第5話
ウールとベルムは野次馬気分で悲鳴が聞こえた方に走って行く。二人が森の中にある街道の近くまで来ると、人間にばれないよう茂みの中に隠れた。
視線の先にはキャラバンと思わしき集団と二台の馬車があった。それを山賊らしき男達数十人が取り囲んでいる。
男達はキャラバンの護衛らしき傭兵達五人と戦っていた。傭兵達は数は劣っていたが善戦し山賊達の数を減らす。だが劣勢であるのは変わらず次々と倒されてしまう。
「おお~。人間同士でも殺し合うものなんだな」
「そのようですね。人間は魔族の事を悪く言ってますが、人間もたいがいですね」
二人は草むらの中に身を潜めながら吞気に戦いを見守っていると最後の傭兵が倒されてしまう。
「あ、やられたな。最後まで残ってたやつ結構頑張ってたのに惜しいな~」
「中々強かったですよねあの男。もし生きてたら一回手合わせしたいものです」
二人が感想を言い合っている間に、残った男たちは止まっている馬車の中へと入っていった。そして山賊達によって中から商人であろう男性達が乱暴に引きずり出されていく。
だがそんな彼らの中に一人だけまだ年若い女性がいた。スラリとした華奢な体や透明感のある長く伸ばした金髪をした彼女を、山賊たちはなめ回すように触られながら引きずり出していた。
「あ~あこりゃひどい。倫理なんてあったものじゃないな」
「ですね。で、どうします? 助けますか?」
「助ける? う~ん、べつに人間を助けてもな」
ウールが悩んでいると、少女が髪を引っ張られたまま馬車に押し付けられる。すると捕まっていた男達の一人であるふくよかな男性が怒鳴り声をあげた。彼は手を出さないよう山賊たちに訴えたが、顔面を力いっぱい殴られ、鼻から血を勢いよく噴き出すとあっけなく意識を失ってしまった。
女性は琥珀のように輝く金色の目から涙を流しながら嗚咽交じりに助けを求めていた。山賊達はそんな彼女の絶望に満ちた姿に興奮しているようだった。
見るも悲惨な状況が目の前で進んでいる。にも関わらずウールは突然、問題が解けてスッキリしたような快活な表情を浮かべた。
「あ、そうだ! ベルム、あの捕まっている人間どもを助けた方がいいんじゃないか。相手の数は……十人くらいか?」
「どうしたんですか? 突然乗り気になって、頭でも打ちましたか?」
「うっさい! いやな、あいつらを助けたらお礼として馬車に乗せて貰えるのではと思ってな。そしたら歩くよりもずっと早くレッドゴブリン達の住処に行けるだろ?」
「でも我々は魔族ですよ? そううまく協力してくれますかね」
「あんなひどい目にあっているんだ、例え魔族だろうときっと恩を感じてくれるはずだ」
「まあそうかもしれませんけど、わざわざ人間どもに馬車に乗せて貰うってどうなんですかね? 馬車を奪ってしまえばいいと思うのですが」
「考えは分かるが私達はこの辺りの地理にあまり詳しくない。それに食糧もろくに無いし、スライム以上に危険な生物がどこにいるかもいまいち分からん。だったら人間どもに世話になった方が楽できるし合理的だと思わないか?」
ベルムは顎に手を添え唸っていたが、考えがまとまるとウールに向かって親指をビシッと立てた。
♢
少女は体を必死に動かしながら抵抗していた。だが男達の前には無意味だ。腰の辺りを激しくつかまれ、無理やり顔を上に向かされる。少女の後ろに立っている男は、興奮が抑えられない様子で自らのズボンを降ろそうと腰に手を当てた。
瞬間、男の後頭部が勢いよく燃えあがる。鈍器で殴られたかのように頭をグルグル回すとバランスを崩し背中から思い切り地面に倒れた。
その場にいた全員が一斉に何事かと辺りを見渡す。すると茂みの方に、嬉しさ全開に炎を纏った両手を握りしめているウールがいた。
「よし!! 当たった!!」
「なっ!? なんだあいつ!?」
「間髪入れずに次いくぞ!! 覚悟しろ!!」
男達に考える間も与えず、ウールは辺りに響き渡らせるように高笑いをあげながら炎を纏う両手を高らかに掲げると火球を作り始めた。
まさに狂気そのものだ。
男たちの顔から血の気が引いていく。それでもウールはお構いなしに腕を勢いよく振り下ろし火球を放った。弾丸のような速さで飛ぶ火球。馬の傍にいた男の腹へと吸い込まれるように飛び、命中。
