第90話

 不死の少女を見てウールは舌打ちした。バルログに備えて力を温存しなければならない二人にはあまりに彼女は厳しすぎる。


「言っておくが魔王、以前のように助けなど呼ばせんぞ」


 怒気に満ちた声でヘンリーは不死の少女に攻撃を指示する。少女は呼応するように咆えるとたちまち二人に迫り、目の前で大きく上に飛び上がった。とっさにウール達は横に飛んで馬から降りる。


 直後、宙でひねりを入れた少女の一撃が馬に入り体がたちまち両断される。そして少女は間髪入れず受け身を取ったばかりのウールに斬りこんだ。ウールは剣を前にし攻撃を受け止める。しかし少女の攻撃により起こされた衝撃が体を通して襲い、轟音と共に周囲の地面にくぼみが生じる。


 あまりに絶大な威力。ウールは体の内側から殴られたような感覚に襲われ何とか耐えてはいたが鼻から血を滴らせていた。次に攻撃を受けて耐えられるか分からない。レオはとっさにウールを助けようと走り出した。


「こいつッ!!」


「よせ! レオ!」


 ほとばしる稲妻を乗せたレオの一振りはあっけなく少女に受け止められる。それだけではない。攻撃に失敗したと認識する前に腹に柱をぶつけられたような重い痛みを彼は覚える。少女の蹴りが入った。それに気づいた時には態勢が崩れていた。そして隙をつくように少女は血走った目を向け剣を振ろうとした。


 その時、レオの目の前にいたはずの少女が目をそらし守りの構えを取った。直後、一瞬にして後ろへと吹き飛んだ。


 もうだめだと目をつむっていたレオはゆっくりと目を開く。するとそこには息を荒げ汗をかいているメアリスの姿があった。


「立てる?」


「何とか。ありがとうございます」


「お礼なんていい。それよりウールと一緒に――」


 メアリスはウールを見ると悲しい表情を浮かべ目をそらした。しかしすぐに凛々しい顔つきをみせレオの肩に手を置いた。


「……ウールのことお願いね」


 その言葉を最後にメアリスは遠く吹き飛ばされた場所で腕を震わせている不死の少女めがけて突撃した。遠くへ行くメアリスの背中に向かってレオは力強く「はい!」と答える。それが彼女に聞こえたかどうかは分からない。だが彼の思いは間違いなく伝わっているだろう。


 レオはすぐウールのそばに寄り平気かどうか訊ねる。ウールが「もちろんだ」とヘンリーに対し剣を構えるとレオも同じように構えた。勇敢を具現化したようなウール達を前にヘンリーは苛立ちを抑えきれずわなわなと手を震わせる。


「ええいなぜだ! なぜ貴様らはそう都合よく何でもうまくいく?!」


「教えてやろう、日ごろの行いだ」


 ヘンリーはビキビキと頭に血管を浮かばせ「馬鹿にしおって!!!!」と叫びながら二人に突っ込む。ウール達も彼めがけて突っ込む。互いに間合いに入った。しかしその時、バルログが叫び三人はあまりの振動に攻撃をする前に尻餅をついてしまう。


 見ると矢や槍が何千、何万も突き刺さったバルログの体から白い煙が漏れ、まるでマグマのような血があちこちから間欠泉のように噴き出していた。ヘンリーは驚いた顔をしたままその痛々しい目を奪われてしまう。その彼をあざ笑うようにウールはニヤリと笑う。


「私達の勝ちだ」


「何?! 一体どういうことだ魔王!!」


 その答えはウールの口から言うまでもなかった。痛みと怒りで狂ったように周りの地面をたたき続けるバルログのいる方から突然、セドの高笑いが聞こえてきたのだ。


「フハハハハハ!! 久々に全力が出せそうだな!!!!」


 セドは目にもとまらぬ速さでバルログの背中を走って登る。そして首元までたどり着くと思いきり足で蹴り宙に飛ぶ。その感触から頭上高く飛び上がったセドの存在に気づいたバルログはすぐに彼の方を向き捕まえようと両手を伸ばした。


 しかし掴みとる前にガクンと片足からバランスを崩す。決してわざとではなく、そうなったのはホーナーの攻撃がバルログの片足に入ったからだ。痛みにうなるバルログを前にホーナーは息を整え次の攻撃に備える。それを止めようと片手を彼に伸ばそうとしたのが運の尽き。


「くらうがいい!! この俺の全力を!!!!」


 ガンッッ!!!!


