第93話


 キャンベル家領内の城『ハーロク城』にて


 大敗を喫した反体制軍はこの城を最後の要とした。攻め入られた時のための守りはウール達を撃退するには不十分なくらい装備も兵士も不足している。しかしこれより南に進もうとしても逃げ道などない。撤退か降伏か、その二択を叩きつけられてなお彼らは抗戦を選んだ。


 それは魔族を知らず、ウールの考えを理解していないがゆえだ。


 転がり込むように反体制軍がこの城にやって来たのと同じ頃、イダの剣を手に入れたスペンサーが帰還した。彼は帰って早々に事態を把握すると直ちに作戦会議を開き、この城で迎撃を行う方針を固めていく。


 それが焼け石に水であることは他の参謀達も、そして指揮官である彼自身も分かっていた。だが誰も言葉にしない。言葉にすれば自分達が間違っていたと認めたと思っているからだ。


「では諸君、最善を尽くせ」


 スペンサーが席に座る者達を見渡すと彼らは一斉に返事をし準備に取り掛かるために部屋を出た。残った彼はそばにおいているイダの剣を睨みながら思案にふける。と、ちょうど入れ替わりにキャロルが彼の部屋にやってくる。


「兄上が討たれました」


「報告は聞いておる」


「マリー様も敵の手に」


「……それも聞いておる」


 スペンサーは額を抑えながら頭を力なく振る。キャロルは失った腕の付け根を抑えたまま憎しみの籠った目をしていた。それだけでなくかすかに炎を腕の断面から漏らす。スペンサーがそれに気づき落ち着くよう忠告するとキャロルは無言のまま頭を下げた。


「なぜでしょうか。なぜこうなるのでしょうか。我々は正しいのですよ? なのになぜ」


「キャロル、お前はもう敗北したと思っているのか?」


「いえ、そんなことは。すみません」


 暗い表情をしていたキャロルの顔が徐々に変化し歪んだ笑みを浮かべだす。断面の炎がさらに勢いを増し、白く燃え盛るかぎ爪のような手をした腕を形作る。


「そうですよね……。まだ負けてはいませんよね。むしろ愚昧な兄上には感謝すべきかもしれませんね。逆境で打ち勝ってこそ正義。敵を蹂躙するだけなどただの虐殺にすぎませんからねえ。我々は大義の下で動いている。それを見誤るところでした」


「ああそうだ、それに今はわたしがいる……。イダの剣と魔王の力を持ったこのが――!!」


 言葉の途中でスペンサーは思いきり机を叩いて立ち上がった。額には脂汗が、目は血走り大きく見開いている。異様な彼の姿にキャロルが心配する素振りをみせると手で大丈夫であることを伝えふらふらと椅子に座り直す。


「平気だ。それよりキャロル。私に用が無いのなら早く現場の指揮に向かってくれ。もう時間もあまり残されていない、少しでも対策を練ってくれ」


 キャロルは立ち上がり部屋を出ようとしたところで振り返る。


「お病みになるお気持ちは心中お察します。しかしご安心を。いくらあの魔獣を打ち払ったといえどあれは魔王一人の力ではありません。ですから奴の首を取るくらい造作もないこと。戦いになればすぐにでも首をお持ちしましょう」


「頼もしいな。だがお前が本当に欲しい首は魔王ではないだろう」


 キャロルは一瞬面食らう。しかしすぐに気味の悪い含み笑いを浮かべる。


「よくお分かりで」


 そう言い残し部屋を後にした。残されたスペンサーは剣を握ったまま天井を見上げる。


「…………魔王よ、早く私のもとに来い」




 二週間後


 いよいよここ『ハーロク城』で最後の戦いが始まった。


 ウール達は開城交渉をする気はさらさらなくすぐに強攻を開始。


 投石機やバリスタを用いての攻撃。城壁のあちこちがまるで悲鳴のように音を立てながら崩れていく。それでも城壁上の弓兵や投石兵は城に設置された投石機等の兵器で抵抗する。


 人間相手なら彼らの抵抗は有効だ。彼らが相手をするのはワイバーンや飛行可能な魔族達。その数は千にも届くほどで頃合いを見計らい攻めてきた彼らによって早々に兵器を無力化される。その結果、兵士達は必死の抵抗虚しく次々と葬り去られていく。


 それでもなお城門を死守しようと城壁上と城門内を慌ただしく兵達は駆け巡り抵抗する。しかしそれもまた無意味、魔族の巨人達たった10体によって城門はいとも簡単に突破された。


「なんと言いますか、もはや従来の戦い方が通用しない感じですね」


「分析は後にしろベルム。それでは魔王様、指示を」


 そばにいたリリーに促されウールは隣にいるベルムを見た。ベルムはいつでもと言わんばかりに頷く。それを見てウールは剣先を前に向け突撃の指示を飛ばした。


ウール達はなだれ込むように城内へと侵攻を開始した。城門付近の兵達を吹き飛ばし城へと続く道を進む。道中で待ち構えていた兵達とぶつかるとあちこちで叫び声や肉をえぐる音がこだまし、その中を魔法による炎や氷が飛び交う。


