第52話

 数日後


 王都から外へと続く通りは遠く彼方の山から見て分かるほどの人々で埋め尽くされていた。民衆達が通りに沿ってヘンリー率いる王国軍の出立を見守っている。


 その光景をシャーロットとレオは城から見守っていた。だが彼は無言のまま浮かない顔をしている。シャーロットはそんな彼を申し訳なさそうにちらりと見るがすぐに視線を戻し、脳に焼き付けるように兵士達の隊列を見送る。


 レオは最初「勇者である自分は魔王討伐の軍に加わらないといけない」と主張していた。だが「レオは勇者だけど一人の人間なの! あなた一人でどうにかできるの?」と彼女の強い反対もあって断念した。


「ねえレオ、この戦いが終わったらどうなるのかしら」


「どういう意味ですか?」


「えっとね。もしもの話なのだけどもし私達が負けたらこの国は、いえ……。この世界はどうなるのかなって」


「何を仰るのですか姫様! 我々人間が魔族などに負けるはずが――」


「でも相手は魔族だけじゃない、人間もいるのよ?」


 レオはすっかり口ごもってしまう。中々言葉が見つからないのか彼の目がせわしなく動く。シャーロットは少し体をかがめて彼をマジマジと見ていたが「言いすぎたわ。ごめんなさい」と謝った。


「そういえばレオ、あなた確か魔王に会ったことがあるのよね? どんな感じの子だったのか教えてくれる?」


「最低な奴です」


 即答。


 シャーロットは時が止まったかのようにキョトンと目を丸くしている。


「まるで自分が世界で一番であるかのような偉そうな態度で相手を見下し馬鹿にする。悪い意味で王らしいです。そんなことする奴にろくなものはいません」


「ひどいわね、まるでスペンサーみたい」


「はいまったく――」


 レオはつられて同調しようとするが言葉を止め慌てて周囲を確認しだす。近くにスペンサーの姿が無いのを確認するとたまった疲れを吐き出すようにため息をつく。シャーロットは「大丈夫よ」とクスクス笑っていた。


「ま、イメージ通りって感じね。他には?」


「他といいましても会ったのは二度だけですので……。そういえば魔王は変な事を言ってました」


「変な事?」


「はい、奴は自分を配下にしてやってもいいと」


「レオを? 馬鹿にしてたのに?」


 レオが「はい」と答えるとシャーロットは不思議そうに彼を分析するように見ながら「なんでかしら?」と頭を悩ませる。


「ねえ、もし魔王がもう一度配下になるか聞いてきたらどうするの?」


「死んでもごめんです」


「自分が勇者だから?」


「それもそうですがこの国を、そして姫様を捨てて魔王につくなど自分の信念に反します。どんな状況でもそれは揺るぎません」


 シャーロットは感心したようにしていたが、ふと何か引っかかったように無言で考え込む。レオがしばらくどうしたものかと手持ち無沙汰にしていると彼女は顔をあげた。


「意外と見る目があるのね、魔王って」


「なッ?! 何を言っているのですか! そうやって好意的に捉えるのは危険です!」


「感心しているだけよ。深刻に考えすぎ。でも興味が湧いてきたわ、できればもっと知りたいわね」


「ですから姫様、そういう風に捉えるのは危険だと――」


「敵だからこそよ」


 レオが気づいた頃にはシャーロットが向かい合うように彼の正面に立っていた。姫としての上品さは残しているが、そのたたずまいは彼にも引けを取らない立派なものでつんと彼を真っ直ぐ見つめていた。


 レオはがらりと変わった雰囲気に圧倒されながら次の言葉を待っていると、彼女は肩の力を抜いて窓の外を眺めだす。


「まあいいわ、どうせ近いうちに会うでしょうし」


「……そう、かもしれませんね」


「殺されない事を願うばかりね。あ、でもその心配はいらないかしら」


 シャーロットは振り向き「レオが守ってくれるから」と試すような口調で言うとレオは「もちろんです。魔王が相手でも必ずお守りします」と返した。彼女は満足そうに「頼りにしてるわ」と微笑むが急に指を立てて彼に一歩近づいた。


