第75話

 一か月後


 その日シャーロットは昼食をウールと一緒にしようとテーブルに座って待っていた。こうして彼女がウールと昼食を共にするのはよくあることで、というのも気兼ねなく話せて似たような愚痴を言い合えるからだ。またストレス発散にもなり互いをより深く知るのにも丁度良かったからだ。


「ねえメリッサ。ウールはまだかしら?」


 腹が空いているのか既に並べられた色とりどりの料理を前に彼女はそわそわしていた。メリッサは「もう少しですから」となだめ扉の方をちらりと見る。


 その時、ドン!! と勢いよく扉が開かれた。


「魔王様いますか~?」


 二つ結びにした薄桃色の艶やかな髪とくりっとした赤い目の少女がはつらつとした声で入ってきた。何事かとシャーロット達が目をパチパチさせているが少女はまったく気にせず部屋をキョロキョロしている。すると少女に続いてクーが自分に生えている犬耳をひょこひょこ動かし困り果てた様子で入ってきた。


「ちょっとお姉ちゃん。ノックせずに入るなんて失礼だよ」


「えへへ。ごめんごめん」


「私に謝っても意味ないでしょ」


 まったく……とクーは腰に手を当てて自分よりも背の低い少女を見た。少女は半ば面白がるように笑っている。


「ええっと。あなたたちはたしかイーラの……」


「ん? あ~どうもこんにちは! そう、あたしはイーラ様直属の配下のモリガンだよ。姫様とはあんまり話したことないから覚えてないか」


 モリガンはニヒヒ~と人懐っこい笑顔をみせる。しかしシャーロットは愛想笑いをするだけだった。


 モリガンはシャーロットと同い年くらいの外見で少女らしいあどけなさを残す美しい顔立ちをしていた。しかし頭には曲線を描いた二本の角が生えていて、大胆なほどに胸の部分が開かれたワイン色のメイド服を着ていた。そのせいか服から豊かな胸によってできた男をそそるような谷間が露わになってしまっている。


 まるで趣味全開で痴女のような恰好。こうした恰好をしているのは彼女の意志で、彼女が淫魔であり吸血鬼であるが故だ。そんな彼女に対しシャーロットはどうも苦手意識を持っていた。


「すみません。姉がご迷惑を」


 モリガンとは対照的にクーは丁寧に頭を下げる。振る舞いといい落ち着いた茶色のメイド服といい、そして見た目も姉妹であるはずなのにあまりに違いすぎている。シャーロットは二人が本当に姉妹なのかつい疑ってしまった。


「ところで魔王様は?」


 モリガンは手を後ろに回し体を前かがみにする。果実のように大きな胸が誘うように揺れシャーロットはある種の感心を持ちながら「そろそろ来るはずよ」と答えた。モリガンは「そっか~」と言って彼女の横に座り足をぶらぶらと動かす。


「ウールに用って?」


「ん~とね。さっきまで三人で拷問してたんだけどもう情報を吐いちゃって。そのことを報告しに来たんだ」


 何気なくモリガンは言うがシャーロットと使用人達は引いてしまう。すると助け舟のようにウールが遅れた事を詫びながら部屋にやってきた。ウールはモリガンとクーに気づくと首をかしげる。クーが挨拶するよりも早くモリガンはパァっと明るい表情で「魔王様~」とトタトタ走り、そして飛びついた。


「うざい離れろ」


「え~ひど~い!! あ、でもそっか。魔王様にはリリーがいますもんね。あたしと浮気しちゃったら困りますよね~?」


「どっちにしろうざいしくっつきすぎだ。あと胸を押し付けるな」


 だがモリガンは抱きついたままあざとい目つきで胸を押し付け続ける。しかしウールは彼女の扱いに慣れており、誘惑に一切惑わされず彼女ズリズリと引きずりながらシャーロットの前の席へと歩き続ける。


 一見親しい者同士のじゃれ合いに見えて微笑ましいが、モリガンの話す内容が昼間にしては卑猥なもので全てが台無しになっていた。「リリー様とは何回ヤったんですか?」とか「あたしのテク教えましょうか? もっといろんなリリー様を見たくないですか?」と実にひどい。メリッサはそのひどさに思わずシャーロットの耳をふさごうとしてしまった。


「それで二人は何しに来た? わざわざこんな事しに来たわけではないだろ?」


「そのまさかです! 魔王様に会いたくなったんですよ! もうしまうくらいに!」


 ウール達が冷ややかな目をモリガンに向ける。クーが注意すると彼女は「冗談だよ。半分くらいだけど」と笑いながらウールを後ろから抱きしめ肩に顔を乗せる。


 そしてモリガンが口を開こうとした時だった。どこからか腹の虫の鳴る音が盛大に聞こえてきた。ウール達はそれがクーのものであることにすぐに気が付きもじもじとしているクーにくぎ付けになる。


