第51話

 しばらく歩いていると、ウールとリリーは一見他のものと変わらない建物のドアにもたれかかっているリチャードの姿を見つけた。リチャードも二人に気づくと「無事に着いたか」と一安心する。


「エイリーンは一緒じゃないのか?」


「あいつは王都から少し離れた場所で待機させている。ワイバーンが見つかったら一大事だからな」


「そりゃそうか。ところで――」


 リチャードは不思議そうに二人をまじまじと見ている。ウールは何やってるんだ? といった表情だったが自分がおんぶされていることを指摘されると慌ててリリーに降ろすよう言った。リリーは少ししょんぼりとしながらも素直に降ろした。


「自分で歩くのも嫌なのか?」


「魔王様はそんな方ではない。汚物を踏まないよう私がこうして担いでいた。もっと早くからしていれば踏まずに――」


「やめろ。嫌な記憶を呼び起こすな」


「……踏んだのか?」


「……ああ。思いっきりこう、グニャ! っとな」


 身振り手振りやけくそに言うウールに対しリチャードは気の毒そうに顔をしかめると二人を中へと案内していった。





 中にいた男とリチャードが言葉を少し交わすと二人は地下へと案内される。暖色の明かりに照らされた階段を降り、通路の先にある扉を開けると数十人ほどの人々が二人を待っていた。


 その中にウールにとって見知った顔が数人いた。カスマ村の住民とクレアの父であるオリヴァーだった。彼らはウールに気づくと嬉しさに満ちた微笑みを浮かべ彼女に近づいてくる。


「またお会いできてうれしいです」


 ウールは「私もだ」と言いオリヴァーと握手する。続けて村の人々とも再会の喜びを分かち合っているとリリーが驚きを隠しきれない様子で「この者達はいったい?」と訊ねた。


「前に言ってた世話になった人間達だ。それとオリヴァーはクレアの父親でもある」


 リリーは興味深そうに頷くとオリヴァー達に「魔王様をお救いいただき、配下として心より感謝します」と一礼した。彼らは思いもよらなかったのか気恥ずかしそうに謙遜けんそんしている。


 するとリリーはオリヴァーをジッと見はじめた。彼は顔に何かついていると思いペタペタと顔のあちこちを触っている。


 そんな彼を前にリリーは頬を緩めると「クレアの事は存じております。私の知る限り彼女は良い女性です」と褒めた。彼はまるで自分の事のように嬉しそうに顔をくしゃりとさせている。


 リリーがクレアに好感を持っているのも、初めて会った時以来たまに会って話をしたりしていたからだ。年が近いというのもあり、加えて気兼ねなくウールへの思いや相談事、それ以外の他愛のない話でもキチンと聞いてくれる事が何よりの理由だ。


「ところでオリヴァー、少しやせたか?」


「分かりますか? やはり奴隷として働かされているからでしょうね……」


 オリヴァーはやせ細ってはいなかったが以前の恰幅かっぷくのよさはほとんどない。今の彼の服装もいいものとはとてもいえない。ただ着るためだけといった擦り切れたものだ。


 リチャードは何をされてきたのか想像してしまったのか顔が暗くなる。すぐにオリヴァーは心配させまいと「ああでも、わたくしなんて良い主のもとで働いているのでまだマシな方です」と訂正した。


「お前でさえこうなるのか……。となるともっとひどい目にあってるやつもいるという事だな」


「間違いないでしょう。しかも主によっては家畜よりもひどい扱いをする者もいるとか。王都に来てから悲惨なものをよく見ましたよ。痛々しい鞭の痕がある人、カラス達に食い散らかされた死体。……きりがありません」


 曇った表情をしているのは彼だけでなく部屋にいる人々皆そうだった。中には体に変色した傷を付けてる者もいる。ウールは冷静であろうと努めていたが彼らを見つめる目は曇っていた。