 目を赤く輝かせるセドから放たれた必殺の一撃。


 その一撃はバルログの頭部へと命中しふらふらとバランスを崩して地面へ倒れた。そして運の悪い事にバルログの顔はちょうど膝を曲げ、腰を低く落として構えているホーナーの目の前に落ちた。


「では私も全力をお見せしましょう」


 フンッッ!! とかけ声を出してホーナーは必殺の一撃をお見舞いする。バルログの鼻はベコリとひん曲がり、衝撃のあまり片方の角がポッキリ折れてしまう。そしてバルログが乾いた声をあげながら白目を向くとホーナーと地上に降り立ったセドが大声で兵達に離れるよう指示を出した。


「馬鹿な……あれは最強の魔獣……。こんなことが……」


 絶望に打ちひしがれるヘンリー。彼の心はガラガラと音を立てて崩れ去りもはやまともな判断が下せない。そのせいかウール達が第二形態に向けて準備していることに気づくのが遅れてしまった。



「眠りし我が力。くすぶる我が魂よ」


 ウールとレオの足元から黒と白の稲妻がほとばしる。


「森羅万象に祝福された我が力よ」


 雷鳴轟く稲妻はさらに増し、すさぶる疾風はやてが大地を駆ける。



「絶望堕ちたる道を破る」



「希望を灯す光となれ!!!!」



 二人の体から銀色の輝きが放たれ手に持った剣もまたその輝きを放つ。それを目の当たりにした兵士達は敵味方問わず戦いの手を止め輝く二人の姿にくぎ付けになる。そしてヘンリーは一瞬にして姿を変えた二人を目の当たりにし状況が理解できずにいた。


「な、なんだそのちか――」


 まだ言いかけのヘンリーに二人は目にもとまらぬ速さで迫る。これまでと動きが明らかに違う。もはや彼が一々反応するのは不可能だった。


「邪魔だ」


「てめえの罪を償いやがれ!!」


 巻き起こるつむじ風と共に放たれた一撃をヘンリーはなす術も無く受け、声すらあげられず力尽きた。そしてどうなったかを確認せず二人は急いでバルログのいる方へと向かう。逃げる兵達の間を人知を超越するほどの感覚を持って駆け抜ける。そしてわずか10秒ほどでバルログの前へとたどり着いた。


 セドとホーナーの全力を受けたはずのバルログは再び立ち上がっていた。そして体をわなわなと震わせながら背中から翼を生やしている最中だ。体を流れる赤黒い血はみるみると青白いものへと変化し、折れた二本の角は頭から消え、代わりに一本の巨大な角がこめかみのあたりから皮膚をぶち破りながら生えてきていた。


「時間がない、さっさとけりをつけるぞ!」


「ああ!!」


 二人は掲げた剣を交差させる。音を立てる剣は震え銀の輝きを更に放つ。わきあがる風と振動。それに飲まれそうになりながらも足を踏み込む。二人の目に第二形態へと変化し終えたバルログの姿が映る。


「いくぞ!!」


「必殺!!」


 剣を交差するのを止め、二人はそれぞれ耳元に剣を縦に構えた。


双極ツイン断滅斬デスブレイド!!!!」

「練光斬!!!!」


 息ぴったりにばらばらの技名を言いきった二人が剣を振り下ろす。同時にバルログは手を前に突き出しそこから青く燃え盛る炎を放った。しかしその炎は一瞬にして剣より解き放たれた銀の光に消し去られる。


 バルログは光の中へ。そして戦場を包むほどの輝きがなくなると跡形もなく消え去った。


 静けさが辺りにおちる。それを打ち破るようにレオはぼんやりと「や……やった……」とつぶやく。


「ああ……そう――」


 突然二人は揃って倒れた。慌ててセドとホーナーが駆け寄ると「う……動けん」とウールが一言。


「体が鉛みたいに……重い」


「これが……力をだしきった反動か」


「お二人とも、他は何ともないのですか?」


 二人は頷こうとしたが体をプルプル震わせるだけだった。すっかり満身創痍となってしまった二人をセドとホーナーは他の兵士達に運ぶよう指示をだす。


「よくやりましたね」


「後は俺達に任せるがいい」


 そして運ばれる二人を見守りながらセド達は残った者達を率いて、ちらほらと撤退を開始しつつある敵への追撃命令を下したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る