1章18話 嘆きと喜び

「投降しろ! さもなければ僕の一撃が周囲ごと降りかかるぞ!」


 そんな格好の悪い一言と共にデュークはギルドへと魔法を展開し始めた。もちろん、デュークが使うのは子供の頃から使い慣れている雷魔法だ。かなり稀有でデュークは自分以外で同じ魔法を使っている人を見たことがない。だから自分は特別だと信じていた。


「やったところで無駄だな」


 そう一喝したのは一人の女性、天使、いや、悪魔であるミカだった。自分に自信があるデュークでも分かった。目の前の敵は油断してはいけない相手だと。昔、まだランクも低かった頃にオークと戦った時のような威圧感。


 あの時に雷魔法の重要性に気付いたのだ。デュークはまた強くならなければいけないと片手剣を構えた。


「すまないが後悔するなよ……!」


 無詠唱、扱い慣れた雷球が十個前後現れギルドを無視して民家に降り注ぐ。雷球が爆散して灰色の煙が舞う。デュークは少し苦い顔をした。……その考えは当たらないというのに。


「目を逸らすなよ」

「……なっ……」


 デュークは驚いた。

 使える魔法の中で雷球は一番に威力の低い魔法だ。それでも慣れている分だけ、オークでさえ爆散させられるほどの威力があった魔法だった。


「オレの主が張った結界を壊せるわけがないだろうに」

「わっ、笑うんじゃない! サンダークラウド!」


 今度こそデュークは結界を破壊するべく本気の雷魔法を撃ち込んだ。雷雲がいくつも結界へと向かいぶつかり合う。雷球とは違い爆散はせず電撃を巻き起こすだけだ。しかも今度は結界をナメずに商人ギルドの前に張られたものだけに集中して放っている。


 デュークは真面目な顔でミカを見た。

 少しだけデュークの心が抉られる。このような状況でもミカは笑っていたからだ。ただ笑い、嘲笑いデュークを悲しげに見ていた。


「哀れだな」

「うるさい!」

「全てにおいてオレの主に劣るとは」


 小さなため息と共にミカは窓から地面へと降り立った。そこを冒険者が飛んでいくが顔色一つ変えない。


「……終わらせよう。空気が悪くなりそうだ」

「ええ、バインド!」


 一振で飛びかかった冒険者全員が白目を向いた。たったの一振で、剣の風圧だけで意識を刈り取れるだけの力がミカにはある。


 加勢するかのようにマーチが拘束するための魔法を放った。だが当たったのは気絶した冒険者のみ。デュークはヒラリと身を翻してその攻撃を躱す。


「そこ!」

「まだだ!」


 ミシェルの小さな短剣がデュークの剣を掠める。しかしデュークの剣を掠めただけでダメージはない。反対にデュークの追撃もミシェルの行動の速さから続かなかった。


 デュークは大きく深呼吸して剣を構えた。目の前にいる三人の中で気を向けたままでいなければいけないのはミカだけ。これでもデュークの持つ剣は魔剣だ。魔法の威力を高めるだけのもので、名前も付いていないほどのあまり強くはないものだが。


 それでも目の前にいるミカの片手剣が鉄の剣だということもあり打ち合うことを決心した。腕力では負けていても武器性能では勝っている。そこに賭けようとした。デュークとて無謀ではない。女だからといって三人を馬鹿にもしない。


 ガギンと鈍い音が響き渡る。

 デュークの背後にいた冒険者達が加勢をしようとするが出来ない。それほどまでにランクの高いもの同士のぶつかり合いは凄まじかった。子供ならば一度の剣のぶつかり合いの風圧で飛ばされてしまうほどに。


 加えて言うのならばマーチやミシェルの存在も大きかった。少しでも手を貸そうとして放った魔法もマーチによって相殺、ミシェルによって先に気絶させられるだけのディスアドバンテージにしかならない。見守ることしか出来なかった。幸か不幸か二人はミカとデュークの戦いに加勢はしなかったのだから。


