第7話

 その後ウールとベルムが馬車に乗せるようもう一度頼むと快く受け入れられた。特に少女はむしろ乗ってくれと言わんばかりにウールに詰め寄り二人は困惑してしまっていた。


 二台ある馬車のうち、先頭を行く馬車にはウールとベルム、ふくよかな男性と少女が。残りの人々は男達が後ろの馬車に乗ることになった。



「そういえばお二方の名前を聞いていませんでしたね、私わたくし、このキャラバンの隊長、オリヴァーと申します。そしてこちらが娘のクレアです」


 オリヴァーは荷台に座っている二人に深々とお辞儀をした。気遣いを決して忘れない丁寧な振る舞いに、少し前髪が後退しつつある茶色の短髪が、重ねた年月を思い起こさせる。


 続けてウールに向かい合うように座っていたクレアが頭をさげる。シルクのように触り心地のよさそうなさらりとした金色の髪が肩に流れる。


 二人が紹介をし終えるとウールは尊大な態度で名前を口にする。ベルムは両膝に握り拳を乗せたまま名乗ると誇り高き騎士のように礼儀正しく頭を下げた。


「ウール様にベルム様ですか、ところでお二人はどこに行くおつもりで?」


「レッドゴブリン達の住処だ。ベルム、地図を」


 ベルムは返事をすると地図を広げた。そしてレッドゴブリン達の住処を指さすとオリヴァーは口髭をさすりながら覗き込む。


「なるほど。ちょうど私達が通ろうとしてた道の近くですので、そこなら問題ありません」


「そうか、それでどれくらいかかるんだ?」


「ここからですと三日か四日くらいですかね。ただ申し訳ないのですが途中でこの村に寄らせてください」


 オリヴァーは地図にある『カスマ村』と書かれた場所を指さした。


『カスマ村』は街道から少しそれた場所にある辺境の村で、人口も数百人ほどだ。周囲は山で囲まれており、農作に加え山での採取も行われていることから、仕入れの為に商人が時々立ち寄ることがある。


「別に構わないが私達が行って大丈夫なのか?」


「事情を言えば分かってもらえるはずです。ですがベルム様は今のままだと警戒されるかもしれませんね……」


 オリヴァーは他の男達に何か着せる物がないか訊ねながら後ろの馬車へと入った。そしてしばらくすると彼は古ぼけた漆黒のローブと先の方が不揃いの黒茶色をした長い布切れ。目元だけを隠す艶のある紺色をした仮面をを持って戻ってきた。


「すいません、これくらいしかないのですが……」


 オリヴァーは申し訳なさそうに言うとローブと布をベルムに渡した。ベルムは少し嫌そうにしながらもローブに袖を通し始めた。




 着替え終えたベルムを見てキャラバンの人々が「おぉー」と感心したような声をあげた。だがウールだけは呆れたように顔をひくひくと引きつらせていた。


「スケルトンであることは分からなくはなったが……」


 ベルムは漆黒のローブに鼻の辺りまで布切れをグルグルと巻いていた。だがどれも古い物であるせいか所々ちぎれている。さらにフードを深く被っているので顔の辺りは影で見えず、覗き込まないと見えないほどだ。またベルムの持つ大剣が背中で鈍い光を放ち、ローブの腰の辺りからは山賊から奪った剣を覗かせていた。


「普段よりもずっと怖くなってないか? これじゃ警戒されるぞ」


「でも雰囲気が出ていいと思いますよ?」


 クレアがキラキラした目で言うと、全員が同意するように頷く。


 ウールは意味不明といいたげに首をかしげ視線をベルムに移した。ベルムはというとまんざらでもないようで、体を見回している。


 すると調子づき剣を抜いて騎士らしいポーズを取リ始めた。これが受けたようで人々は歓声をあげながら拍手をし、ベルムは勢いに乗って勇ましい声をあげながらちょっとした剣の舞を披露し始めた。


「こいつら……なんでこんなに楽しそうなんだ」






 カスマ村に向けて一行は街道を進んで行く。


 そして数時間が経ったが、村らしきものは見えず、どころか森をまだ抜けれてさえいない。やがて陽が沈み、空が深い紺色に染まると森は徐々に暗闇に覆われ始めた。


 オリヴァーは今日のところはこれ以上進むのは無理だと判断し、野営の準備をする旨をウール達に伝えた。それを聞くとクレアが馬車から身を乗り出し、後ろの人達に透き通るような声で伝えた。