城壁内で戦闘が始まると既に上空で戦っていたワイバーンや魔族達も残りの兵器の破壊と地上への援護を開始した。魔法とありったけの装備で抵抗していた敵兵達は彼らを迎撃しようにも対応しきれずじわじわと追い詰められていく。


差は歴然。


 もはや勝負あったかのようだった。だがそう思ったのもつかの間、上空を敵兵を掴んだままワイバーン達数体が突然地上へと落ちていった。それだけでなく上空を飛ぶ者達が一斉に隊列を乱して飛び回る。そこに灰色の影数体が飛び交い彼らを食らう。


 異変に気付いたウールは上空を見上げた。


「おのれ面倒な奴を」


 ウールが舌打ちすると灰色の影の一体が彼女めがけて急降下を始めた。迫る速度はワイバーン以上、足に生えた二本の鉤爪を開き不気味に輝かせながら引っ掻こうとする。


ベルムとリリーはウールを守ろうと前に立ちふさがる。そしてあと数メートルというところで迫り来る影は突然動きを止め、距離を置いて着地する。


「助かりましたよイーラ様」


ウール達の前にはいつのまにかイーラがいた。彼女は視線を目の前に立つ魔物から外さない。


「パズズか……。スタークがいれば余裕だったのじゃがわらわではちと面倒じゃな」


 パズズと呼ばれた魔物はネズミのように赤い目を飛び出しそうなほどギョロリとさせ、狼のように逆立った灰色の毛に覆われていた。二本の牙を覗かせる口を大きく開き、威嚇するようにワシのようなごつごつとした脚でその場を何度も飛び、獅子に似た腕を振り地面を叩きつける。


 そして近くで怯えていた兵士の一人をサソリのような光沢のある灰黒い尾で突き刺すと、そのまま周囲を巻き込むように無茶苦茶に振る。


「お嬢達は先に行け」


「やれるのか?」


「知らん。じゃがやるしかなかろう。他に誰がこやつを相手にできる?」


イーラはもう一度、それも語気を強めて先へ行くよう指示する。ウール達は彼女を信じることにし城の中へと続く門めがけて走り出す。


すると入れ違いに上空を飛んでいた残りのパズズ達が降りてきてイーラを取り囲んだ。


「将を確実に討つつもりか……敵も分かっておるのう」


 イーラは強がりを言いながら額から垂れてきた汗を拭う。パズズ達は踏みつけた人間や魔族の腕や足を引きちぎりそれを食べる。やがて甲高くつんざくような鳴き声をあげるとそれを合図にパズズ達は一斉にイーラへと襲いかかった。


 イーラは目をギラリと黒く輝かせ目の前の一体の動きを止める。同時に後ろに向けた手から黒く尖った槍を数本放つ。しかしそれは一体の腕を貫くだけで動きを止めるまでに至らない。


「こやつら程度に遅れをとるとはのう」


 イーラの声は弱々しいが悟ったようなものだ。


「らしくないなイーラ」


 その声に応えるようにどこからかセドの声が聞こえた。イーラは最初ついに幻聴まで聞こえるようになったかと自らに呆れてしまう。しかし後ろにいた二頭のパズズの片方の尻尾が宙を飛び、もう一方のパズズはいつのまにか失った片腕を抑えているのを見て、さっき聞こえた声が幻聴でないことに気づいた。


「……坊やに助けられるとはのう」


 その時、正気を取り戻した目の前のパズズがイーラに襲いかかる。だがそのパズズの顔面に稲妻がぶつかりパズズは顔を振るわせながらその場をせわしなく飛びまくる。


「大丈夫ですかイーラさん!?」


 稲妻がほとばしる剣を前に向けたままのレオの姿にイーラは唖然としていた。しかしすぐに冷静さを取り戻して彼女が礼を言うと、セドとレオは身を寄せるように近づきまだ悶えているパズズ達に向かい合う。


「おぬしらの担当はここではなかろう。他の連中はどうしたのじゃ?」


「パズズどもが見えたからこっちに来ただけだ」


「他は大丈夫です。それよりイーラさん、ウール達は?」


「先に行かせた。お嬢らにこやつらは危険だと判断してのことじゃ」


 セドは納得するとレオに他の者を率いてウール達の後を追うよう指示を出した。レオは不安そうにしていたがセドは「俺とこいつが一緒なら無敵だ」と自信満々に言い放つ。


 レオは彼の絶対的な自信に奮わされ、まだ生き残っている兵達を率いてウール達の後を追う。


「無敵か……。また随分と坊やは」


「何がおかしい? 事実だろ」


 驚くイーラをよそにセドは強化魔法を要求する。イーラは小さく笑うと得意げに手を彼の方へ向ける。そして放たれた様々な色をした光を一身に纏ったセドはパズズ達めがけて突撃を開始した。

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