「そうか……。変な言い方だがそれを聞いて安心した。悲惨な目にあってるお前達ならきっと、これからすることに疑いなく協力してくれるだろう」


「当たり前だ。そのためにわざわざ危険を冒してここに集まったんだろ?」


 リチャードの言葉にオリヴァー達も強く頷く。ウールは「そりゃそうか」とククッと笑い腕を組む。


「では作戦を確認する前にリチャード、王都で協力できそうな奴隷や民衆はどれくらいになりそうだ?」


「二千くらいは確実だ。だがそこから増えるかどうかは騒ぎを起こしてからの状況次第だ。……悪いな、こんな曖昧なことしか言えなくて」


「いやいい。むしろ数週間という短期間でお前達はよくやってくれた方だ。感謝するぞ」


 傭兵達が頷くとウールは部屋を見渡し作戦を話し始めた。


「作戦を確認するぞ。まず事を起こすのは王国軍が我々を討伐するために街を出て三日後だ。手薄になった王都でお前達は騒ぎを起こし、その間に私とリリーが城に乗り込み大臣? だったかを始末し、王と姫を攫さらいこちらに付くよう説得する。そして大義が我らにあると民衆に訴えた後、彼らの中から戦える者達を率いてベルム達ととにらみ合っている王国軍を後ろから叩く」


 ウールはパン! っと手のひらで拳を受け止めどうだといわんばかりにニヤリと笑う。すると一人が「でもその前に王国軍と衝突してたら?」と疑問の声をあげ、リリーは「そうだ。だから時間の猶予は限られている」と言い補足する。


「ベルム達は平原で王国軍を引き付ける段取りだ。ベルムの考えは相手はポルーネでの大敗があり戦力も把握しきれていない。加えてワイバーンの脅威があるから迂闊に攻めてこないというものだ」


「ま、要はハッタリで時間を稼いでもらってるわけだ。だがこちらが何もしないと分かれば攻めてくるだろう。そうなった場合勝てる見込みは一応あるが被害が甚大なものとなる。王都を支配下に置くのにこれでは先が思いやられる」


「つまり俺達は将来のためにも劇的な勝利をしなければならないわけか……。王と姫を説得することと言い民衆を味方につけることと言いずいぶん無茶な要求だな」


「リチャード、戦いを始めた時から無茶なのは承知の上じゃないのか?」


 リチャードは「はいはいそうですよ」と得意げにしているウールに半ば呆れたように言い返すが、すぐに彼も同じような態度を取る。


 そうして自信を見せあうとリリーが部屋の中央に置いてある机に王都と周辺の地図を広げる。ウール達はそれを覗き込みながら経路や段取りなど、作戦の細部の確認を始めた。







 数時間後


 段取りがまとまると人々はやれやれと一息つき表情が柔らかくなる。ウールも気を緩めるがすぐに地図を念のためと確認する。


「何度見てもベルムの奴、本当に無茶な事を要求しているな」


「承知の上じゃなかったのか?」


 ニヤニヤと皮肉を込めて言うリチャード。ウールは彼のしてやったりな態度にムッとするがおかしく感じて吹き出してしまう。彼もまたさっきと見事なまでに逆の状況に笑ってしまっていた。


 そんな穏やかな空気の中、オリヴァーだけは不安の色を残していた。ウールが「どうした? そんな辛気臭い顔をして」と聞くと彼は謝るが少し間を置いてから口を開く。


「その……今更言うのもなんですが私はやはり心配です」


「心配する気持ちも分かるが一応聞こう。どこが不安だ? 全部か?」


「全部、と言えばそうですが戦いにおいて完璧な策というのはありませんので、そういうのはやぶさかでしょうから何も反対しません。ただ……お二人の負担が大きすぎます。警備が手薄になっているとはいえ、たった二人で城内に潜入し大臣を暗殺、加えて王と姫の説得など――」


「オリヴァーさん、俺も最初はそう思ってた。だけどこれは二人の希望なんだ」


 そうだろう? とリチャードが視線を送るとウールとリリーはその通りだと頷く。


「数が少ないほど見つかりにくいというのはもちろんある。だがそれよりもお前達の中に私以上に腕が立ち魔王様をお守りできる者はいるか? いないだろう、むしろ足手まといだ。ならば二人の方が好都合だ」


 リリーの絶対の自信にオリヴァー達は萎縮してしまう。リチャードがこうして信頼しているのもポルーネの戦いの影響だ。彼らが手も足も出なかった魔物さえ一撃で仕留めた彼女の強さは既に傭兵達の間で認知され、知らない者を探すのが困難なほどになっている。


 ウールがこれでいいか? と首をかしげるとオリヴァー達は唖然としたまま納得する。それを見たウールは最終確認だというように部屋にいる人々をジッと見渡す。


 彼らの目には光があった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る