 野営の準備を終えて食事を取っていると、オリヴァーはウールとベルムに深々と頭を下げた。


「命を救ってもらっただけでなく設営の手伝いまでしてもらい、本当にありがとうございます」


「いいや、これくらい大したことはない。それに、着くまで世話になるのだから何もしないわけにもいくまい」


 ウールはぶっきらぼうに答えると手に持っている容器の中に入った淡黄色のスープをスプーンですくう。入念に息を吹きかけ一口食べると、少し熱すぎたのか慌てて水の入ったコップを取ると放り込むように一口飲んだ。


「ところでウールさん、あなたは魔王なのですよね?」


 オリヴァーが確認するように訊ねるとウールはスプーンをいじりながら何をいまさらといった様子で頷く。そしてなぜそう思うのか理由を聞くと彼は少し気がかりがあるように答えた。


「その、なぜ魔王がこんな王都近くの森にいるのかと思いましてね。魔王城はここから遥か南にあるという噂でしたので。……もしかして王都を滅ぼそうと?」


 ウールは呆けたような声を漏らしながら暗闇の虚空を見上げる。すると腕組みをしたまま考えを整理していたベルムは話してもいいのではと進言し、ウールもどうせ些細な事だと頷く。


「王都を滅ぼす気も人間と戦争をする気もない。ただ私を殺そうとする勇者が現れた事を知ってそいつを始末しに来ただけだ。いわば自己防衛だ」


 オリヴァー達はざわつき始める。


「それで勇者はどうなったのですか? 殺したのですか?」


 神妙な面持ちでオリヴァー達が視線をウールに向けるが、当のウールはばつの悪そうに頬を掻いていた。その姿に彼らは不思議そうにしている。


「いやその……。色々あって奴を逃がした。それから紆余曲折あってお前らを助けるに至ったわけだ」


 オリヴァー達はどうも納得しきってない様子だった。だが実際はどうかは分からないが深い事情がありそうだと彼らは思うとこれ以上は聞こうとしなかった。



「クレア、そいつらは誰だ?」



 話し終えたちょうどその時だった。突然、クレアに話しかける男性の声が近くで聞こえ、全員が一斉に声の方を見た。


 そこには山賊との戦いで重傷を負っていた男がふらふらと立っていた。革で作られた茶色の服にはいくつもの戦いの跡が刻まれており、彼の体のあちこちには切り傷が残っている。


「ああリチャード、意識が戻ったのね。怪我はもう大丈夫?」


「まだ痛むがこれくらいなら大丈夫だ」




 リチャードと呼ばれた男のもとにクレアが心配そうに近寄る。彼は程よく鍛えられた若々しくたくましさがある体を確かめるように動かしており、彼女が傍に来ると心配させないように肩に優しく手を添えた。


 するとクレアはほっとした表情でリチャードを見上げていた。彼はそんな彼女の姿を彼の髪色と同じ茶色をした力強い研ぎ澄ましたような瞳で見つめ返している。


「それでクレア、あの二人はいったい誰なんだ?」


「黒いフードを着ているのがベルムさん。そしてあの可愛い女の子がウールちゃん」


 ウールは恥ずかしさを堪えるように少し頬を膨らませながらリチャードを見ていた。ベルムはフードと仮面を取って彼に丁寧に頭を下げるが、リチャードはスケルトンだと分かると驚き思わず身構える。


「魔物?! どういうことだ?」


 オリヴァーは困惑しているリチャードを落ち着かせながらこれまでの経緯を説明するが、にわかには信じられないといった様子だった。だが話を聞くうちに次第に理解し、聞き終えた頃にはウール達二人に感謝の意を伝えていた。そんな彼に対しウールは素っ気なく返事をするが、まんざらでもない表情をしており少し嬉しさが現れていた。






 その後しばらくしてから一行は眠りについた。


 そして深い眠りに落ちていった深夜。


 剣を握った人影が一つ、ウールへと近づきつつあった。そして顔に影がさしかかると、炎に照らされた剣がかざされる。


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