもウールのあれもないな」
「ふん、あのかっこよさが分からんとはお前もまだまだだな」
何だと! とレオは起き上がろうとするが悲鳴をあげながら悶えるだけだった。ウールはそんなまぬけな真似をする彼を笑ってやろうとしたがミイラ取りがミイラに、同じように苦しんでしまう。
「何してるんですかお二人とも」
まぬけな二人に三姉妹の中で唯一戦場に出ていないマドクスが近寄ってきた。彼女は普段のメイド服ではなく紺色のガウンを身にまとっている。
ここに彼女がいるのも回復魔法を使えるからだ。医者の手が足りない現状で彼女の存在はウール達にとっては大変ありがたい。ただし一つ問題がある。
「す、すみません……」
「いいのよ。むしろ私としてはもっと苦しんでほしいくらい」
え? と呆けた顔をみせるレオに体を寄せると容体を確認するからと彼の腹部分に手をそえる。そしてその手を使ってゆっくり押していく。
「ああああ!!!! 痛い!! 痛いですって!!」
マドクスはレオの悲鳴に耳を傾け、恍惚な顔をしたまま彼を見つめる。彼は痛みと恥ずかしさでどうにかなりそうだが動けないのでどうしようもない。そうして苦しむ彼にマドクスは手に緑色の光を灯したまま体のあちこちを触っては刺激をくわえる。その度にレオは苦痛の声をあげる。
問題。それは治療行為を楽しんでいることだ。それもやりがいがあるからではなく、治療中に患者が苦しむ姿を見れるというからだ。一応治療をしているのに加え、ごく一部の患者はむしろ喜んで彼女の治療を受けるので余計にたちが悪い。
「おいこらマドクス。私の横で変なことするんじゃない」
「変な事じゃありませんわ魔王様。これは立派な治療行為です」
疑いの目を向けるウールに対しマドクスは緑に光る手をレオの時と同じように添える。ただし彼とは違い本当に手を添えるだけで刺激を一切与えない。
「なんでウールには俺の時みたいにしないんですか? 不公平です」
「だってそんなことをすればイーラ様に殺されますから」
「……ずるい。納得できねえ」
「私からすれば患者にあんなことしてる時点でイーラの逆鱗に触れてそうなんだが……」
そうしているうちにマドクスの治療は終わった。といっても応急処置のようなもので精々痛みを和らげる程度だ。相変わらず二人は動けないし動こうとすれば痛みを感じる。それでも無いよりはマシ程度だ。
マドクスは「それではこれで。何かありましたらお呼びください」と丁寧に頭をさげ、なぜかレオに対しては扇情的な目を一瞬向ける。レオがバツの悪そうに目をそらすと彼女はクスクス笑いながら去っていった。
「ウール。俺あの人が嫌いだ」
「だろうな」
「うん。そういえばマドクスさんってイーラさん直属の配下だよな?」
ウールはああそうだと天井を見たまま呟く。
「セドさんが言ってたことがよく分かった」
「ん? あいつお前に何を言ったんだ?」
「『イーラとイーラに関わる者達とはあまり関わるな』。そう言ってた。聞いた時は単純に仲が悪いのかなと思ってたけど今はその意味がよく分かるな」
「あいつそんなことを……。そうだな、好き好んで関わっていい者達ではないな。レオは別に
「? そっちって何だ?」
「あーいや、何でもない」
レオはどうせ答えてくれないだろうとぼんやりとした返事をし天井をボーっと見上げる。ウールも彼と同じようにする。しばらくすることもない二人ははるか遠くから聞こえる戦の音を聞いていた。そうしているうちにだんだんとウールは眠くなり大人しく寝ようと目をつむる。
「なあウール」
「んあ?」
眠りに落ちそうなところで急に呼び戻されたウールは不機嫌そうにまばたきする。
「ウールはその、いいやつだよな」
「……は?」
突然褒められウールはボーっとした頭であれこれ考えを巡らせる。そして――
「欲しいものでもあるのか?」
「違う! ただ何となくそう思っただけだ」
「そうか。でもな、私はあまりいいやつだ悪いやつかどっちか二択で決めつけられるのは好きではないな」
「難しく考えすぎじゃないのか?」