 ステータスで言うところの二千ちょっとはありそうだな。そうミカは手加減をしながら内心考えていた。雷魔法自体に恐怖はない。一度見たリュウの雷竜、あの一撃の方がミカには恐怖だったからだ。


 あの時は特に何も言わなかったが、ミカでもリュウの成長率の速さが異常だと気づいていた。雷魔法は簡単にスキルレベルが上がりステータス以上の威力を誇る魔法を放つ。雷竜の一撃ならば、もし直撃さえすればミカとて一溜りもない。


 だからこそミカはリュウのことをより好きになっていた。若干の外へ出るための口実地味たものもありながら、口にする度にリュウのことを愛してしまう。


 リュウのことで頭がいっぱいになり口が綻んだその時、そんな中で剣が折れた。ボキリと鈍い音がして片手剣の刃の半分から綺麗に真っ二つに折れている。


「これで剣は受けられないな!」

「……ごめんな。折れてしまったみたいだ」


 デュークは勝ちを確信しミカは折れた鉄の剣に謝る。これも元は女神が渡したものであるがリュウとの思い出が詰まった装備品だったからだ。そのまま向かってくるデュークに対してミカは小さな小袋に手を突っ込む。


 後ろへ飛び追撃するかのようにデュークは無理やり前へと飛んだ。普段ならやらないというのにデュークは無意識の中で焦っていたのだ。


「リュウの予感が当たったよ。使わせてもらう。魔剣、フレイム」

「なっ!」


 轟々と燃え渡る魔剣がデュークの体を斬る。デュークの魔剣に傷を付けずにデュークを倒した。その縦への一振は剣で受けようとしたが速度が遅すぎた。受けようと動かした時にはデュークの右肩から左足までに一本の深い傷が付いている。何もかもが遅すぎたのだ。


 プスプスと肉が焼けた嫌な臭いが漂い冒険者達の動きも止まる。まさか負けるとは思っていなかった。それだけデュークは街で有名な男だったからだ。命の危険が迫っている。冒険者達の心臓が早鐘の如く打ち鳴らされていた。


「な……んで……だよ……」

「君が弱すぎた、ただそれだけだよ」


 そこでデュークはフッと笑って、どこか清々しい表情を浮かべた。ああ、これで俺の全てが終わるのだ、と。俺は最後の最後でライの魔の手から抜け出せたのだ、と。


 意識が飛ぶ最後にデュークは亡き仲間の顔を浮かべて眠りについた。もしもこの時のデュークの気持ちを言葉にするのならば喜び以外の感情はないだろう。


「さて残りを掃討しよう」

「ええ、後はお任せ下さい。バインド!」

「意識を奪う」


 そこから数分の後に冒険者達は殲滅された。それに対して市民の誰もが冒険者達に可哀想という感情を持たない。それだけのことを冒険者達はやらかしていたからだ。あの街の英雄とも言えるデュークでさえ、いの一番に市民を狙ったのだから。


 功績からミカはデュークの魔剣を貰っていた。その間に倒された冒険者達は縄で縛られギルドの中へと運ばれていく。半数は暴れてマーチやミシェルに気絶させられ、残りの半数は腰が抜けているという何とも言えない状況だ。人によっては漏らしている存在もいた。


 後はリュウに任せよう。リュウならきっと良い結果に持ち込んでくれるはずだ。ミカはそんなことを考えながら商人ギルドの一部屋に向かった。


 これが終われば報酬を貰おう。あんなことやこんなことをしてリュウの恥ずかしがる顔を見ていよう。ミカの入った部屋からは不気味な笑い声が響いていた。


 実際は関係なくマーチとミッシェルが中へと入り恋バナを咲かせていたのだが。マーチはロイドの話を、ミカはリュウの話を続けていた。ミシェルはミカの話をどこか悲しいような嬉しいような表情で聞いていた。

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