「……一緒に食べるためか?」


「ち、違います!」


 モリガンはけらけらと笑いながら「しょうがないな~」とおもむろにポケットに手を入れる。そして何かをつまむとそれを思いきり宙へ放り投げた。


 クーの目つきが変わった。彼女は音を立てずに飛び上がると宙に舞うな・に・か・をパクっと食べて華麗に着地しキメ顔を披露する。


「あはは! クーちゃんさすが~。でも後あるよ? 全部落とさずに食べられるかな?」


 そう言いながらモリガンはポケットから再びをつまみ手でいじる。その時シャーロットが部屋中に響き渡るほどの悲鳴をあげて彼女から逃げるように壁へと走り出した。似たような反応をメリッサをはじめとする使用人達もしている。そしてウールはというと姉妹達を見たままドン引きしていた。


 モリガン手に無残に切り落とされた人間の指を持っていた。それを投げるとクーは指を華麗に口でキャッチして食べ「今日のはおいしい」と言いながら口から肉が少しついた爪を取り出した。


「食事前になんてもの見せてくれるんだ……」


「余興になるかな~って」


「なってない。見ろ、シャーロット達が引いてるではないか」


「すみません。背に腹は代えられなくて」


「知るか! というかよそで食え」


 呆れているウールにモリガンは猫のように頬をくっつけスリスリとする。鬱陶しそうにしているウールが「いい加減要件を言え」と言うと彼女は元気な返事をした。



 軽い口調でモリガンは言う。拷問をしていたこと、命を軽くみているような態度。シャーロットとメリッサは彼女に対し言い難い気持ち悪さを覚える。


「そうか、ご苦労だった。しかしずいぶん早いな。確か今日からだったよな? この前とは別の人間を拷問するのは」


「うん、でも張り合いが無くてですね。だからマドクスお姉ちゃんが『こんなんじゃ満足できない!』って今も拷問を続けてるの。ほんとしょうがないお姉ちゃんだと思いませんか?」


 ぷくっと可愛らしく頬を膨らませながら不満を漏らす。ウールは「知るか」と呆れながら報告を続けるよう指示する。


「え~っとですね。今日のも含めてですね、とりあえず王都の貴族達とダグラス家がグルになってたってのは間違いないです。ちゃんと証拠もありますよ」


 ダグラス家は大陸の中部一帯に領地を持ち、王国でもかなりの影響を持つ名家とされている。かつてスペンサーが王を操っていた頃にはヘンリーの家系でもある南部のキャンベル家と共に栄華を誇っていたほどで、それはウール達が王都に来てからも変わらない。


 というのもダグラス家は早々にシャーロットに忠誠を誓い彼女の側についたからだ。しかしこれは見せかけだとシャーロットはずっと疑っていた。なぜなら魔族との戦いの中で、ダグラス家と中立とはいうものの実際は対立関係にあるキャンベル家だけが人類の命運を左右する戦いだというのに不自然なぐらいに兵を出していなかったからだ。


 まるで事前に敗北するのを予見していたかのように。


 そして今、忠誠は建前でありダグラス家が裏切るという彼女の予測は当たったのだ。


「で、ダグラス家を架け橋に彼らと南部が繋がっているのも確定です。それにしても魔王様と姫様はすごいですね! だって二人の予測が当たってたんですから」


「そりゃそうよ。私が女だからってなめられてるのもあるけど、つい最近までいい思いをしてたのにそれをぶち壊した存在にノコノコ従うなんて考えられないもの」


 モリガンがシャーロットに感心しているとクーがちょんちょんと彼女の肩をつついた。そして「お姉ちゃん、あれも」と耳打ちすると彼女は「あ~そうだった」と何か思い出す。


「それとイーラ様からお二人に伝言です。『準備はできておる。後はお嬢とお姫様の判断だけじゃ』と」


 その言葉の意味を二人はすぐに理解し確認するように互いを見た。そしてゆっくり頷くと「問題ない」とウールは言い放つ。


 するとモリガンは目を細めご馳走を前にしたように舌なめずりをする。静かな表情のクーも少しばかり恍惚そうにしている。そして「本当にいいですね?」とモリガンは声の調子を落としてもう一度確認し、二人が頷くのを見るとウールの頬にキスをして彼女から離れる。


「ああそれと魔王様。スターク様からも伝言です」


「スタークが?」


「なるべく早く会って話がしたいそうですよ。何でも『黒の手記』に関する話だとか」


 ウールはその事が気がかりになり使用人に昼食後会う旨をスタークに伝えるよう指示を出す。そして部屋をそそくさと去る使用人に続いて姉妹達も部屋をあとにした。

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