第4話
数分後、溢れそうなほど十分な量の薬草を両手にベルムが戻ってきた。
ベルムはすっかり弱ってしまったスライム達に近づき薬草を与えようする。しかしどこに口があるのか分からず苦言を漏らしながら四苦八苦していた。
「何しているんだベルム? 早く与えないと死んでしまうぞ」
「ですが口らしきものが見当たらないのでどう与えればいいのか」
「確かに。さっきはあったのにどこいったのだ……」
二人は腕組みをしたまま途方にくれてしまった。するとウールは何か思いついたように手をポンと叩くと薬草を数枚受け取る。そしてギュッと握りしめたまま弱っているスライムに近づいて行った。
「とりあえず突っ込めばいいだろ」
「は?――」
ベルムが言葉の意味を理解する前にウールは何の躊躇も無くスライムの体に無理やり腕を突っ込んだ。グニャリと不快な音がし、スライムの体が電撃を受けたように一瞬びくりと揺れると薬草を手放し腕を引き抜いた。腕にはスライムの体液がべっとりと付きポタポタと地面に滴り落ちている。
「えええええええ?! それ食べさせるというよりとどめを刺していませんか?!」
「ん? いやいや大丈夫だって、ほら」
体内にふわふわと浮かんでいる薬草は次第に形を失っていき、やがて跡形もなく綺麗に消化された。するとスライムは落ち着きを取り戻していく。ベルムは警戒したまま後ずさりをしているが、スライムは一切襲う様子を見せてこない。
ウールは間髪入れずに同じ要領でもう一匹のスライムに薬草を与える。ベルムは終始スライムがうっかり死んでしまわないか不安でたまらない様子だった。
やがてスライム達は森の中へ元気に飛び跳ねながら帰っていった。そんな彼らの姿を二人は見送りながらなぜ同じ魔族なのに襲って来たのかについて考え始める。
だが突然ウールは険しい顔で腰を抑えた。ベルムは心配そうにウールの体を支えどうしたのか訊ねるとウールは途切れ途切れに答える。
「ベルム、少し休憩しながら考えようか……。腰が痛い」
「年ですか?」
「違う!! さっき戦闘で受けたダメージのせいだ!」
そう言うとウールはベルムの肩を借りて近くの木陰まで歩いて行く。そして木にもたれるように座ると薬草を受け取るが、それをいじりながら眉をひそめた。
「なあベルム、やっぱり食べないといけないのか?」
「それしかないでしょう。何言っているんですか魔王様」
「……お前、結構いい加減だな」
「まあまあそう嫌がらずに。物は試しですよ魔王様」
ウールは仕方なさそうにすると深呼吸をし、葉の先を小さく噛み千切り、歯ですりつぶすように口の中で薬草を動かした。だがあまりの苦さに苦々しい顔になり思わず舌を出してしまう。
「うぇぇ~……。これほんとに効くのか?」
「良薬は口に苦しですよ、それにそんなちょっと食べた程度で回復するわけないじゃないですか!」
ウールは渋い顔をしながら薬草とにらめっこをしている。そんなウールをベルムが早く食べるよう急かすので、ついには駄々っ子のように不満をぐちぐち言ってしまう。だがそんなことをしていてもどうしようもないといい加減気づくと、ちびちびと薬草を食べ始めた。
数分後、ようやく一枚食べ終えたウールはスライムと戦った時以上に疲れ果てた表情をしていた。起きたばかりみたいにのっそりと立ち上がり、体の調子を確かめる為に腕や足をぶんぶんと動かし始める。
「どうですか魔王様?」
「う~ん……。少しはマシになったが、まだ痛みは残っているといった感じだな」
「そうですか、ではもう一枚ですね」
「はあ?! いやいやもういい! ほら、今の私を見たら分かるだろ?」
ウールは元気であることを証明しようと無茶苦茶に体を動かす。そして極めつけはといった具合に思いっきり高いジャンプをしてみせた。
だが着地に失敗し足を踏み外してしまい、おまけに顔面から勢いよく地面に倒れてしまった。ウールは体をだらりと伸ばしたまま動かない。
「ほら~、やっぱり完治してないんですよ! 四の五の言わずに食べましょうよ!」
「嫌だ! 大体食べただけで治るなんておかしいと思わないのか?!」
「実際効果は出ているじゃないですかー! それに魔王様が嫌でもこうするしかないのです! 今の状態で他の魔物や動物に襲われたらひとたまりもありませんよ?」
