第25話

「――ッ!!」


 ウールは思わずメアリスを押しのけ手で唇をなぞる。メアリスの柔らかな感触がまだ残り、目の色と同じくらい顔を真っ赤にしたまま口をパクパクとさせている。


 何が起きたのか分からない。その焦りと混乱はベルム達にも十分伝わっており誰も事態を飲み込めていないようだ。


 だがこうなった原因のメアリスは、状況を理解していないのか首をコックリと傾げたままウールを見つめていた。


「ど、どういうつもりだ!!」


「誓えっていうから――」


「違う!! いや間違ってはいないが、これは違う!!」


 メアリスは「そうなの?」と答えるとどんな結論を導き出したのか再びキスをしようと顔を近づける。目が少しトロンとなっており、普段のつかみどころの無い独特な雰囲気とは打って変わり背徳的な雰囲気を醸し出していた。


 互いの吐息が交わり、得も言われぬ誘惑がウールを襲う。顔は引きつっていはいたが自然とウールは息が乱れ始め、あらぬ感情が沸々と湧き上がる。


 メアリスの真っ赤な舌が彼女の唇を潤し、ウールに顔を近づけ――。


「ハッ!! ダメだダメだ!!」


 危うく雰囲気に飲み込まれそうになったが間一髪のところでメアリスを慌てて押し戻す。


「は、話を聞いていたのか?!」


「やり方が違うと思って――」


「キスのやり方ではない!! 普通は跪いて宣誓するとかそういう感じでやるんだ!!」


 メアリスはそういうことかと手をポンと叩くと跪き頭を下げた。淡々と忠誠の言葉を述べるとウールはやれやれとため息をつき、ベルムもまた困ったように首を振る。


「見た目で判断してはいけないってこういう事ですね。魔王様をこうも魅了し惑わせるとは」


「別に魅了されてなんかいない!! 少し驚いただけだ」


 フンと顔を背けたまま答えるウールだが顔はまだ少し赤くなっている。


「大体、初対面の奴を相手にいきなりこんな事をする奴がいるか! どういう神経しているんだまったく」


「彼女は死人ですからねえ。正常でいる方が異常だと思いますよ」


 スケルトンであるベルムの言葉がこの時ばかりはあまりに説得力があり、ウールは反論しようにもできなかった。


「まあとにかくメアリスが強いのは十分理解しましたし、あの亡霊達も配下になるなら頼もしいじゃないですか。それにあの船と、何より『黒の手記』が見える場所にあるというのは大きな収穫ですね」


 ウールはそれもそうだなと気を取り直して亡霊達を眺めた。見た目は死体そのもので人々は怯えていたがウールにしてみれば別段怖くもなんともない。スケルトンのようなものだろうという程度の認識だ。


 そんな気楽な調子で見ていると突然地鳴りのような音が響き渡る。かと思うと亡霊達の乗っている船がミシミシと音を立てて沈み始めた。


「おいメアリス、船が沈んでいるが大丈夫なのか?」


「平気、いつも海の中に沈めているから。それにあの船はかなり頑丈、百年使っていても余裕――」


 メアリスの言葉とは裏腹に音はさらに大きくなり、ついには船体のあちこちが悲鳴をあげて崩れていった。落ちていく部品と共に亡霊達もボトボトと海の中へと消えていく。本当なら持ち主であるメアリスが慌てふためくはずだが一切そのような姿を見せず、どころかまるで他人事のようにボーッと眺めていた。


「……百年使っても余裕ではなかったのか?」


「そういえば今年でちょうど百年ね」


「寿命ではないか!!」


 ウール達が心配そうに見ている中船と亡霊達は海の中へと落ち、やがて姿を消した。それでもなお一切動きを見せないメアリスだったが「見てて」と呟くと剣をコツンと床に立てる。


 瞬間、海の中から一体の亡霊が姿を見せ海の上に陽炎のようにゆらりと立った。これに驚いていたウール達だったが一体、また一体と次々と亡霊達が姿を見せる。



 やがて船を取り囲むように大量の亡霊達が海の上に姿を見せた。その数は船にいた以上でウール達は言葉を失っていた。すると亡霊達は一斉に頭をダラリと下げてそのまま動かなくなってしまった。


「これが私の配下。私の意志で動く亡霊達。どう、ウール?」


「信じられない、の一言だな……。一体どれだけいるのだ?」


「そうね……。大体、千から二千くらい?」


 ウールはいい加減だなと漏らすがメアリスは気にもとめず水平線を眺めている。夜明けにはまだ早く、空には星々が煌めいている。


 そして船はポルーネへと引き返していった。船を取り囲む亡霊達を従えて。





 港に近づいてくるとウール達はどこか違和感を覚え始める。まだ陽も昇っていないというのに遠目で見ても分かるくらいの人だかりがあった。その中には松明を持った兵士らしき姿が右往左往している。


「ひと悶着ありそうだな」


 警戒感をあらわに武器を構えるウール達。いざとなれば、と誰もが覚悟をしているがクレア達のように連れ去られた一般人は不安そうな面持ちをしていた。


 港に着いたウール達を待ち構えていたのは領主と彼の息がかかった大勢の兵士達だった。彼らは領主の後ろに規律よく並び街中で戦闘をするのもためらわない重装備を付けている。遠くの方からは群衆が何事かと見物に来ている。


 だが群衆達はウール達の異様さに気づくと恐れおののき、逃げ出そうとする者まで現れる始末だ。それもそのはず、船に乗っているウール達は武装しており、加えて船を取り囲んでいた亡霊達が海から這い出てきているからだ。


「ひ?! ひ、怯むな!! あのような腐った連中、貴様らの敵ではないはずだ!!」


「善良な民の帰還に対してその物言いは失礼ではないのか?」


 響き渡る声。その声の主、ウールが船から飛び降りる。手には炎を纏った剣を持ち、剣で手のひらを叩きながら脅すような笑みを浮かべ領主に向かい合う。


 領主の足が震え、滝のように汗が噴き出す。ガチガチと歯を鳴らしているが体裁を保とうと躍起になって兵士達にウールを殺すよう命じる。


 道を覆いつくすほどの兵士達がウールに向かって走り出した。


 距離が次第に縮まる。船からはリチャード達が焦りと不安が混じった顔を覗かせていた。


 だが依然としてウールは余裕の笑みを消さない。どころか受けてたつと言わんばかりに剣を構えた。


 あと数秒ほどの距離まで兵士達が迫った。だがウールは構えたまま動かない。


 響き渡る轟音。それは辺りに巻き起こる風と共に広がる。兵士達は横へ後ろへと吹き飛び、海へと落ちていく者もいた。


「な、なんだ?! 何が起きた?!」


 領主も、兵士達も、誰もが目の前で起きた一瞬の凄惨な出来事を理解できなかった。立ち尽くす彼らの前には、二本の錆びた剣を振り下ろしたまま動かない、一人の少女がウールを背に首こうべを垂らしていたからだ。


 空色の髪がゆらりゆらりと怪しく揺れ、ひと筋の血の涙がぽとりぽとりと石畳の地面に吸い込まれる。整然たる顔をあげると虚ろな目に怯えきった領主の姿が浮かび上がる。


「これでいい?」


「脅すには十分だ。これで話を聞く気にはなるだろう」


 メアリスは「うん」と答えると血塗れた剣で地面をガリガリとなぞりながらウールの後ろへと下がる。ウールは労うようにメアリスの肩に手を乗せると、領主の方へと向き皮肉のこもった笑みを見せた。


「こんな時間にわざわざ出迎えご苦労、

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