第6話


「なんだこいつ? 驚かせやがって!」


 男は強引に少女から剣を奪い取ると怒りに満ちた表情を浮かべ剣を掲げた。


「おいお前」


 苛立った声をあげながら男はつい振り向いてしまう。それが命取りになるとは知らずに。


 なぜなら振り向いた先には火球を既に手の上に作り上げ、勝ち誇るような笑みを浮かべているウールの姿があったからだ。


「この距離で食らうとどれくらいのものだろうな?」


「ちょッ?! 待ッ――」


 言葉を言い終える前にウールの放った拳ほどの大きさの火球が顔にぶつけられた。反動で真上に向き、髪を燃やしながら滝のように鼻血を噴き出る。少しばかり宙に浮いていたが、やがて気を失うと地面に背中から体を打ち付け気絶した。


「やれやれ。おい、なぜ剣をまともに使えないのにあんな事をした?」


「た、助けなきゃと思って。それで――」


「ああもういい分かった。どういう形であれ助かったのは事実だ。感謝するぞ人間、後は私達に任せろ」


 少女の肩を何度かポンポンと軽く叩くとウールは背を向ける。だが少女はウールを呼び止め震えた声で訊ねた。


「……怖くないの?」


 ウールは振り向き、燃え上がる炎のように赤い瞳で少女をギロリと睨みつけ顔を近づける。やや上目遣いのままだが余裕に満ちた笑みを浮かべ、獣の爪のように鋭く雪のように白い歯をギラリと怪しく輝かせていた。


「まったくな。なぜなら私は魔王だからな! この程度で怖気づくようでは魔王など務まらんだろう?」


 そう言い残すと背を向け颯爽と歩き出す。だがすぐにウールはピタっと立ち止まった。少女はどうしたのかと思いながらウールの視線の先を覗き込むと、ベルムが剣を持った右腕をおもちゃを持った子供のようにぶんぶんと振りながら二人の方を向いていた。足元には二人の男達が倒れており、遠くの方では仲間と思しき数人の男が蜘蛛の子を散らすように逃げている。


「さっき恰好つけた自分を殴りたい」


「魔王様! 聞いてください、こいつらが持ってた剣を使い戦ってみたらなんと腕が一回も取れませんでした!! 大発見だと思いませんか?!」


「ああすごいすごい」







 ウールは気絶していたふくよかな男を起こそうと頬をペチペチと叩いていた。叩くたびに脂肪のついた頬がプルプルと波打つように揺れ動き、少しばかり夢中になって叩き続けた。すると男はうめき声をもらしながらゆっくりと目を開いた。


「気が付いたか? あいつらは私達が片付けておいた」


「え? いったいどういう――」


 キョロキョロと辺りを見回すが、ベルムの姿を見ると口からぶくぶくと泡を吹きながら再び気を失った。


「助けてやったというのに吾輩の姿を見ただけで気絶するとは失礼な奴ですね」


「いやいやベルム、今の姿だと無理もないだろ」


 血の付いた剣を持ち、体は返り血を浴びており禍々しさが十二分に増しており、加えてベルムはスケルトンだ。魔物に慣れていない並みの人間なら、恐怖のあまりまず本能に従って逃げ出すに違いない。


「まあ確かにそうですね。ですがあの少女はそうではないように見えますね」


「あんな状況だったんだ、興奮状態みたいなものなんだろう」


 すると馬車のそばで倒れていた傷だらけの傭兵の内の一人が意識を取り戻した。苦しそうな声を出しながら痛みを堪えている。ウールとベルムは彼の高い生命力に感心していた。だが突然、少女がウールの肩をガッシリと掴み、ウールは飛び上がりそうなほど驚いた声をあげる。




「お願いです! 彼を助けてください! 幼馴染なのです! 今すぐ助けてください!」


 ぶんぶんと激しく体を揺さぶられウールは止めるよう言うがひどくなる一方だ。段々と気持ち悪さで顔色が変わってきた所で、ようやく少女が揺さぶるのを止めるとウールは「おぇぇ~……」と口を抑えながら嗚咽を繰り返していた。


「危うく吐きそうだったぞ……。というか助けろと言われてもな、回復魔法なんて使えないぞ?」


「私が使えます! ですが今の私に使えるのは精々薬の効果を高める程度で……」


「中途半端な魔法だな。ん? そういえばさっきスライムに使った薬草があったような……。おいベルム、あれ残っているか?」


「たくさん残ってますよ、これからに備えて多めに取っておきましたので」


 ベルムは腰に下げている袋から薬草を一握り取り出した。それを見た瞬間、少女は獣が獲物に襲い掛かるようにベルムへと飛び掛かる。ベルムは辺りに響き渡るほどの悲鳴をあげ、危うく倒れそうになったがなんとか踏みとどまった。