ベルムは足をジタバタと動かしながら地面にうつ伏せで寝ているウールを無理やり仰向けにする。そして物を押し付けるように薬草をウールの手に置こうとするが、ウールは歯を食いしばったままギュッと手を握りしめ頑なに受け取ろうとしなかった。
♢
数分の押し問答の後、結局ウールは薬草を食べる事になった。ウールは半ば涙目になったまま不機嫌そうにもしゃもしゃと口いっぱいに薬草を食べている。その姿はほおばっている小動物のようだ。
「ああクソッ! なんで私がこんな目に」
「まあそれもこれも魔王様が勇者をいきなり倒そうとしたのが事の発端ですよね」
「なんだ、私が悪いとでも?! ああ、いやそうか。うん、その通りだな。すまないベルム」
冗談半分で言ったベルムに対しウールは予想以上に深刻に答える。やがてふさぎ込んだ表情でため息をつく。少し経ちウールがふと顔をあげると、口を開けたままベルムがボーっとウールを見ていた。
「なんだ? そんな意外そうな顔をして」
「いやですね、魔王様が素直に謝っていることに驚きましてね」
「私をなんだと思っているんだ……。私だって反省するときはするぞ。今回みたいなとんでもないことになればなおさらだ」
「そうですけど、吾輩も出すぎた態度を取ってしまいました。申し訳ございません」
ウールは力なく「構わんよ」と言うと両膝を腕で抱え顔をうずめた。ウールからは重苦しいどんよりとした空気が漂い始めベルムは悪い空気を払拭するように慌てて話し始める。
「と、とにかく魔王様! 起きた事をずっと後悔していても時間の無駄です! 今はこれからどうするのかを考えましょう! とりあえずさっき戦ってみて分かったのは魔物であろうと襲ってくることですね。原因は分かりませんがそれは後で考えましょう。それでですね、スライムは知能が無いに等しい魔物ですよね」
「うむ。という事は、知能があって意思疎通が取れる魔物なら助けになる可能性があるというわけか?」
「仮説ですがおそらくそうかと。それでそんな魔物がいる場所で一番近いのは……」
ベルムは世界地図を開くと指で地図をなぞり、大陸北西部に広がる森の辺りを指で円を作るように動かし始めた。
「ここですね、たしかレッドゴブリン達がこの辺りを住処にしていたはずです」
「なるほど、レッドゴブリンか。で、どんな奴らなんだ?」
「魔王様、自分の配下くらいちゃんと把握しておいてくださいよ……」
「スライムをよく理解してなかったお前に言われたくない」
ウールがベルムをビシッと指さしながら指摘する。ベルムは「仰る通りです」と言いながら諦めたようにガクリと首を曲げた。
「まあとにかく、レッドゴブリン達が知能の高い魔物であることは間違いないです。彼らは森の中で集団生活をしてまして、噂ですが生活水準は人間並みだそうです。おまけに道具を作ることと火を扱う事に長けています」
「随分と有能だな。それだけ有能だと近くの村を侵略するくらい造作もないのではないか?」
「やろうと思えばできると思いますよ? まあ我々魔族が人間を侵略するなんてよっぽどの事が無い限りしませんけどね。メリットが皆無ですから」
「だな。むしろあっちが侵略してくるからな。しかも魔族に対する偏見は大昔の魔王との戦いの時のまま。こっちは平穏無事に暮らしたいだけだというのに人間という生き物はこれだから……」
ウールはグチグチと人間に対する文句を漏らし始める。息継ぎをほとんどせず次々と言葉が出てきており、その様子にベルムは言葉を失っていた。
一通り愚痴を言い終えるとウールは膝を叩いて立ち上がり、出発の準備をするようベルムに指示を出す。ベルムは返事をするとすぐに馬がいた木の方へと向かった。だが彼の素っ頓狂な声が聞こえたかと思うと、とぼとぼと申し訳なさそうに肩を落として帰ってきた。
「すいません……多分さっきの戦闘で馬がどこかへ逃げました」
「何だと?! ちゃんと紐は結んでいたんだろうな?!」
「もちろんです! でもそれなりに規模があった戦闘でしたからうっかり攻撃が当たってしまっていたのかもしれません」
ベルムは頭を深々と下げて謝るが、ウールは「もういいから」と言って頭をポンポンと優しく叩いた。
「別に馬が無くても移動はできるんだ、さっさと行こう」
ベルムが弱々しく返事をするとウールはため息をついて歩き出した。
だが次の瞬間、遠くの方から甲高い人の叫び声が聞こえ森の中へと響き渡った。
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