「あと姫様じゃなくて『シャーロット』よ。いつになったら名前で呼んでくれるの?」


「またそう呼んでましたか……すみません」


「無意識だったの? あきれた、どれだけ固いのよ」


 レオが息が詰まりそうなほど丁寧に謝るとシャーロットは頬を少し膨らませ不機嫌そうにみせた。そしてあたふたしてる彼を面白がるように見ながら「部屋に戻るわよ」と言って歩き出した。





三日後


月は川のように早く流れる雲に隠れていた。おぼろげな月明かりが静まりかえった王都を照らしている。その明かりさえ届かない地下通路には多くの人影がうごめいていた。


「さてお前達、いよいよだ」


 ウールの声は決して大声ではなかった。が、ハッキリとあたりにこだまし後ろの方にまで届いた。影が揺らぎ、それに合わせて武器と武器が当たる音があちこちから小さく響く。


「先に言っておく。今回お前達の役割はできるだけ騒ぎを大きくすることだ。だから無用な戦闘はできるだけ避けとにかく時間を稼いでほしい。間違っても変な犠牲心で死のうなどと考えるなよ」


 するとウールは「そう例えば」と人々の中をかき分けながら歩き出す。彼らが目で追っていると小さな人影の前で立ち止まり何かを掴んだ。


 それは小さな少年の肉がほとんどない腕で、ウールは彼を無理やり立たせた。


「こいつみたいにな」


 注目の的になった少年はウールよりも背が低く明らかに年下だった。「何がダメなんだよ!」と反抗的な目を向けながら声変わり前の高い声で言う。リリーが「口を慎め」と苛立った口調で近づこうとするが「まあ待て」とウールに止められる。


「年はいくつだ?」


「……9だ。関係あるのかよ」


「やはりガキだな」


少年は「なんだと!!」と怒りをみせるがウールにすかさず腕を強く握られ痛みをこらえるように目をつむる。人々が痛々しそうに眺めているとウールは彼に「お前はこの戦いに出るな」と言い放った。


「な!? なんでだよ!! たしかに俺はガキだけど戦え――」


「そんな貧弱な体で何ができる? せいぜい誰かの身代わりになる程度だろうな」


「それでも――」


 突然、少年は襟首を掴まれウールに引っ張られた。息がかかるほど顔が近づき、彼は思わず目をそらしてしまう。だが「私を見ろ!」と叱責され視線をゆっくり戻していく。


「今のお前は足手まといなだけだ。いいか、お前に活躍してもらうのはまだ先だ。なのにこんなところで無茶をして死ぬなど無駄死にだと思わないか?」


 迫るように強く冷静な口調。それでもなお少年は最後の力を振り絞るかのように目に涙を浮かべ無言で抗議する。するとウールは彼を抱き寄せささやくように耳元に顔を近づけた。


「無力な自分が悔しいのは痛いほど分かる。だからこそ今は耐え、私達が勝利するのを願っていてほしい」


ウールが顔を離すと少年はどぎまぎしていた。そして「できるか?」と聞かれると少し間を置いてからうんと頷いた。


ウールは優しく微笑むと少年の頭にポンと手を乗せて立ち上がる。彼はそんなウールの姿を瞬きせずに追っていた。


「というわけだ。 戦えない者を無理矢理戦わせるなどあってはならん! それでももし戦おうとする奴がいるなら殴ってでも止めさせろ! 我々は名誉や誇り、正義の為に戦うのではない! 生きる為に戦うのだ! それを肝に命じておけ!」


そう言い残しウールがざわめいている彼らの先頭へ戻るとリリーが意外そうにウールを見ていた。


「あんな子供に対してずいぶん優しくするのですね」


「優しくした覚えはない。将来を支える者達を失いたくないだけだ」


ウールは振り切るように人々の方へと向き直る。そして剣を抜くと地面に突き刺し柄を押さえた。


「では諸君。健闘を祈るぞ」


ウールはリリーを連れて彼らの前から立ち去った。続けて人々は互いにひそひそと鼓舞すると地上へと歩き出した。

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