第77話

 数日前、キャンベル家領地内にある城にて


 謁見の間はほの暗く年季の入った石の柱が並んでいた。床には朱色の絨毯が敷かれ歩いていくと数段ほどの階段がある。その先には背もたれが三本の竜の爪に捕まれたような彫刻の施された灰色の椅子が置かれていた。


 その椅子を背にスペンサーは階段の下にいるヘンリーを見下ろしていた。謁見の間には彼ら以外に誰もおらず恐ろしいほど静まり返っている。


「……本当におひとりで行かれるおつもりで? 護衛をせめて何人か付けてた方がよろしいのでは?」


 彼は焦燥にかられ階段に足を踏み入れた。しかしスペンサーは手で静止する。


「イダの剣が眠る場所だ。何が起こるか分からぬ以上、他の者がいても足手まといになるだけだ」


「でしたら私の妹を連れて行くのはどうです? 気性は相変わらずですが以前よりも更に強くなっています。あるいはスペンサー殿のご息女様でも……」


「お前の気持ちはよく分かる。だが二人にはそれぞれ違う任務を任せるつもりだ。それに奴らもそろそろ動き出す頃合いだろう。あまり有能な人材を失いたくないのだ」


 王都ではイーラ達の働きの甲斐あってスペンサー側にいた貴族達は勢いを弱らせていた。その証拠にシャーロットの掲げた方針が順調に進み、民衆達の彼女とウールへの求心力が高まりつつあった。結果、これまで私腹を肥やしていた人々はポルーネの領主ほどひどい目にあうことは無かったが、下手すると地位を失いかねない状況にまで追いやられていた。


 しかしこうなることを初めから彼は予測しており、初めから彼らを見殺しにするつもりだった。時間を稼ぐため。ウール達に戦を仕掛ける時に『魔族から人々を救う』という強固な大義名分を得るために。


「ならばなおさらスペンサー殿にここを離れてもらうわけには!」


「心配いらん。私が戻るまでの下準備は既に済ませてある」


「ですがスペンサー殿がおられた方がより確実では? それに私にはなぜ魔王の力も得てなおそのような物を求めるのかが分かりません」


 彼は質問攻めに少し疲れたのか一呼吸入れる。そうしてこめかみを掻きながらしばらく黙っていたが再び口を開いた。


「戦に勝つだけならばこんな事をする必要はない。しかし勝利した暁にはバラバラになった民衆を統治せねばならん。人間などすぐに危機を忘れる愚かな生き物だ、普通にやれば長くは持たず団結は瓦解し再び混乱するだろう。では長く統治をするにはどうするか。それは精神的支柱となるもの、つまり象・徴・こそが必要だ」


「象徴……ですか? それは一体どういうことでしょうか?」


「圧倒的な力は既にある。だがそれだけではただの独裁と変わらぬ。そこで世界を救ったと誰もが分かる象徴となる存在が必要だ。その象徴の下で人々は生きていくのだ。それをなすため私は勇者の伝説にならい剣を手に入れ、そして勇・者・となろう。これが人々が生き繫栄する唯一の道だ」


 ヘンリーは壮大なスペンサーの計画を前に何も言えずにいた。スペンサーはあぜんとする彼の肩に手を置き「では私が帰るまでの間頼んだぞ」と言い残し謁見の間から去っていった。残されたヘンリーはただ黙って扉の方を見つめたままだった。




 王都を出発してから三日後


 地下迷宮の入り口は薄暗い森の中に突然現れた。地中へと続く巨大な階段はあちこちヒビがあり雰囲気は迷宮というよりは墓だ。


 その階段の前にウールとスターク、メアリス、そしてホーナーが立っていた。彼らはおどろおどろしく幽霊でも出そうな入り口を前にして特に怖がる様子をみせていない。というよりも疲労の方が勝っていて苦労が報われ彼らは一安心していた。


「では行くぞい」


 背丈ほどある杖をカツンカツンと鳴らしながら意気揚々と歩き出すスターク。彼に続いてウール達は中に入った。


 迷宮の中は人が数人通れるほどの通路が入り組んでいて視界が悪くひたすら暗闇が続いていた。しかし炎魔法を使えるウール達には関係の無い。また罠らしきものや魔獣のような危険な存在と出会うことはなく拍子抜けなほど順調だった。