「立場が立場だからな。どうしても深く考えてしまうんだ。でもまあ、お前の言葉は素直に受け取っておくぞ」
レオは嬉しそうに天井を見上げたまま微笑んだ。しかしウールは彼のしみじみとした感情を台無しにするかのように大きなあくびをしてから目を閉じた。レオは「あのな~……」とすっかり呆れかえる。
「……ありがとう、レオ」
そう言い残しウールは眠りについた。レオは何か聞きたげだったが彼も諦めて眠りについた。
♢
その後二人はしばらく眠り、目が覚めると戦いは終わりすっかり夜になっていた。
そして二人が目を覚まして早々にやってきたベルム達に戦いが勝利に終わったことを聞かされた。自軍の被害は多少あったが敵に大打撃を与えた事は間違いない。実際ほとんどの敵は殺されたか捕虜となっていた。
そうした戦いの報告を聞きながら二人は安堵のため息をつく。それはベルムも同じで「ほんとお二人のおかげですよ」とつい言ってしまうほどだった。
「いやベルム、これは皆のおかげだ」
レオもウールに同調する。ベルムは「これは失敬」と頭をかくと場は和やかな空気に包まれる。しかしベルムはすぐに気持ちを切り替え次の戦が恐らく最後の戦いであることを告げた。
「今回の戦で魔王様の力を奪ったとされる敵の総大将の姿は見えませんでした。バルログの力を過信していたのでしょうかね?」
「いんや、あやつはヘンリーと違い愚かではない。推測の域じゃが恐らくイダの剣が絡んでおるのやもしれんのう。手に入れるのに手こずっておるのかはたまた力を制御できずにおるのか……」
「何にせよ油断はできないな。まあ当たり前なんだが」
そう言うとウールはリリーが深刻な顔をしたままうつむいているのに気づき声をかけた。リリーはあいまいな反応を返すが息を整えて前を見る。
「魔王様。今回の戦場には白騎士の姿も見当たりませんでした。彼女のことですから既に討たれたなどということはないでしょう。それで次の戦が最後となるのでしたらお願い、いえ。わがままを聞いてください」
「言ってみろ」
「白騎士を見つけ次第手出しをせずに私を呼ぶか私のもとに連れてきてください。奴を殺すのは私です。誰にも手出しはさせません。私よりも先に奴を殺せば私はその者を殺します。例えそれが誰であっても」
冷静な口調だがその奥には黒く渦巻くリリーの思いがある。しかし彼女の目は暗く淀んではいない。まるでその先にあるものを見透かすかのようだ。ウールは試すように「私であってもか?」と訊ねそばで聞いていたベルム達は険しい顔をする。
「……はい。これは復讐であると同時に私にとっての清算ですから」
ウールはぼんやりと返事をする。だがリリーは間髪入れずに言葉を続けた。
「ですが私の刃はもう復讐のためだけではありません。魔王様、あなたのために。あなたとの未来のためでもあります」
リリーはウールのそばに寄ると手を優しく添える。それとは対照的に凛々しく力強い目を向ける。
「私はもう闇に堕ちません。いえ、むしろ復讐という闇を支配してみせましょう。愛を奪われ闇に堕ちた私をあなたが救い愛してくれたように、私も覚悟を示しあなたと共に生きる道を切り開きます」
リリーの覚悟を聞きウールは満足そうにする。
「もう単純に復讐だけではないのだな。分かった、それを聞けて安心した。皆に伝えておこう。ただし戦場では何が起こるか分からん。それは肝に銘じておくように」
リリーはハッキリと返事すると感極まったあまりつい握っている手の力をあげてしまう。せっかくの雰囲気はリリーの失態とウールの悲鳴ですぐに台無しになる。当然リリーは慌ててかけつけた医師とマドクスに注意されてしまう。
リリーがしょんぼりとしていると突然イーラが入ってきた。気づいたスタークは声をかけようとしたがすぐに口を閉じた。
なぜならイーラが不機嫌な顔をしたままウール達にとって見覚えのない一人の少女を連れていたからだ。
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