 少女はベルムの手を砕きそうなほど強く握りしめながら薬草を譲るよう嘆願した。ベルムが戸惑った様子でウールの方をちらりと見ると、ウールは「あげてやれ」と言いながら人払いするようにシッシと手を動かす。


 ベルムは少女をなだめながら薬草を手渡した。少女はそれを受け取ると手を震わせながら感謝の言葉を繰り返し、倒れている傭兵のもとへ走っていった。





 少女の懸命な治療のおかげで傭兵の男は一命をとりとめた。少女は泡を吹いて倒れていた男を起こすと、一緒に傭兵の男を馬車へと運ぶ。そして運び終えると二人はウール達の方へ戻り深々と頭を下げた。


「おかげで彼の命を救うことができました。本当に……本当に……」


 少女は感極まって泣き始めてしまい横にいた男は落ち着かせようと背中を撫でている。それを前に二人はなんだか気まずそうにしてしまう。


 少し経って落ち着きを取り戻すと男が物珍しそうに訊ねた。


「それにしてもお二人はいったい何者なのですか? お嬢さんは人間かもしれませんが、そちらの方は……魔物ですよね?」


「そうだ、そして私もまた人間ではない。私は魔王だ、貴様らが忌み嫌う魔族の王だ」


 ウールは強い口調でギロリと睨みながら答える。だが男との身長差があるせいかどうしても上目遣いになってしまい、その姿は傍から見れば反抗期の子供のようだ。


「そ、そうなんですか?! 全然そうは見えませんが……」


「なんだと? いったい何に見えたというのだ?」


「貴族の娘かと思いまして」


 ウールは信じられないといった様子で理由を訊ねると、ウールの身なりが自分たち平民とは随分違うからと答えた。そう思うのは高貴な身分の人間が着るような漆黒のドレス、そして立ち振る舞いからだという。


「しかしこんな赤い目で銀髪をした、可愛らしい貴族のお嬢様は見覚えが無いですね……」


 男と少女はウールの顔を覗き込んだまま不思議そうに首を傾げていた。そして難を逃れた数人のキャラバンの人々を呼ぶと見覚えがないか訊ねるが誰も見覚えがないと首を横に振る。


 だが彼らは同時にウールの容姿を褒めた。そのせいか黙って聞いていたウールの顔は次第に赤くなっていく。ついには耳の先まで赤くなり体を震わせ始め、震えるたびに陽に照らされた銀髪が真珠のように煌めきながらふわふわと揺れ動く。


「魔王様、もしかして恥ずかしいですか?」


「黙れベルム! そんなこと微塵も思っていない!」


「嘘が下手ですね魔王様」


「なんだと?!」


 騒々しくウールが言い返し、ベルムは冷静に返事をする。そんなしょうもないやり取りを彼らは呆然と見ていたが、タイミングを見計らって少女が話しかけた。


「あの~、お二人はなぜ私達を助けたのですか?」


「ん? ああ、そうだ。目的を忘れるところだった。いいか、私達はお前ら人間に恩を売って馬車に乗せて貰おうと考えてた。だからお前らを助けた。情けでは無いからな? 目的のためだからな! 普通だったら気にもかけていないのだからな!」


 ウールは少女を指さしたままぶんぶんと腕を振る。そんななぜか必死なウールを見ていた少女は呆気に取られていたが次第に頬をほころばせる。


「なぜ笑っている?! 馬鹿にするんじゃない!」


「いえそんなつもりは。ただ……」


「ただ?」


「可愛いなって思って」


「はあ?! なぜそう思うんだ?!」


 ウールは目を見開き両手をわなわなとさせながら訊ねる。すると少女はこみ上げる思いを抑えるように華奢な手で口を抑えながら答えた。


「その……、強がっている姿が可愛いなと思って……」


「強がりじゃない!! 私は本気だぞ?! さっきの戦いを見てよくそんなことが言えるな! そもそも私は魔王だ! 少しは怖がったらどうなんだ?!」


 だが彼女は自然と手を伸ばし、ウールの頭をよしよしと撫で始めた。


「撫でるな!! 子ども扱いするんじゃない!!」


「すごいですね魔王様! 魔族にとっては敵同然である人間をこうもあっさり手なずけるとは!」


「うっさい!! これでは私が手なずけられているみたいではないか!!」


 ウールはキーキーとやかましく喚くが、少女は気にせず小動物を可愛がるようにウールの頭を撫で続けた。

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