「ひいっ?! あ、熱い!! 助けてくれ!!」
当たった部位から火が広がる。悶え苦しむ男はうっかり馬の足元に倒れた。ついでわき腹に馬の素早く、そして内蔵が潰されるような蹴りを食らうと白目を向いて気絶した。
「フハハハハハ!! 愉快なものだな!」
「ひ、怯むな! 相手は一人、しかもガキだ! 数でどうにでもできる、行くぞ!!」
男たちは一斉にウールに向かって走り出す。その間にウールは火の玉を一発放ち一人を蹴散らす。だが怯むことなく彼らは走り続ける。
彼らとの距離があと数歩になる。だがウールは恐れるどころか身の毛もよだつ不敵な笑みを浮かべた。
「行け! ベルム!」
「了解です!!」
すぐ横の茂みの中から勇猛果敢にベルムが両腕をいっぱいに広げて飛び出してきた。先頭を走る男達数人に向かって飛び掛かる。男達は突然の事に気が付くのが遅れた。
ほんの数秒の事だった。ベルムの直線上にいた男は顔に頭突きを食らうと噴水のように鼻血を吹いた。左右にいた二人の男は首の位置にベルムの鉱石のように固い骨の腕が繰り出したラリアットが入ると、渇いた叫びをあげながら気絶する。
「あ、新手か?! ってなんだこいつ!? 人間じゃねえ?!」
残された男たちは震えながら後ずさりしている。だがベルムは威厳たっぷりに振り向くと、マントをはためかせながら腕を組む。
「そうだ、吾輩は偉大なる魔王様に仕えし者。スケルトンコマンダーのベルムだ!」
「おいベルム、そこに突っ立ってたら邪魔だ。しゃがめ」
「あ、すいません魔王様」
ベルムがそそくさとしゃがむ。その上を火球が通り過ぎ、目の前にいた男の胸に命中する。
「貴様らがいては吾輩たちは先に進めぬ、だから今すぐ退くかここで死ね!」
「ま、待て――」
「待てん!」
答えようとする彼らを無視してベルムは山賊が落とした剣を拾うとおぞましい気迫で突撃する。ウールも茂みから飛び出すと男達めがけて走り出す。
「ッ! クソが!」
離れた場所にいた男が少女を人質に取った。ウールはそれを見た瞬間、顔に一筋の血管を浮かばせながら鬼のような形相で男の方へと向かう。
「姑息な真似を!!」
ウールは怒濤の速さで少女の腕を掴んでいる男へと走ると、顔面めがけて右手で勢いよくパンチを繰り出す。
一撃は確かに男の右頬に命中した。だが男は歪んだ笑みを浮かべたままウールの右腕を掴む。
「なっ!?」
「どうした? あんなに調子に乗っていたのにその程度か? さっきのはハッタリだったってわけか!」
ウールは舌打ちをすると即座に左手で応酬する。だが一撃が届く前に左腕を掴まれ、男と顔と顔を向き合うように振り向かされた。
瞬間、鉛のように重い膝蹴りがウールの腹へとめり込む。
うめき声と共に口から胃液が交った唾が垂れる。容赦ない膝蹴りがもう一度ウールを襲う。唾液と血が地面に吐かれた。
男は満足そうにウールの腕を離すと彼女の頬を片手で握った。黄ばんだ男の目がウールの顔をまじまじと捉える。
「お前、よく見たらかなりいい顔してるじゃねえか。この女に比べたらまだ体はガキだが、ヤるには十分だ」
ねっとりとした笑みを浮かべる男。ウールは歯ぎしりしながら恨めしそうに睨んでいる。
だが突然、ウールの表情が一転して余裕に満ちたものになり男は動揺を露わにした。
「なんだその顔は?! 状況分かってんのかおい?!」
「ああ、よく分かっている。お前が私の目の前で死ぬのだろう?」
「はあ?! 何言って――」
そう言いながら男が振り向くと同時に少女がふらふらと剣を掲げていた。
男は本能的に察した。殺されるということを。
男の顔が青ざめ、気づけばウールを手放していた。
してやったり。
ウールの表情はまるでそう書いているように皮肉に満ちており、彼の死ぬ瞬間を目に焼き付けてやろうと睨んでいた。
だがウールの予想に反して、少女の剣さばきは素人中の素人といったものだった。目隠しをしたまま攻撃をしたのかというほどお粗末なもので、ふらふらとした攻撃が繰り出されると男はいとも簡単に避けた。
「……期待した私が馬鹿だった」
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