「つまらんのう……。空気の悪い屋敷をただ歩いているだけみたいじゃわい」


「それでいいじゃないですか。大体我々に何かあったらどうするつもりですか? ここに来るのに何を言われたか忘れたわけでは無いですよね?」


 スタークとウールはここに来る前シャーロット達に調査の重要性を説明して回った。なにかと苦労が絶えず理解を得るのに時間がかかったが、二人の必死の説得で何とか今日にいたることができた。


 しかしウール以外の三人はイーラに釘を刺されていた。「わらわもしばらく城を離れるが、もし戻ってきた時にお嬢の身に何かあれば……分かっておるな? 殺されるなどと甘い事を考えるでないぞ」と……。


 身の毛もよだつ彼女の脅しを思い出しスタークとホーナーはゾワゾワと身震いする。しかしメアリスは何ともなさそうに歩き続けていた。


 そうして歩くこと数時間。途中でいくつか扉を見かけたがそれとは明らかに違う朽ち果てた巨大な扉をウール達は見つけた。取っ手にはドラゴンの頭が施されいかにもといった感じだ。


 ウールは確認するようにスターク達を見渡す。そして取っ手を握り扉を押した。


 ゴゴゴ……と低い音が響き埃を巻き上げながら扉は開く。中は玉座の間のように見上げるほど広々としている部屋が続いていた。しかし連なる柱にかけられた青白い松明以外これといった特徴はない。


「何もないですね」


「せっかちなのは感心せんぞ。ひとまず部屋をよく探索するんじゃ、隠し通路とかそんな感じのがあるやもしれん」


「いいかげんだな……」


 せっせと探索を始めるスタークに呆れながらウール達も部屋をくまなく調べていく。しかしあるのは柱と壁くらいで目につくものがない。結局いくら探せどこれといった収穫もなく彼らは途方に暮れてしまう。


 そんな時、ふとメアリスは部屋の真ん中あたりに落ちていた小さな骨に気が付いた。それを拾うと「見つけた」と言ってウールに見せた。


「骨? ……あーもしかするとベルムの物かもな」


「ベルムの?」


「前に言ったと思うが私とベルムはちょうどここで目覚めたんだ。ん? でも私は寝ていたというより封印されていたの方が合ってるのか……?」


「どういうこと?」


「私もあまり記憶になくてな。ベルムから話を聞いた程度だが、水のような球体入って眠っていたそうだ」


 メアリスは「ふうん……」と言うだけで反応が薄かった。しかし球体があったであろう場所をジッと見つめたままピタリと動かなくなる。


「……球体? ……ここで?」


 うわ言のように何度も言葉を繰り返す。ウールが呼びかけても止めようとしない。不審に思ったスタークとホーナーが二人の方へと近づくが、ウールは以前彼女が死んだふりをして驚かそうとしたことを思い出し「どうせ悪ふざけだ」と言い張った。



 しかしその予想は外れた。



「――――」



「ん? 何か言っ――?」


 突然メアリスは頭を抱え地面にうずくまった。嗚咽交じりに涎を垂らし、気が狂ったようにのたうち回る。その異常さにウール達は驚きウールは必死に名前を呼び続けた。だが効果は無くメアリスは苦しむ一方だ。


「なに……これ……」


「お、おい!! どうしたんだメアリス?!」


 メアリスは瞳孔を開いたまま天井を見上げた。そして爪痕が残るほど顔を無茶苦茶にひっかき、空気がビリビリと揺れるほど甲高い叫び声をあげた。松明の火は一瞬の内にフッと消え辺りは闇に包まれる。


「何じゃこれは……一体何が」


「メアリス!! メアリス!!!! しっかりしろ!!!!」


 ウールは声が枯れるほど呼びかけ続ける。やがてメアリスは叫ぶのをやめウールに体を預けた。


「どうしたというんだ?」


「うぅ……うぅ……」


「これではどうしようもないな。スターク、ホーナー! ここに居続けるのは危険だ。一旦外に出るぞ!」


 ウールはすぐにメアリスを抱えようとしたが彼女の剣の重さが原因で持ち上げられなかった。むしゃくしゃしながら「歩けるか?」と肩を貸すと苦しみながら「うん」とメアリスは声を絞り出す。


 だが次の瞬間、立っていられないほどの振動が起きた。ウールとメアリスは揺れに足を取られ倒れてしまう。ウールが頭を抑えながら起き上がろうとするとホーナーが二人をかばうように前に立った。


「ホーナー?」


「敵です。下がっていてください」


 ウールはすぐに彼の視線の先を見る。そこにあったのはぼんやりと光る青白い光。その正体は剣だった。そしてそれを持つ人影にウールとメアリスは見覚えがあった。


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